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殺偈禍  作者: サ
第一章:終水山
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第漆話:終水研究所

 只管、足を滑らせないように泥濘んだ斜面を慎重に降って行く。気が散りそうになるが、一瞬でも緩んでしまったら如何なるか。


ズボッ!!


「うわあぁ!!?」


「海斗!?」


 何と哀れだろう。一人の小さな少年が、胸部まで見事にプリン状となった地面へ嵌ってしまった。咄嗟に二人が襟首や腕を掴んでいなかったら頭頂部まで沈没していただろう。底無し沼に近い落とし穴から抜け出そうと必死に足掻こうとしても、余計に悪化して沈んでしまうので、動こうにも動けない。大人しく救助を待つか、そのまま窒息死に怯えるしか無い。『運が良かった』と溜息を吐き、そのまま引き上げると完全に泥塗れだった。


「大丈夫か? うわ、服がえらい事になってんじゃん。お兄ちゃん達に笑われんじゃねーの?」


「・・・そうなのかな?」


「真面目に考えてんじゃねーよ。」


「ううん・・・?」


 出会ってから一ヶ月程海斗と関わって来たが、何かと不器用な面が見える。流河曰く『天然馬鹿なドジっ子』だそうで、世話を焼く必要がある。

 昔、彼が育った家庭環境が原因らしく、人格は良いのだが成長面では遅れている所があるらしい。兄も稀にそう言った瞬間が垣間見えるそうで、面子の中でまだ真面なのが優雨汰なのだそうだ。


(ゆっくり見守っていくのが正解なんだろう。)


 他人の問題には口を出さないのが吉だ。野次馬がどうこう言う権利等無い。


「お、あれか。随分と蔦が張ってるねぇ。」


 不意の声により、思考を断ち切る。見上げると、平衡感覚を失いそうな程に黒く塗装された工場が建っていた。鉄筋コンクリートで形成されているのだろう。


「明らかに隠してんなーコレ。塗ってんのは油性の黒色○双か? 見られたら拙いモンでもやってんだろーなー。」


「だろうね。屋上に樹木が栽培されているのが見えたよ。森の中に姿を隠すのには十分さ。」


「よく見つけたな清水の友人。」


「ふふ、すごいでしょう?」


「何で浜津弟が得意気にしてんだよ。」


 遥無がそうツッコむと、鉄製の二重扉の前に着く。


「此処から入らない方が良ーよな。」


「けど窓は打ち付けられてたよ。」


 強行突破をするしか無いのか。相談をしていた所、海斗がふと遥無の髪色に気付いた。


「・・・紫のメッシュ。」


「?」


「遥無さん。陰属性は、使えるんですか?」


「・・・あー・・・・。」


 その手はあるのだが、いかんせん陰属性は中途半端所か弱過ぎる。暫く頭をぐるぐると巡らせていたが、それ以外に手を打つ方法は無いと悟り、決行する事にした。


「・・・姿を少しの間しか眩ませないから、定期的に物陰に隠れる必要がある。バレたらスマン。」


「構わないよ。無いよりはマシだろう。」


陰属性 暗黒隠顕 暗闇


陰属性 暗黒隠顕 暗視


 二つ自然術を展開すると、海斗は暗闇に負けぬキラキラした笑顔で此方を見上げて来る。


「凄いな。何でも使えるのは誇らしいことだぞ。」


「あぁ、うん、有り難う・・・。」


 素直に褒めているのだろうが、此方としてはかなり複雑だ。


「・・・よし、行くぞ。」


 音を立てないように重たい金属の扉をゆっくり開くと、思ったより薄暗い室内だった。慎重に、慎重に進んで行く。

 不意に裾を二回程少し引っ張られ、後ろを振り向くと、流河が人差し指を前に出している。

 指先の通りに視線を向けていくと、前から機体型AIが無機質にタイヤを回して此方に向かって来ていた。


(端の方に寄れって事か。)


 忍足で壁に寄ったが、AIはレンズ越しに此方を見詰めている。遥無は『もしかして』と脳裏にある単語が過った。


「・・・サーモグラフィー?」


〈正解、御別レデスネ。排除致シマス。〉


 突如、胴体部分が開口して中から銃口が現れた。即座にビームが発射されたが、咄嗟に回避した。鉄板で造られた壁が破壊された為、その威力を大まかに把握する事が出来た。


「温度でバレてんじゃん!」


「だから何だよ、身体を冷やせとでも!? 人間の限界体温は何度か知ってるか!? 30℃ジャストだぞ!!」


「チッ!」


液属性 酸 塩酸


 流河が威嚇に塩酸を放つ。こうなってしまったからには、もう如何にもならない。諦めて戦闘体制に入り、敵側にも援護が来る事を予想して長期戦に持ち込まなければならない。


〈敵襲カ!? 捕虜ノ仲間カ!!〉


 捕虜。その言葉に流河と海斗が反応したのを視界の隅で確認した。矢張り、捕縛されて捕らえられていたようだ。命に別状が無ければ良いが。


〈一人ハ未発見デスガ、仕方ガ御座イマセン・・・。〉


 如何やら一人はまだ無事に捕まっていないようだ。優雨汰か千波か、その何方なのだろう。


液属性 酸 クロム酸


 海斗は髪の色が濃い。その濃度は高く、堆積も多いだろうが、化学が苦手なのだろう。心配な顔をして流河に問う。


「これは効くのか・・・?」


「酸化剤としては強力じゃないかな?」


「そうか。」


 多数発射される光線や銃弾に、液属性だけで対抗出来るのか。不安がどんどん募る。一回駄目で元々で頼んでみるか。


「一気に全滅はさせられたりしねーの?」


「じゃあ君は如何対処するんだい? 力が弱いんだろう。まさか僕に『護ってください』とでも言うつもりじゃないだろうね? 髪色の通り、流石に僕でも敵わないよ?」


 険しそうな顔を作り、海斗を一瞥した後に論じて来た。『護ってもらう』の発想までは出て来なかったが、遥無の意見を否定の要素は一先ず聞こえない。


「・・・分からないけど、何とかしてみる。」


「ほう、言うね。」


 予想外に根拠の無い自信を持った答えが返る。その返答に満足したのか、彼女は海斗に呼び掛けた。


「海斗、塩化ナトリウムの水溶液を有りっ丈に召喚してくれ。」


「塩化ナトリウムとは何だ?」


「塩水!! 理科の授業で教わっただろう!!」


(いや塩化ナトリウムを知らねーって・・・・。)


 遥無はドン引きした顔で見詰めたが、直ぐにAIとの戦闘に戻っていく。訓練校は如何したのか。孤児院からの途中編入と聞いたが、物を知らなさ過ぎる。孤児院はどんな教育をしていたのか。


液属性 アルカリ 塩化ナトリウム


「うおっ、酸素酸素!!」


気属性 酸 酸素


 大気中にある酸素を総動員させ、気泡の形に変えて空気を取り込む。暫くは保つと思いたいが、窒息死するのも時間の問題だろう。

 後は、機体型AIに耐水機能が付加されていなければ、取り敢えず気にはしなくて良いのだが。


「ううん、やっぱり付いてるっぽいねぇ。塩の効果で何とかなって欲しかったんだけど。」


 水中に映ったのは、レンズを妖しく光らせる機体型AIだった。

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