第肆話:AIとの対面
今にも崩れそうな階段を静かに駆け上がる。腕時計の機能の一つであるAI探知機が反応しているので、もう直ぐ出会すだろう。息を潜めて壁越しに誰がいるかを偵察する。
一人、存在が確認された。紺に近い深い青色の髪が長く伸びているので、液属性の影響を色濃く受けている子供だ。
解析した結果、マイクロチップと不老不死性が存在しない為に人間として判断された。
だが・・・。
「あの、其処の女の、子? 此処にいたら危ねーぞ?」
そう優しく呼び掛けると、相手は振り返る。そして、此方を暫く見つめた後、頬をぷくっと膨らませた。
「・・・おれ、栄命隊員ですよ。」
「ごめんなさい。」
その言葉を瞬時に理解した。可哀想なので口には出さないが、身長が伸びなかった人だ。年齢を聞けば隊員相応の答えが返ってくるのだろうが、背が余りにも小さ過ぎる。そして丸っ切り男声へ声変わりしているのに、女児として判断を下してしまった。
「えーと、貴方も此処にAIがいるって聞いて此処に?」
「はい。兄さん達にも連絡はしました。先に退治した方が良いのかなと思ってるけど・・・でもあまり一人で行動するなって、いつも。」
まぁそうだろうな。普通に危険だし。ウチもこういった子の保護者の立場だったら、耳にタコが出来る程キツく言い聞かせるだろう。
「そうなんだ。じゃあ、ウチがAIの様子を見て来るから、何かあった時に取り敢えず此処で待機してて。」
そう言うと、少年は黙って頷いた。名前だけは聞いておくか。
「あの、何かあった時の為に名前を教えて欲しい。ウチは『宇野』だ。貴方は何て言うの?」
「・・・『浜津』です。浜辺の浜に、興味津々の津と書きます。」
「そっか、丁寧に有り難う。宜しくね。」
相手に笑い掛けた後、沢山あるボロボロの個室を探索して行く。しかし、気配の遮断に長けているのか中々見付からない。
(まぁ、そうでもしないと死ぬもんなぁ。移動してる可能性もあるし、正直微妙だな。)
ドゴオオォォォン!!!!
・・・キイイイイィィィィン!!!!!
此処から離脱する事を視野に入れ始めると、唐突に爆発音が聞こえた。それと同時に酷く耳障りな音声が大音量で辺りに流れた。急速で耳を塞いだが、時は既に遅し。右耳の鼓膜が犠牲となった。
こんな迷惑行為をするのは確実にAIだ。浜津さんの耳が無事だと良いが、それ程離れていない。明らかに被害を食らっている。
「ワア、その苦痛に歪んだ顔、とっても良かったよォォォ!」
「・・・テメーか、あの音を出したのは。」
ドアを蹴り壊して入室してきたのは、如何にも『輩』である気属性の身体型AIだった。サングラスとマスクで顔を覆っているので表情は読めないが、その覆面の下でニヤニヤと笑っているのだろうが、何より目を惹いたのはヘッドフォン。それで自分だけは助かっている訳だ。
その手には小型のバズーカ。瓦礫を壊した事と先程の爆発音の犯人は正しく此奴だ。
「この至近距離で撃ったら耳が壊れるどころか間違いなく五体満足ではいられないなァ。もし死んだら拍手をくれてやるよォ。」
「要らねーよ滓。」
身体型のAIは基本頭がラリッた狂人だ。精神病質者とも言う。反社会の思想を持ち、平気で同族を殺す。
「そォかァ、残念だなァ。」
その発言とは真逆の楽しそうな顔で、バズーカの銃口を此方に向ける。何度も撃たせないように早めに壊す必要がありそうだ。
「おい、無事か、大丈夫か! さっきの音は・・・AIか。お陰で鼓膜が破れそうだったぞ。」
「フヒッ、もゥ一人ィ・・・。」
AIが気色悪いのは置いておいて、浜津さんが速攻で駆け付けてくれたようだ。
「ありがとう、浜津さん。」
「礼は良いです。その為の栄命隊、ですから。」
格好良い。先程同じ意味を繰り返し言っていた奴とは思えんな。AIに向き直って、手の平を翳す。何の属性が良いだろうか。手当たり次第に植物で行ってみるべきか。
植属性 草本 蠅取草
周りの建造物に含まれている栄養分を引き換えに、実物より何倍もデカい蠅取草を召喚する。水分が足りないのが些か問題だが、浜津さんに協力要請を出せば多分この状況を打破出来る。
「浜津さん、水出して水!」
「どれぐらいですか?」
「植物用の水分と相手の武器を壊せるぐらいには!」
そう言うと、有りっ丈の水を召喚してくれた。恐らく、自身に含まれる水分と引き換えに。液属性は力が強い程、身体中の水分が多くなる。常人は70%だが、液属性は90%代に保たれたまま成長する。その内の60%代までは消費しても水分補給をすれば命に別状は無いが、それ以下を下回ると脱水症状に見舞われてしまう。一種の時間制限だ。そうならない様に早めにAIを倒さなければならない。
「余計な事をしやがってよォ。」
「瓦礫壊したのお前じゃん。あんな事しなけりゃワンチャン生還出来たんじゃねーの?」
「オイオイィ、俺が此処で死ぬ前提かよォ?」
「え、違うの?」
それ以外に何があるのか疑問が湧くが、如何やらAIの逆鱗に触れてしまったらしい。憤怒に駆られ過ぎた変顔で扱えなくなったバズーカを鈍器にして振り回しているが、回避もせずに全て蠅取草で受け流してしまえる。
「無属性の癖に巫山戯やがって○※☆@¥%*#=!!!」
後半はAI語に退化して何を言っているのか分からなくなった。妄言を吐いている暇があったなんて、随分とお気楽な奴だなぁ。
「そうやって取り乱して。」
手を翳して蠅取草をAIに喰らい付かせる。回避も出来ない時点で雑魚だろ。
「そんなんだと雑魚だって嘲笑されるぞー。」
「アァ!?」
ぐしゃり、と無理矢理AIの身体を圧縮して押し潰す。血肉が大量に浜津さんとウチに降り注ぐのもお構い無しに、そのまま彼方此方へ叩き付けて人間の心臓に当たるコアを破壊した。装甲は柔かったようで、簡単に砕け散っていった。
「終わったあ・・・。」
溜息を吐いて、顔面に付着した血を袖で拭う。帰ったらシャワーを浴びて寝たいけど、医療室に行かないと。浜津さんに向き直ると、此方をマジマジと見詰めていた。
「? どーしたの。血なら確かに着いてるけどさ。」
「・・・力、使えるんですか。」
「・・・まーね。」
確かに珍しい物だ。髪は真っ白だが、よくよく見るとメッシュ方式で色が入っている。実験でこうなったのだが思い出したくは無い。
「大丈夫ですかー? ・・・事後のようですね。」
後ろから声が掛かると、二人の液属性と固、液、気と三つのマルチ持ちの一人が入室して来た。一人は見知った顔である。
「あれ、宇野ちゃん。さっき振りじゃないか。此処に居たんだ。」
「清水・・・。」
浜津さんと知り合いだったんだ。清水の言う友人はこの人の事か。随分と美形揃いでして。顔面偏差値の高さに嫉妬していると、紺色の髪をした顔面美少女の癖に声が低い少年が話し掛けてきた。
「海斗に着いてくれていたんですか? 有り難う御座います。弟が何か失礼はありませんでしたか?」
「いえいえ。寧ろ、サポートしてくれて・・・。弟なんですね。」
素直にそう伝えると、後ろで見ていたマルチの少年は驚愕した顔で浜津さんを見ていた。何だ?
「海斗、お前サポート出来る程の器量あったんですね。」
(いや失礼だな!?)
思わず声に出してしまいそうになるのを寸前で止める。結構やってくれたぞ浜津さん!?
「ふふ、もっと褒めてくれて良いんだぞ? 優雨汰。」
あの、ウチの観点だけど褒めてないと思う。寧ろ貶してるよ。ひょっとして浜津さん天然なんですか?
だが、止める暇も無く罵倒と天然発言の合戦に発展して行く。吃驚していると、清水は苦い顔で此方に来た。
「・・・海斗さ、自分の水分を消費して何かやってなかったかい?」
「え? やってたけど・・・脱水しないように早く終わらせたぞ。」
「そうかい。まぁ、ならなかったら良いか。」
清水が溜息を吐いて何かを割り切ったようだ。彼を心配していたのだろう。
「海斗はねぇ、兄の千波って言うんだけど、兄弟揃って昔色々あってさ。偶に幼い所があるんだ。加減を知らずに、無自覚で自分の身体とか顧みずに投げ出して。」
「・・・あー、成る程。」
孤児院は大体訳有りだ。家庭環境が最悪で、親に捨てられて。親が死んだりして、親戚に敬遠されて。色々ある。二人はそう言った被害者なんだろう。
「察してくれ。悪い事したらちゃんと此方で叱るよ。友人共々宜しくね。」
「うん、分かった。えっと、彼方の・・・マルチの人は?」
「あの毒舌笑い袋は『空門優雨汰』。言っておくけど悪い奴じゃないからね。優しいし、さり気ない気遣いは出来るんだけど・・・尖ってて面倒臭いんだよ。」
「大変そうだな。」
「流河、聞こえてますよ?」
率直に出た感想がそれだった。そして声に出た。当の本人は笑顔で此方を睨んでおり、顳顬に筋が立っている。
「・・・壮観だ。笑顔でキレるって怖いな。」
浜津兄弟はキラキラした顔で傍観しているが、出た台詞は相手を挑発する内容だった。また喧嘩が始まるでしょコレ。
「じゃあ先に任務上がります。鼓膜破れたんで病院行かないと。」
「おやおや、耳をやっちゃったのかい。お大事に。」
「いやバイト感覚で言うんじゃありませんよ。」
「あ、おれも診てもらわないと。少し耳が遠くなった。」
「お前もかよ早く行け! 後で詳細聞かせて貰うからな!」
やっぱ被害食らってたわ。初任務から散々だなぁ全く。
廃ビルから出る際、4人へ振り返った。
其処には、背景には合わない笑顔で談笑していた。人生を心の底から楽しんでるのをヒシヒシと感じる。
ウチが今迄会った人々は殆どが身も心もネガティブで、楽しんでる人を見たら嫉妬どころか文句を言って叩きのめしていたから。
彼等の近くにもそんな人がいたのだろうか。そうだとしたら、よく折れなかったなぁと思う。こういう人達こそ、何処の世界でも生きていけるんだな。
・・・ウチも頑張らなければ。今も何処かで生きていれば謝りたいあの人に。