第弐話:入隊直後
〈受験番号3078番、おめでとう御座います。〉
そう告げた人型とも言えない機械は御辞儀をした。
〈貴方は『栄世人命保証機関・人工知能対策班』への入隊が認められました。〉
「・・・そう・・・ッスか。」
やっと、やっと一つの目標が達成出来た。あの日から、栄命隊試験に合格するまでの道程は控えめに言って地獄だった。
思い出すだけで口を押さえ、顔は血の気を失うぐらい青褪めて、込み上げる嘔吐感を耐えねばならない程には。
教師は人の限界の本当に一歩手前、薄皮一枚までを見極めるのが非常に上手かったのだ。
その辛く過酷な日々を耐える事が出来たのはそれを上回る願いがあったのともう一つ、理由がある。
自責である。
毎日毎日毎日、夢を見る。全ての切掛となったあの日あの時。
自分の面倒を見てくれた人が殺されて錯乱し、その面倒を見てくれた人から守ってくれた、また一等大切な人に暴言を吐きまくり、泣き叫ぶ夢。
そんな思いをを引き摺ったまま、猛然と自分は走り込みに寮を飛び出しては俄然やる気で朝稽古。
学校では強敵である歴史に怯みつつ勉学に精を出し、帰ったら日が暮れても武道館で心身を鍛え、夕飯を掻き込み、落ちる眼を必死になってかっ開いて予習復習に余念がない。
そうして泥のように眠り、朝起きたらまた自責の念に駆られながら走り込み・・・・・・という日々を繰り返した。
時折発作の如く「もう嫌だあ!」と泣き喚くが、その度に教師によって沈められて捕獲された。
それが数年続き、今日、合格通知が届いたのだ。
「貴方様の生活は多忙でいらしたと聞きましたが、まだまだこれからで御座います。気を引き締めて頑張りましょうね。」
「・・・ウッス。えっと、失礼しました。」
そう礼をして退室をすると、遠くに一人が管理者に手を出しているのが見えた。何か揉めているらしく、先程から争っていた。
今にも腕を振り上げようとしている人は、受験に合格して晴れて栄命隊員になった者だろう。だと言うのに早速やらかしてやがる。控え目に言って不良の域を越えている。馘になるまで後数分というところか。
「え、ヤバいじゃん。止めなきゃ。」
「そうね。」
思わず口に出すと、偶然隣にいた長い焦げ茶の髪が特徴的な彼女は短く返事をすると、現場に早足で向かって行った。
自分も放って置くのは気が引けるので駆け寄ろうとすると、後ろから長髪のクリーム色の少年が顔を真っ青にして真横を走り抜けていった。それに気を取られると、あっという間に抗争が始まった。
「そこのお兄さん、少し手を貸しなさい。」
「ア゛ァ?」
「止めとけって歯向かうのは! 今すぐに謝れ! でないとお前の腕死ぬぞ!!? コイツには逆らわない方が吉だって!! 今後ずっと義手生活になるぞ!! 嫌だろ? ほら早く!!」
確かにそうだ。髪色を見る限り、固属性を色濃く持つ者だ。筋肉や骨の密度は最低でも5倍は高く、かなりの怪力だと言う。
それが起因して身体能力もズバ抜けており、分かり易く言うなら喧嘩を売ったら命が無くなる相手だ。
「ハッ、そこまで言うならやってみろよ。」
「噴ッ!!」
哀れ。ゴキャアッと盛大に骨が粉砕された。いっそ清々しいと感じる程に良い響きである。当分、相手の右手首は蘇らないだろう。幼気な人間に手を出した末路である。
「アアアアァァァァ!! 忠告したのに!! 謝っとけって!! 俺もう知らない!! 知らないからね!!」
その光景に思わず「ヒュッ」と息を呑んだ。あの少女は今後は成るべく関わりたくない相手である。
クリーム色の少年は遠くで右手首を粉砕した彼女を『マナ』と呼んで喚いて捲し立てている。外見が何処と無く似ていたり、あれでも親しげな様子からもしかしなくとも身内なのだろう。
「初っ端からヤバいモン見せやがって。」
ウチは溜め息を吐き、受験で疲労が蓄積した身体を休める為に寮へサッサと戻った。