運命が狂う時
目の前には大きく開けた場所があり、その中央にはここに来る前に開けた扉に描かれていた魔法陣と同じものが地面に大きく描かれているのがみえる。
「同じ……?」
「同じものだね……扉よりずっと大きいけど」
「では、これより儀式を始める!」
フォール神官長の声がその場に響き渡る。
そして、その言葉を合図にフードの人たちが魔法陣の周りを均等に並んだ。
「では、私が言う者からこの魔法陣の中に入ってくれ」
アルデオンの言葉に疑問を持つ。
「魔法陣の中に入る?」
サラリーマンがアルデオンに私が疑問に思ったことをかわりに聞いている。
「ああ。 そうだ。 そうしなければできないのだ」
そう言ったアルデオンの顔はニタリと歪んだ笑みを見せた。
「まずは……貴様からだ」
「えっ……‼︎」
アルデオンはサラリーマンを魔法陣の中にドンっと勢いよく押した。
「何をっ!」
サラリーマンの彼は勢い良く押されたことで魔法陣の中で尻餅をついた。
淡く光る魔法陣。 その周りではぶつぶつと何かを唱えているフードをかぶった人達。
「なっなんなんだ!」
急いで起き上がり、魔法陣から出ようとするが見えない壁のようなものが貼ってあるかのようにサラリーマンの彼は魔法陣の外に出て来られない。
「なっなんなんだよ?! あれは!」
「何が起こってるの?」
「魔力を調べるんじゃなかったのか?!」
連れてこられた皆は口々に叫びまた、この場から逃げ出そうと試みるが騎士に抑えられている。
「姉さん! 逃げるよ!」
海里は私をぐんっと持ち上げ、皆と同じように逃げ出そうとしたがやはりすぐに騎士に捕まった。
「くそっ! 離せ!」
「大人しくするんだ!」
「きゃっ……」
「姉さん!」
海里から引きづり下ろされ、地面に向かいグッと背中を押さえられ、起き上がることさえできない。
「はあ……痛い」
ただでさえ、息苦しいのに押さえられたことにより痛いし、苦しい……。
「姉さんを離せ!」
海里が騎士を押し除けようとするが力ではやはり敵わない。
「姉さん! 姉さん!」
「これと、これと、これを魔法陣に入れろ……ああ、こいつらもだ……一変に渡すと勿体ないからな」
アルデオンはまるで物を選ぶように指を差していく。
彼に選ばれた者はこれから何が起こるのか全く予想出来ず心が恐怖に支配されていく。
一体何が起こったのか分からない。
アルデオンは選び終わったのかコツコツと足音をたてながら私たちの方に向かって歩いてくる。
その間に騎士が指示された人達を魔法陣に投げ入れて行く。
「やめろ! やめろって!」
「いや! 離して!」
抵抗する声が聞こえるが、騎士の力には勝てない。
次々に魔法陣に入れられていく。
「アルデオン……どういうことだ」
海里が目の前にやってきたアルデオンを睨みつける。
「ああ……そうだ!! 姉弟一緒に渡した方がいいかと思ったが、弟の方はどうやら魔力が多いからな……分けて渡そう!!」
ぽんっと手を叩き名案だとでも言いたいように「そう思うだろう」と私達に聞いてくる。
「どういう……?」
私はかすれた声でアルデオンに問う。
「こういうことだ」
アルデオンは騎士に合図をだす。
「っ!!」
急に身体が持ち上がる。 どうやら私を抑えていた騎士が持ち上げたのだ。
「姉さん!!」
そして魔法陣の方に向かい投げた。 私を。
「きゃっ……!」
ドンっと地面に身体を打ちつける。
「いたっ……」
「姉さん! 姉さん!」
「かいり……」
打ちつけた身体をゆっくりと起き上がらせ、海里のほうに顔を向ける。
「姉さん!」
海里は騎士に押さえられながらこちらに向かって手を伸ばしている。
「ふふ……はは……あーはははははははは!」
「なっ……何を笑っている! アルデオン!!」
魔法陣の方を見ながら突然笑い始めたアルデオンに彼の名前を叫ぶ海里。
「いや……何……案外簡単に生贄という物を集めることができるなと思ってな」
「いけにえ……?」
生贄? どういう……まさか!
「まっまさか……違うよな? なっ? アリアナ。 これは魔力を調べるためのアレだよな? そうだよな。 アリアナ?」
私と同じように魔法陣の中に入れられた一はアルデオンの隣に立ったアリアナに「これは何かの間違いだよな?」と必死に聞いている。
しかし……現実は残酷だ。
彼女は兄と同じように歪んだ笑みを彼に見せる。
「アッアリアナ……?」
「ふふ……何を言っているのかしら? 間違い? いいえ。 本当のことですわよ! 魔力を調べるなんて……う・そ♡ 貴方達にこの場所にきてもらうための嘘に決まってるわ。 あーあ。 一日だけとは言え異世界人の相手をさせられるなんて本当に最悪だったわ。 貴方達も感謝しなさいよね。 わざわざこの私が一緒に着いてきてあげたのですから」
そう言ったアリアナはクスクス笑っている。
「アリアナ……」
「あら。 異世界人が勝手に私の名を呼ぶのはやめてくださらない。 汚らわしい」
「そっそんな……」
一を見る目は嫌悪に塗れており、彼女の顔は歪んでいる。
一はそんな彼女の顔と言葉を聞いてショックで項垂れてしまった。
当たり前だ信じた彼女に裏切られたのだから。
「生贄ってどういうこだよ! 一を出せよ!」
「……大和」
頭山大和は魔法陣の外にいるが騎士に押さえられ身動きが取れない。
顔だけをアルデオンに向け、睨み叫んだ。
「どういうって……ふふ……あはははははは。 異世界人はなんて馬鹿なんだろうか? この状況でまだわかっていないとは。 可笑しくて仕方ない」
「ははははははは。 仕方ありませんぞ殿下。 何せ魔法の一つさえ使えない愚鈍な奴らなんですから」
そう言って笑い出したのはフォール神官長だ。
それにつられて私達以外は笑っている。
「まあ、でも愚鈍だからこそ教えてあげなくてはお兄様」
「そうだな……いいだろう。 教えてやろう。 我々は平穏に暮らすための対価として生贄を魔王に渡しているがそれを異世界人で補おうと考えたのだ。 なに……異世界人ならこちらも何も心が痛まないからな」
「良い考えだと私も思いましたの。 平民を生贄にすると王家の印象も悪くなっていましたのでこの世界に関係のない方々なら支持も得られて平民からの印象もバッチリでしたので良かったですわ」
アリアナの言葉がストンと胸に落ちてきた。
ああ、だから街中では歓声が凄かったのだと。
私達が自分たちのかわりに生贄になってくれるから喜んでいたんだ……。
誰も自分が生贄になりたくないもんね……だけど……これって……。
「理不尽じゃないか! お前達の世界のことなら自分達で解決するべきだろ! 何故、俺たちを巻き込んだ! そんな……そんな理由でふざけるな‼︎ 姉さんを返せ!!」
「かいり…………海里!!」
「姉さん!!」
海里がこちらに手を必死に伸ばすが騎士のせいで届かない。
だけど私も魔法陣から出られないが一生懸命、手を彼に向かい伸ばす。
「美しい姉弟愛だな……だが!」
「ぐがっ!」
海里を抑えていた騎士が彼の腹を殴る。
「海里!」
「少々私達に言葉が過ぎるな」
「そうですわね。 魔力量も多くて将来的には有望ですのに愚鈍な異世界人ですね。 と言っても有望というのは生贄としてですがね」
「ごほっ……魔力……だと?」
「ああ、そうだ。 ここにくるまでに身体に鉛が乗ったように重くなったり、息苦しくはなかったか?」
アルデオンの言葉を聞いた瞬間、思い当たった者が何人かいた。
私もその一人だ。
「ある一定の魔力の量を持っていないとその症状に陥る。 何故ならこの中は自身の身に宿る魔力を吸われるからな。 まあ、持っていないと思われた異世界人の中には少しだが魔力を持っている者もいるみたいだが」
そう言ってチラッと彼がみたのは魔法陣の外にいる者達だった。
あぁ……彼は選んでいたのだ魔力を持っている者、持たない者を。
「だからと言って魔力を持っていようと生贄であることには変わりはないがな」
アルデオンの話を聞いて泣き出す者、呆然とする者、絶望する者と様々だった。
「では、儀式を再開しよう」
その言葉によってアルデオン、そしてアリアナは魔法陣から離れフォール神官長だけが一人目の前に立ち何かを唱え始めた。
「姉さん!」
「おい、静かにしろ!」
「ぐっ、ごほっ!」
海里がもう一度騎士に腹を殴られる。
「海里!……かい…り!」
海里! 海里! 大丈夫! と声を叫んで言いたいけど、目から涙が止まらない。
怖いのかなんなのか分からない。
急に目から溢れ出してきた。
「では、血を」
「ち……?」
フォール神官長の言葉により魔法陣の外にいる彼らを騎士が彼の隣に連れてくる。
「えっ……いや……やめて……」
スッと抑えている騎士以外の騎士が剣を腰から抜く。
光に当たる切っ先は切れ味が良さそうだと感じると同時に心が冷えていく。
「何をする気だよ! 一を魔法陣から出せ!」
「うるさい奴だな。 安心しろ。 こいつらは先に生贄になるだけですぐにお前達も生贄になるのだから。 遅いか、早いかの違いだ…………やれ」
「なんだ……っ!!」
「大和!!」
真っ赤な真っ赤な液体が目の前で飛び散る。
「血が……大和! 大和!」
騎士が大和を切ったのだ。
そして、大和を切ったのを合図に魔法陣の外にいる彼らを騎士が切っていく。
「きゃああああああーーーー」
「うわああああぁーーーーーー」
血が飛び散るたびに叫び声が上がる。
「儀式には魔力を持った血が必要なんだ」
そう言ったアルデオンの歪んだ笑みはきっと忘れないだろう。
「姉さん!」
「かいり!」
海里が騎士に切られそうになっているのがスローモーションで見える。
「海里!海里!海里!」
騎士が剣を振り上げる。 そしてそれが海里の身体に振り落とされた。
血がもう一度目の前に飛び散る。
真っ赤な、真っ赤な液体が海里の身体から流れている。
「ねえさん……」
海里が真っ赤に濡れた手を私に向かって伸ばす。
「かっ……かいり?」
「ごめ……ん……」
「かいり! かいり!」
ゆっくりと伸ばされた手が落ちていく。
それと同時に魔法陣の光が強くなり目の前が光で何も見えなくなった。
「いやっ! いやよっ! いやっ! いやーーーー‼︎ かいりーーーーーー!!」
そして意識を失った。
ああ、これだったんだ。
あの騎士が呟いたのは……。
『いけにえのくせに』と。
私達はこの世界の生贄だったのだ。