気になる事
「それで魔王ってやつを倒せってか?」
「はい! 貴方たちに頼るような形になってしまいましたがもう犠牲者を出したくはないのです」
そう言って涙を流している姿を見た周りは同情的な眼差しをアリアナに向けている。
だけど、それを聞いても私達は魔王を倒すことなどできない。
「はい! 頑張ります!」
「え……」
しかし、違った。 やる気満々の奴がいたのだ。
横の海里を見ると彼も私と同じで驚愕していた。
「ありがとうございます!」
涙を流していた筈の彼女はさっきと打って変わりとても良い笑顔を浮かべていた。
「待ってくれ! 俺たちはまだやると決めたわけじゃない!」
「そうだ! なぜ私達がしないといけないんだ」
「えー良いじゃん! これも人助けだよ」
「まあ、そうだよなー。 おっさん達は可哀想とか思わないわけ?」
サラリーマンにバスの運転手は魔王を倒すことに対して否定的に比べて男子高校生の二人はやる気満々だった。
一人はさっきまで馬鹿にしていた筈なのにどうしてやる気になったのだろうか?
そして何故急にやる気になったのかは直ぐに分かった。
「何て勇敢なのでしょうか」
そう言いながら彼女は馬鹿にしていた方の男子高校生の手を握りしめた。
それに対して顔を真っ赤にしていたのだ。
どうやら……。
「あいつ、惚れたようだな」
海里が呆れながらその様子を見ていた。
「やっぱりそうなんだ」
惚れた彼女のために魔王でもなんでも倒してやろうかなってこと?
だけど、それを私達に強要しないでほしい。
「まあ、急に言っても困惑しているだろうから……今日は一度休み、また明日話をさせて欲しい。 だが、これだけは言っておきたい。 私は国の為に貴方たちを呼んだ。 それは後悔していない。 しかし、本当にすまなかったと思う。 だから、魔王を倒すことを強要するつもりはないが力を少しでもいい貸して欲しい……」
最初謝罪をした時には頭を下げなかったアルデオンが頼むと自身の頭を下げた。
「お兄様……。 私からもお願いします」
アリアナもそれに倣い頭を下げた。
部屋の隅に立っていたフードや二人についていた護衛の騎士達はそれを見てざわめいたがそれとは逆にその様子を見た高校生組は何かを決意したような顔をしていた。 彼らだけじゃない他の人達も同じような顔をしているものがいる。
決意をしたような顔をした彼らは彼女達の言葉が心に響いたんだと思うが私は全く心に響かなかった。
どこに響く所あったの? って感じだ。
「やっぱり嘘くさいな」
隣でボソッと聞こえた声は海里だ。
彼もどうやら心に響いていない。 それどころかどこか疑っている。
よかった。
海里はラノベオタクだからあの高校生の彼と一緒で魔王を倒す!とか言い出すかと思ったがそんなことにはならなかったことに安堵した。
そして、この謁見の後に私達はそれぞれの部屋に案内された後、豪華な食事をご馳走になった。
食事を食べ終わると部屋に戻る者、まだその場に残って話をしている者など様々な中、私達は部屋に戻るため並んで歩き始めた。
窓から見える外の景色は確かに異世界なんだと思わせる。
そんなことを思いながら海里と歩く廊下は不自然なほど人一人通っていない。
静かな雰囲気はどこか怖くて隣を歩く海里に話しかける。
「料理は美味しかったね」
「そうだね。 姉さん……」
だけど、隣を歩いている海里はどこか上の空だった。
「……どうしたの。海里?」
「ん? あぁ……ただちょっと気になることがあって」
「気になること?」
こくっと首を縦に振った海里の目はどこか真剣だった。
「姉さんはどこか変に思わなかった?」
「変? 変なこと……廊下を誰も歩いていない所とか?」
「まあ、それもあるんだけど……」
言葉を濁す海里に焦れる。
「魔王を倒すところ?」
「うーん。 確かにそれもあるけど……」
なかなか教えてくれない彼に早く教えてと迫る。
「もう! 気になるから早く教えて!」
「あのさ……何で魔王を倒すのにわざわざ異世界の人を呼んだんだろうね。 ……この世界には魔法があるって話を聞いたよね」
確かにこの世界は魔法があると食事の席でアリアナが話していた。
この世界の人たちは皆魔力の量は様々だが魔法が使えると。
部屋の灯りも魔道具で、魔力を込めると光って仕組みだ。
「それがどうしたの?」
「俺たちが魔法を使えると思う?」
その問いには首を横に振る。
今まで生きてきた中で使ったことがないのに使えるはずがない。
「でも、明日調べるって言っていたよね?」
そう、アリアナは今日は疲れているだろうから明日調べようと言っていたのだ。
「調べて魔力があるってわかったら魔法が使えるなんて夢物語だよ」
「一番信じてそうな海里なのに信じないの? 魔法が使えるって?」
「そうだね。 俺は信じそうだよね」
そう言ってクスクス笑い出す海里はどこか変だ。
「海里?」
「姉さん、気をつけて」
「え……」
「この国は何かあるよ……」
「どういう……」
「御二方。 もう部屋に戻るのか?」
「「っ‼︎」」
さっきまで人一人いなかったのにいつの間にいたのかアルデオン王子が立っていた。
彼は食事の途中に執事に呼ばれて席を立っていた。
その彼が今私達の目の前に立っている。
「ええ。 もう、疲れたので。 ね! 姉さん」
「えっ! ……ええ」
さっきまでの海里とは違い明るい雰囲気で私に同意を求めてきたのでそれに同意する。
それを見たアルデオンは「二人は姉弟か……なるほど」と言っていた。
変なことを言ったわけではない彼の言葉にどこか引っかかる。
「では、アルデオン様。 俺達はこれで失礼します」
「そうだな。 引き止めてしまってすまない。 では、ゆっくりと休んでくれ」
「はい……行こう。 姉さん」
海里は私の手を引いて早足で歩き始めた。
「海里?」
その様子を笑って見ていたアルデオンに私達は気づかなかった。
そして、私の部屋の前に着くまでずっと手を引きながら無言で歩く海里の背を見ていた。
部屋の前に着くと海里は急にギュッと私を抱きしめた。
「姉さん……」
「海里?」
「俺が……俺が守るから……」
急にどうしたのかわからない。
だけど……。
「海里……大丈夫。 私は大丈夫よ」
「大丈夫、大丈夫」と声をかけながら優しく海里の背をポンポンとあやすように叩く。
「…………俺は子供じゃないよ」
「知ってる」
海里がゆっくりと私から離れていく。
「姉さん……俺が絶対守るけど! 気をつけてね」
「うん……分かった」
「本当に?」
不安気な様子ででこちらを見る海里に安心してもらうために笑顔をむける。
「本当に」
それを見た海里はまだ不安は残っているようだが分かってもらえたようで海里も優しい笑顔になった。
「わかった。 姉さん……おやすみ」
「おやすみ、海里」
「じゃあ、姉さんは部屋に戻って。 戻ってくれないと俺も戻れないから」
「わかった。 じゃあ、また明日ね」
「また、明日。 姉さん」
伊月が部屋に戻ったのを見届けてから海里は自身の部屋に戻った。
だが、もしこの時に戻れるなら私は……海里を連れてこの国から逃げただろう。
明日起こることを知って……。