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ツキは王を魅了する  作者: 小梅
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プロローグ

 目の前には全身真っ黒な衣服に身を包んだ男が座っている。

 その男は今まで生きていた中で見たことがないほどの美丈夫である。 黄金色の瞳にその下には黒子があり、鼻筋が通った鼻、少し青みがかった暗い紫色の髪、そしてすらりとした手足……どこをとっても綺麗な男だ。


 その男はソファにもたれながら無表情で私をじっと見やる。 しかし、その目はとても冷たく人を殺しそうなほどの鋭さもあった。


 手から汗が滲みでる。 喉もカラカラだ。 それもその筈だ。 ここに来るまでは飲まず食わずできていたからだ。

 だが、それだけではない。 目の前の男から発せられるプレッシャーに必死に耐えようとしているからでもある。


「何をしている。 俺も暇ではない……早く渡せ」


 そう言った男の声は冷たい。


「…………………」


 ゆっくりと男に言われた物をポケットから取り出す。

 取り出した物は手の平で握り締めることができるぐらいの大きさの紫色の丸い玉だった。

 それを男に渡す前にギュッと握り締める。


「……早くそれを俺に渡せ」


 ここで失敗するわけにはいかない。 なんとしても目の前の男と交渉しなければ……。


「……貴方に頼みがあるの」


「頼みだと? 人間如きがこの俺に?」


「そう……()()()()である貴方に」


「断る」


 即答だ。 考えるそぶりを一切しない。 それどころかさっさと渡せと目で訴え、手を出してくる。


「ひっ引き受けてくれないなら……こっこの玉は渡さない!」


 私がそう言うと男は一瞬目を見開いたと思ったら鼻で笑ったような顔をした。


「ふんっ……おかしな事を言うな娘。 俺はお前がそれを渡さなくても殺して奪えばいいだけだ」


 その言葉にヒュッと息を呑んだ。


 本気だ……玉を渡さなくても殺して奪えばいいだけだと言う男の目は本気だった。 本気で私を殺す気だ。


 どうすれば良い? どうすれば……?


「お前にはそれを持ってきて貰った恩もあるからな……さっさと渡して帰れ」


「……………………」


「どうした? 渡せ」


 これを渡したらきっともう交渉することはできない。

 ギュッと力いっぱい玉を握り締める。


「渡せ」


「……いやだ」


「何だと……?」


「嫌だと言ったのよ!」


「何を言っている? それは元々俺の物だ……いいからさっさと渡せ」


 男は面倒くさそうに座っていたソファから立ち上がりこちらに向かってゆっくりと歩き出した。 そして、私の目の前に立つと彼からは怒気が発せられて無表情だが怒っていることがわかる。


 怖い! すごく怖い……。 でも、渡すことはできない。


「なら……頼みを聞いて!」


 男から目を一切逸らさずにそう言った。


「………………」


「………………」


 彼も私から目を一切晒さない。


 綺麗……。

 怖いはずなのにそんな感情が私の中に現れる。


 綺麗な黄金色の瞳に吸い込まれそうになる……。

 だが、その瞳の奥には静かな闇が広がっている気がする。

 もし、そこに吸い込まれたらもうここには戻って来られない。 

 落ちて、落ちて、落ちるだけ。


「チッ……」


「っ!」


 男の舌打ちで意識を瞳から彼に戻す。

 そこにはやはり無表情でありながら怒っている彼の姿。

 だが、目だけは逸らされた。


 少しのわずかな沈黙は長くは続かないようだ。


「断ると言った筈だ」


「じゃあ、これは貴方に渡さない!」


 手を後ろに隠す。


「さっきも言った筈だ。 お前を殺すだけだと。 なぜ分からない」


 男は煩わしそうに、そして面倒だと言うように髪をかいた。


「だっだって……」


「あぁ、もういい。 お前を殺すだけだ」


 そう言って男は自身の手から黒いモヤのような物を出す。 


「そんな……」


 死……。 それが頭をかすめる。


 それと同時に『姉さん』と声が聞こえた。


 だめだ……だめだ、だめだ、だめだ!


「言い残すことはあるか? 娘」


「………………これ」


「? 渡す気になったのか?」


 その問いにフルフルと首を横に振る。


「じゃあ、なん……っ!」


 男が何だと訊ねる前に持っていた玉を口の中に無理矢理入れた。


「なっ何をしている!!」


 ここにきて初めて男が大きな声で目を見開いて焦っているのを見た。

 手から出していたモヤも消えている。


「ふがっふがふがふが!」


「何を言っているかわかるか! 早く、ぺっとしなさい、ぺっと!!」


「ふがっ! ふがが、ふがふがふごっ」


 玉が口から出そうになった。

 急いで手で口を押さえる。


「今は喋るな! 早くぺっとしなさい!」


 男がこちらに手を伸ばしてくる。


「っ!」


 しかし、最悪なことにその瞬間驚いてゴクっとしてしまった。

 ごくっとだ。 もう一度言おう……ごくっとだ。


 やってしまった……。


「「ああああああああぁーーーーーー‼︎」」


 二人揃って絶叫する。

 顔から血の気がひいていく。

 目の前の男の顔も真っ青になっており、また無表情だった彼の顔はかなり引きつっていた。


「おっお前! あれがなんだか知っているのか!!」


 その問いにこくっと首を縦に振る。


 そう、私は男に交渉として渡そうと思っていた玉……あれは彼の()()()()だったのだ。


 そして、それを私は飲みこんでしまった。

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