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 神託の巫女 後編 @誤字脱字修正 一部表現追加


 彼にとって二つ目の神託。 その内容は護かサシャ、何れかの死。


 それが何を意味するものなのか、皆目検討もつかない。


 ただ判る事は神託の的中率は100%を誇り、必ず起こる事柄。

  神託を直接受けた二人はさぞ、悩み、苦しんで――



  「待てぇぇぇぇええっ!!! そして、食べろーーーっ!!」


  「待つか食えるかふざけるなーーーっ!!」


 いないようだ。 あれから四日程経ち、既にこの農村では有名である。

  神託を打ち破った英雄二人のおいかけっこ。

 村の人からみれば、とても仲が良く、微笑ましく映った。


  「待て、待てーーっ!」


 温和に、平和的で高圧的に接するサシャ。

  彼女の右手にはバスケットがあり、自分で焼いたのだろう

  クッキーのような黒い物体が見えた。

 ゼフィの言う所、根は素直で優しい娘。

  加えるに料理がダメそんな所だろう。


 然し体力的には圧倒的にサシャが優れており、

  隠れる場所が少ない護は、僅か十分足らずで掴まってしまう。


 彼女の左手が彼の肩をガシッと掴み、そのまま護の足を蹴り払う。


   「ふんっ!!」


   「ぬおぁっ!?」


 捕まえ方がどうしても攻撃的で荒々しい。

  これも護が避ける要因の一つでもあるのだろう。

 両足を纏めて払われた護は真横に倒れ込み、

 サシャは掴んでいた肩から少し下へずらして関節を極めた。


  ギリギリギリギリギリ


   「いだっ! いだだだだだだ!!」


   「さぁ食べろ」


 肩と肘関節を同時に極めつつ、膝を護の喉へと押し付け、

  それでいて手にしたバスケットを護の顔に押し付けて食べろという。



   「こんな状態で…食えるか!!」


   「む。それもそうだ」


 観念したのか、護は座り込み、バスケットを手に取ると、

  何をどう加熱したら炭になるまで焼けるのだろうか悩む。


   「あのねサシャちゃん…」


   「その呼び方はやめてくれ。不快極まりない」


   「君がもう少し淑女っぽくなったら、呼び方を改めるよ」


 彼にしてみれば、ちゃんづけは子ども扱いという意味合いなのだろう。

  それを理解しているのか、してないのか。

 サシャは真面目な顔で言い返す。


   「何を言っている。私は立派な淑女だが?」


   「…それを自信過剰っていうんだよサシャちゃん」


 何かあれば長剣を振りかざして襲い掛かる。

  そんな娘の何処に淑女らしさがあるものか。


 言い返された言葉にイラッと来たのか、バスケットに手を突っ込み、

  黒焦げのクッキーだろうソレを、護の口に無理矢理押し込んだ。


   「むん!!!」


   「んがふっ!?」


   「どうだ! 見た目はダメだが美味いだろう?」


   「苦い!!!」


 表面だけなら我慢出来る。だがこれは芯まで黒焦げ。

 口を手で押さえ、水を欲しがるが周囲にそれは見当たらない。


   「水…水。うげぇ…ないわー…」


 うぷっ、と、えづきつつ。彼はサシャにどういう焼き方をしたのか。

  せめて焼き方というか焼く時間を考慮して貰えたらと尋ねる。


   「ああ。それならこれだ」


 そう言うと、近場の何も無い地面が突然激しく燃え上がる。

  小型の魔物なら一撃で焼き尽くせる程の威力を孕んだ炎。

 

   「…魔法?」


   「火の初級魔法だ。即座に火を起せて火力も申し分ない。

     薪も竈も要らずで効率的だ」


   「あの…変な所に効率を求めるのをやめない?」


 原因が判った。クッキーの生地まではちゃんと作っている。

  だが其処から魔法を使ってオーバーキルしているのだ。

 護は地面に正座して、真摯に彼女に向き合い、大事な事を教える。


   「サシャちゃん。料理ってのはね。

     手間をかければかける程、美味しくなる」


   「む。時間的効率を求めてはダメなのか…」


   「いや、それも正しいよ。でもそれはちゃんと手順を踏まえて

     作れるようになってから。フィアちゃんにでも教わってみれば

     どうかな? 彼女、女子力高そうだし」


   「妹に…か。ん? ジョシリョク? とは何だ?」


   「んー。何て言えばいいかな。女としての魅力…かな」


   「それならば私もそれなりにある筈だが?」


キョトンとした顔で首を傾げたサシャ。

  余りの事に目を丸くした護。

  

   (ま、まぁ。見た目だけで言えば相当高いレベル。

     美少女と呼んでも差し支えないだろうけど…)


 上等なケーキに味噌と醤油と七味唐辛子とミリンをぶちまけたような。

  そんな残念な感覚に陥る護。


   「ともあれご馳走様。私は用事があるので、これで失礼するよ」


   「あ、待て!」


 足早に歩き、彼女と距離を取る。

  教会に居座らせて貰っているので、せめて薪でも拾いにいこうかと、

  森へと向かうのだが、尚もしつこくついてくるサシャ。


 早歩きは駆け足に、駆け足は全速力に。

  またしても始まる追いかけっこ。


   「何でついてくるかなーっ!?」


   「し…神託の件もあるからだ!!」


 …。まだ一ヶ月近くある。一ヶ月まるまる追いかけてくる気か?

  そんな事をされては身が持たない。


 森へと駆け込み、身を潜める。

  落ち葉を踏みしめる足音が近づき、護の傍を通り過ぎてゆく。

 息を殺しながら、身を低めて薪を集める。

    

 暫くすると少し離れた所から魔物の唸り声が聞こえ、

  木に何かがぶつかる音とともに、断末魔が。


   「お。魔物とエンカウントしたのか。

     今の内に逃げよう」


 適度に拾えた薪を抱えて森を出た護は教会へと戻る。

  教会の横にある薪を貯めている場所へと置くと、近くに流れる小川で一息。


 なんとなく覗き込んだ小川に自分の姿が映る。

  見事な白髪となり、年齢よりも老けて見えてしまう。

 ソレに何より、使い続けた黒いスーツのいたる所に綻びが…。


   (あー…。もうボロボロだな。かと言って裁縫なんて出来無いし。

    衣服を買うお金も無い)


 無精髭はいつもどおりだが、衣服に関しては拘りがあるのか、

  このような傷んだ服を着るのに抵抗があるようだ。


   「裁縫…頑張ってみるかな」


 そんな決意をポツリと呟く護に、後から声をかける人が。


   「マモルさん? 裁縫なら私は得意ですけど…」


   「む? フィアちゃん? …それならお願いしていいかな」


   「はい。喜んで」


 嫌な顔一つせず、微笑みでそう答えたフィアを見て、

  サシャとどうしても見比べてしまう。本当に姉妹かと。



 それから二人は教会に戻り、以前まで此処に居た神父さんの服を

  借りてそれを着る。少し大きいが気にならない程だ。


   「あら。良くお似合いですよ。

     もし宜しければ、そのままステラ教団に…」


   「はは。ありがとう。でも信仰心の無い者は入れないよ」


 その言葉にフィアは首を傾げつつ哀しげに、尋ねる。

  信じる神はいないのか?という事を。

 それに対し、肩を竦めて笑い返す護。


   「私の生まれた所は、無神論国に近いんだよ」


   「無神論…神は居ない。と言う事ですか?」


   「そうなるね。けど、お祭りは大好きでね。

     都合の良い時だけ神様を崇め、奉る。そんな感じかな」


   「それ、凄く失礼だと思います…」


   「あはは。まぁ、良く言えば神様に頼らず。

     自分達で生きる事を選んだ…かな」


   「神の御手から、自らの意志で離れたのですか…」


 何か凄い解釈しているフィアは、何処か寂しげである。

  彼女からしてみれば、神の庇護の元、正しく生きる。

  それこそが彼女達の神に対する姿勢なのだろう。


   「ま、ゼフィのお陰でステラっていう女神が居る事は

     知れたし、何より私を此処に連れて来たのは恐らく…」


 女神ステラこそが、彼の人生を狂わせた元凶。

  という事になるが、その事を聞いたフィアが身を乗り出して

  護に近づいてきた。


   「ステラ様の…使徒様だったのですか!?」


   「え? いや。むしろ拉致されたというべきか」


   「いいえ。慈悲深き聖女ステラ様が拉致などと、

     在り得ません! 絶対に!!」


   「うぉっ!!」


 穏やかで微笑みを絶やさなかったフィアが、

  一変してサシャにも負けず劣らずの剣幕に。

 やはり姉妹。似ている部分はあるのだろう。


   「きっと、きっと必ず、意味がある筈です!

     護さんがこの地に遣わされた意味と、使命が!!」


   「意味…使命か。実感無いなぁ。

     それどころか、神託で殺しにかかってるけど…」


   「そ、それは…きっと深いお考えがある筈です!」


 盲信気味だ。だが護はそれを否定するもなく、

  むしろ肯定する。


   「そう…だね。私がこの地に来た。

     きっと、それには意味があるのだろう」


   「ええ、ええ。もしかしたら、

     世界を救うべく遣わされた方なのかも」


   「あはは…そんな器じゃないさ」


 流石にそれは否定した。だが在り得る話でもある。

  何か普通に魔物が跋扈してるし、親玉的な者が居てもおかしくない。

 そもそも神託の軍勢は何処から来た? という疑問もある。


 それから彼女は自室に戻り、護のスーツを補修してくれているようだ。

  だが、何か賑やかで時折ドタバタと…テラ達が居るのかな?

  そう思いつつ、彼はベッドで横になり眠る事にした。


 翌日、護は目を覚まして、小川で顔を洗って教会内へと戻ると、

  そこには仁王立ちして待っていたサシャが居る。

 朝から何か不吉な予感を覚えたので、軽く挨拶して寝室へ…。


  「縫っておいたぞ」


  「え?」


 予想もしなかった言葉がサシャの口から飛び出た。

  彼女がへの字口で差し出したのは彼のスーツ。


  (縫った? まさか…)


 慌てて手に取り、スーツを広げてみると、袖が歪に曲がっている。

  袖をどうやら縫いつけてしまったようだ。

 胴の部分も襟の部分も塞がってしまい、着る事が出来無いスーツへと変貌する。


  「うぉぉぉ…大事な一張羅が…」


  「す、少し失敗したが、千切れば着れる筈!」


  「縫ったのに千切るの!?」


 本末転倒な出来栄えに唖然とし、サシャの後から申し訳無さそうに

  フィアが出てくる。


  「あ、あのすみません。お姉さまが、どうしてもと…」


  「あ、ああ。まぁ、なんとかなりそうだし、ありがとう」


 そう言うと、護はフラフラと寝室へと戻り、

  スーツの上着の縫いつけられた部分を千切り、袖を通してみた。

 生地は頑丈なので破れはしないが、綻びが更に酷くなっている。


   (うぉぉ。これは何と言うか…ダメだ)


 その後、またフィアが裁縫しなおしてくれたので、事なきを得た。

  

 サシャには相変わらず、追い掛け回され、振り回されつつ、

  ついに神託の日が迫る。38日目。


 以前より影で暗躍していた何者かがついに動きだす。



 38日目の夜。教会の上部にある鐘を据え付けている小屋の上。

  そこに立つ黒い影。


   「ふむ。戦術召喚師…聖女ステラの使徒。

     幼子を迷わせ、自滅を誘いましたが、中々にしぶとい。

    かと言って、迂闊に手を出せば…」


 黒い影は月の光に照らされ、目元が怪しく光る。

  影の言葉から察する所、とても用心深いようだ。

 陰の言うとおり、迂闊に手を出せばかつての英霊達と戦う事になり、

  勝算が著しく低下すると踏んでいるのだろう。


   「然し。暫く観察していると、中々に献身的な善人。

     いや、いっそ滑稽とも思える程に…。

     …クク。勝利の方程式は示されました」


 そう、呟くと黒い翼をバサリと広げ、闇夜へと飛び去ってしまう。



 そして、39日の朝。


 本当に神託の事柄は起こるのか? 外れる事もあるんじゃ?

  と、半信半疑な護が、寝ぼけた顔をして小川で顔を洗う。

 小川の水はとても冷たく、目を覚ますにはもってこいだ。


 バシャバシャと音を立てて、顔を布で拭く。


  「ふーぅ」


 軽く息を吐くと、明日が神託の日。護かサシャかの二者択一を迫られる日。

  一体、何を以ってして迫るのか、今の彼には知りようもなく。


  「ついに…明日か。まぁ、恐らくは、そうなのだろうな」


 彼の脳内では、推測は立っていたようだ。

  サシャを救うか、自身を殺すか。その二者択一を迫られるのだろう。

 不意に空を見上げた護は、誰へともなく尋ねた。


  「私は、何の為に此処に、居るのだろうか…」


 答えは出ず。一つ溜息をついて、教会へと戻ると何時にも増して

  不機嫌そうなサシャが居る。

 これについては理解出来た。39日間、彼女は臨戦状態を維持し続け、

  ついに明日がその日となる。ピリピリするのも無理は無い。


 心無しか、教会内の空気も重く感じる。


  「ついに、明日か…」


 不意にサシャが口を開く。その面立ちは真剣そのもの。


  「ああ。そうだね…」


  「先に言っておく。もし二者択一を迫られたら、

    迷わず私を斬り捨てろ」


  「自分より若い子を見殺しにしろと…? 無理だね」


 …彼女には無いと思われた献身。だが、自己犠牲の精神はあった。

  それを知った護はより一層サシャに嫌悪感を抱いた。


  「ワダツミ・マモル。君は神託の英雄。世界に必要な男だ」


  「仮にそうだとして、だから何だというのかな。

    一人の女の子も助けられない男が、そんな器だとでも?」


  「綺麗ごとを述べる気は無い。いいか、迷わず私を殺せ」


 ダメだこれは、と。明日に起こる出来事というならば、

  万全を以ってそれに挑む事も出来る。


  「君は、二者択一を迫られる神託ととっているだろう」


  「ああ。それ以外に何があるというのだ?」


  「警告。と取っているね。万全を尽くせ…と」


  「ふむ。それもそうか。ならば私も万全を期して迎え撃とう」


 少し表情が明るくなったサシャは、いつもの好戦的な表情に戻る。


 その後、教会の子供達には避難して貰い、念の為、ゼフィを召喚し

  子供のお守りを頼むと、相当嫌そうな言葉を言いつつも、

  子供を見るや見事に破顔してしまった。


 39日目、夜。もうじき日付が変わる。

  これから長い一日になるのか否か。


 教会内には護とサシャの二人。フィアは子供達と共に居る。

  

  「さて。日付が変わる前に出来る限りの戦力を整えますか」


 そんな護をただ見つめるサシャは淡い期待を胸に秘めている。

  また初代国王と会えるのだろうか。信竜騎士団を見れるのだろうか。

 それとも、彼女ですら及びも付かない英霊を喚ぶのだろうか。


  「先ずは外の護りを固めようかな」


 外へと向けて右手を翳す。それをゴクリと固唾を飲んで見守るサシャ。

  

  「そうは、参りませんよ」


 教会の何処に潜んでいたのか、神像のある場所から伸びた影が、

  サシャの影へと同化する。


  「何!? これは…!?」


  「くそ、早過ぎだろうが!!」


  「おっと、動くと命の保障は出来ませんよ姫君」


  「ふざ…けるなぁっ!!」


 ユラユラと動く自身の影目掛けて長剣を抜き放ち、右肩へと突き刺した瞬間、

  サシャの右のプロテクターが血飛沫と共に弾け飛んだ。


  「ぐっ…あぁあああああっ!!!」


 痛みに怯まず尚も突く、左肩、右足と。それに習うように

  彼女の左肩と右足が刺し貫かれ、サシャは地面へと膝をつく。


  「なんだ…これは!!」


  「ヤツの言うとおり動くな!!」


 既に武器を振るおうにも、左右の肩と軸足までも貫かれた。

  ギリ…と歯を食い縛り、ただ影を見つめている。


 見つめた影は地面からコポンという音と共に、黒い人型の何かに姿を変える。

  そして、軽く右手を胸元に当ててお辞儀をした。


  「いやいや。思いの他、勇猛。私の楽しみが無くなる所でした。

    初めまして。私はイグザール。とある神の眷属に御座います」


 お辞儀は護に向けられており、サシャには見向きもしない。

  それを察したのか護は彼の意識をよりコチラへと向ける為、会話を試みた。


  「それはどうもご丁寧に。私は海神 護。ただの一般人です。

    で、一つ尋ねたいのですが、宜しいか?」


 イグザールと呼ばれた液体状の影は、両手を広げる。


  「どうぞどうぞ、遠慮なく。我が同胞となるべき者よ。

    貴方の問いには出来うる限り、答えましょう」


  「同胞? 君は女神ステラの眷属…ではなさそうだな。

    察する所、異教の神ってやつか」


  「私どもからすれば、ステラこそが異教の神で御座います。

    我等が信ずるは、女神ケイオース。この世界の絶対神に御座います」


  

   (ケイオース? 聞きなれない女神だが、そいつの目的が俺の抹殺?

     にしては、さっき同胞となるって言ったよな…)


 暫し考え込み、更に疑問をイグザールへと尋ねると答えは単純だった。

  彼を殺して、魂を手に入れ、別の器へと移し変える。という事だ。


 

   「成る程。ありがとう。だが、そう易々と殺されたくは無いかな」


   「無論、存じ上げております」


 

 ギリ…と、いう軋むような音と共に、サシャの首元が何かに強く掴まれたかの如く、

  締め上げられ、宙に浮く。


   「く…かはっ!!」


   「そして、選択を私は与える気はありません。

     これは命令です。高位技能を修得し、自滅しなさい」


   「お、おい。やめろ!!」


   「早くしなさい。ちなみに、避難させた者達も同様に捕えていますよ」


   「…!!」


   (ゼフィですら止められないのかコイツは!!)


 大きく肩を落とした、護は両手を上げてイグザールに約束を求めた。


   「判った。俺が自滅すれば、皆は助けてくれるか?」


   「無論。ゴミの命など興味ありません」


   「そうか。その言葉、信じるよ」


 神託は絶対。確実に起こる。つまり彼はここでサシャの代わりに死ぬ。

  いや、彼が望めば見殺しにだって出来る。


 今まで散々追い掛け回され、黒焦げの異物を口に押し込まれ、

  大事な一張羅を縫い付けられ、良い想い出が全く無い。

 

   (どうしてだろうな)


 関係を断絶したいとまで思っていたサシャだが、

  同時に、命をかけてでも救わねばならない。そう、思えた。


 思えば、迷惑極まりないが、不器用な彼女なりの礼だったのかも知れない。

  そしてそんな日々も、わりと悪く無いとも思えた。


  (今、助けてあげるよ。色々とぶっとんだお姫様)


 彼は右手を振り払い、神の道標を展開させ、上位技能にある天侯変化

  という技能に指を触れようとしたが、ふとサシャの方を見た。


 今、まさにサシャを救おうとする者に対し、

  彼女は嫌悪と怒りの視線を護へと向けている。


   「やめ…ろ!! お前は…間違っ…」


 ギリ!と、掴む力に更に力が入り、今にも彼女の細首がねじ折れそうだ。


   「五月蝿いですよ」


   「く、あぁぁぁぁ…!!」


   「お、おい。判った。今やるからそれ以上は…!!」


   「くぁ…。やめ…ろ。ゆるさな…い。けっ…し…て」


 彼女の言いたい事は護にも判った。小を殺して大を生かせ。

  そう言いたいのだろう。護のする事は間違っていると。


   「なぁ、サシャちゃん。私の名前の意味ってさ。

     そのまんまなんだよ。親から授かった使命ってやつでね…」


 そう言うと、護は天侯変化の技能を修得。

  溢れんばかりの淡い光が彼の目へと吸い込まれていく。


   「ぐ…う…私が。 …俺が。死ぬ前に、お前を、…殺す!!!」


 想像を絶する痛みが彼を襲い、常人ならショックで即死して当然。

  だが、彼はその痛みに耐えた。食い縛る奥歯の幾つかが砕け、

  目や耳、鼻、口どころか、毛穴からも血が流れ出した。


   「天侯…強制変化―――朝!!!」


   「おぉ。おおおおお!! なんという精神力か。

     明らかに器を越えた力を―――」


   「召喚――女神…ステラぁぁああっ!!!」


   「なっ!?」


 

 喜びを全身で現すイグザールの目は、怒りと憎しみでミチミチと音を立て、

  液状の体がボコボコと沸騰し始める。


 そんな彼が目にしたのは、憎むべき怨敵――――異教の神。



   「女神…ステラぁぁぁああああっ!!!!?」


 既に事切れ、地に伏してもおかしくない。

  いや、絶命する筈の男を支えるように、涼やかにて、荘厳。

  銀糸と見紛う長い髪を靡かせた一人の女が彼の背に居る。



   「神託とは試練――良く選びました、護。

     ステラの名の下に、貴方の制限を解除します」


   「馬鹿な!! 人間如きニ…神ノ召喚なド!

     イや、制限解除ヲ執行するなどト!!!!」


 教会のステンドグラスから光が差し込み、イグザールを煮立たせる。


   「グらぉぉヲヲヲヲヲヲヲッ!! 貴様ニ取らレルぐらイならバァァっ!!」


 確たる勝利の計算の元、彼は行動した。

  然し、予想外の出来事。女神の召喚など出来る筈が無い。

 身を投げ出し、せめて護を殺そうとドス黒い蒸気を上げて飛び掛る。


   「させる…かぁぁぁぁああっ!!!」


 既に満身創痍のサシャが身を投げ打ち、全身でイグザールに体当たりをする。

  ジュウ!という音と共に彼女の皮膚が焼け、腐り、爛れる。


   「コむすメがぁぁアッ! 離れロォォォっ!!」


   「ぐぅぅぅ…!! 離すものかぁぁああっ!!!」


   「…召喚――幻獣ストレイティア」


 女神に支えられる護は、尚も意識を保ち、更なる召喚。


  金色に輝く角を持つ、巨馬が礼拝堂に現れ、大きく嘶く。

   太陽と見紛う暖かな光を放ち、既に瀕死のイグザールの体を

   蒸発させ、同時に酷い傷を負ったサシャの傷を癒してゆく。

  更にその暖かな光は教会を、いや、村を覆い尽くした。


   「こ、これは…傷が…」


   「ヌグ…ァァァァァァァ…」


 完全にイグザールの体が消滅すると同時に、

  それを見たステラが腰まで届く銀糸と見紛う髪を軽く撫で、

  微笑ましげに護とサシャを見つめている。

 一体何を考え、彼等に何を求めようとしているのか。

  現時点では彼女は口を開かないだろう。


 ただただ微笑み、ご満悦の様子。

  それを護が大きく息を吐いて彼女を見た。

  

 神の召喚。これはもしかすると成功してはいなかった。

  彼女自身の意思で現れたのかも知れない。

  

 神託とは試練と女神本人からの言葉。


   (試されたのか…献身が本物であるか否かを)


 そよぐ風に揺られる白い衣に銀糸と見紛う髪を靡かせた女神は、

  何も言わず、ただ満足そうに微笑み、光と共に消えていった。


   (まぁ、何とかなったか…即席コンボもうまくいったようだし)


 彼は癒しと浄化の力を持つ幻獣の力を最後に使い、

  自身も含めた全員の回復を図っていた。それも巧くいったようで

  サシャの傷も綺麗さっぱり消えている。


   「勝てた…のか。あの化物に…あれは一体」


   「アレは永劫戦火…エターニアと呼ばれる世界の、神の眷属だよ。

     ま、アタシもその一人。ステラのね」


   「神の眷属…」


 それを聞いた途端、サシャは両膝から地面へと崩れ落ち、

  両手をついて衣服とも言えないボロボロの生地を纏う体を震わせている。

  恐怖だろうか。


   「ああ。良くやったね。大したものだよ」


   「師匠…。師匠はいつもあのような化物と…?」


   「そうなるね。ステラに見込まれるという事は、

     永劫に続く戦いへと赴く事を意味する…怖いかい?」


 蹲り、両腕で我が身を抱いたサシャ。

  恐怖で体が震え、声すら出ない。

 圧倒的な力を持ちながらも、策を弄する狡猾さ。

  そんな存在が沢山いる世界。


   「く…ふふ…ははは」


 怯え、震える体の奥底から何故か毀れる笑い。


   「いいねぇ。恐怖しながらも、心は喜び折れていない」


   「うわ…生粋の戦闘狂じゃないか…」


 まぁ、大丈夫そうだと護は一安心して、ゼフィにフィア達の事を尋ねると、

  そちらも無傷で大丈夫だと。それを聞くと、護はペタリと地面へとへたり込む。


   「流石に、疲れたようだね。うん、良く頑張ったよ。

     内心ヒヤヒヤしてたけどね。アンタが保身に走るんじゃないかって」


   「おげ…神託の事知ってたのか…教えて下さいよ…」


   「馬鹿。それじゃ試練にならないだろう。

     ま、アンタ達二人はステラに見込まれた事は確かだ」


   「何かそれ、私的には迷惑極まりないのですが。

     のんびり畑を耕して自給自足のスローライフを…」


 その言葉を遮るように、ようやく恐怖が解けたのか、

  サシャが護へと飛びついてきた。


   「馬鹿者!! 何故、私を見捨てなかった!!!

     うまくいったから良かったものの…!!!!」


   「あ、いやまぁうん。あそこで君を見捨てる事は、

     私の存在意義を否定するような―――って!?」


 ここで漸く気が付く。

  強酸…いや、濃硫酸の塊ともいうべき敵に掴みかかったのだ。

  回復したとはいえ、それは身体のみ。衣服は別である。


 ふよん。と、柔らかい二つの控えめなソレが護の顔に押し付けられていた。


   「待て! サシャちゃん!! 服…服!!!!!!」


   「…え?」


   「あらま熱烈大胆だね」


  わずかに護から体を離したサシャが自分の胸元を見ると、

   上半身どころか全身の衣服が溶けて無くなっていた。

  数秒の静寂と共に、彼女の顔は真っ赤になり…。


   「いやぁぁぁああああああああああっ!!!!!」


  バッチィィィィィィン!! という平手打ちの音が礼拝堂に木霊した。


  見事、二人は二つ目の神託を退ける事に成功し、

   同時に世界に隠された秘密へと一歩踏み込む事となった。


  

     第一話 神託の巫女 後編   完

  

          


   

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