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序章 ルーライラ神託迎撃戦

初めまして。此処を見て頂いてありがとうございます。

 

あらすじ通りですが、主人公が国を挙げて追い掛け回されたりするお話。


なのですが、序章はそれに到る経緯を書いておりますので、

 鬼ごっこ要素は皆無です。すみません。


次話からがっつり始まるので、長い目で見てあげてください。

 では、宜しくお願いします。


 ――余り手入れをしていないボサボサの髪を右手でボリボリと搔く。


  「…此処は?」


 搔いた髪からフケが風に飛ぶ。無精髭をコメカミから顎にかけて生やし、

  ややカサついた唇は僅かに開かれ並びの良い歯をギリ…と噛む。


 長めの前髪からチラリと覗く切れ長の細目。スッと通った鼻。

  身嗜みを整えれば中々の男前と見てとれた。


  「何処だ? 私は…」


 周囲は背の高い木々に囲まれ、僅かに覗く青空を見上げつつ記憶を

  遡らせる。


  (確か、終電を逃し、ネカフェで寝ようと深夜の公園を…)


 公園を――の先。そこから記憶が途切れている。

  公園で寝てしまった? 見上げた空は既に日が昇っている。


 「やばいな。完全に遅刻したじゃないか…」


 完全なる社会適合者。といえば聞こえは良い。

  然し、悪く言えば社畜。そんな彼が首元のネクタイを締め直し、

  ポケットにあるスマートフォンを取り出し。驚きの声を上げる。


 「おいおい。馬鹿な、圏外とかありえんだろ!?」


 せめて遅刻の連絡をと取り出したが、圏外の為、役に立たず。

  ならばと公衆電話を探し、森の中へと駆け出した。


 恐らくは正午。であるにも関わらず見知らぬ森は暗い。

  薄暗い闇に背の高い木々が不気味に踊っているようにも見てとれた。

 息を切らせた男は立ち止まり、首を左右に一度振り、肩を落とす。


  「此処は何処だ…私は、何故…どうして…」


 困惑が混乱を呼び、周囲の薄暗さが恐怖を招く。

  目には見えない大きな二つの手が彼を押さえつけ、地に伏せさせた。


  「冗談じゃない…何だよ…これは…」


 頭を抱え、蹲る。人並に学業を修め、人並に社会で生きてきた。

  そんな彼はサバイバル技術、知識など一つも持ち合わせていない。


 目の錯覚か、怯え地に伏せた彼の目には、大鎌を携えた死神が視えた。


  「ひ…っ」


 余りの恐怖に目を瞑り、歯を食い縛り両手で土を握りこむ。

  然し襲われる気配は無く、何か聞きなれない言葉が耳に飛び込む。


 怯える男の右肩にそっと宛がわれた手と、彼の顎をクイと上へと向ける手。

  

  (こ…殺される!!)


 強く瞑った目と食い縛る歯を見たのか、肩に添えられた手は彼の右頬へ

  害意は無いと優しく宛がわれた。

 それを察したのか彼はうっすらと目を開く。


 烈火の如き蓬髪に、健康的な褐色の肌。

  強い意思を宿しつつ深い悲しみが見て取れる蒼い瞳。

 歳は男と大差無いだろう30代と見て取れた妙齢の女。


 蓬髪の女は少し困った顔をしたが、思いついたのか添えた右手を離し、

  彼の目の前で右から左へとスライドさせた。


  「これ…は?」


 物理的に理解不能。彼の目の前で展開されたソレは、

  インターネットのウインドウのようだった。小型の幾つものウインドウが

  展開され、ただそれを呆然と見ていた。

 ただ呆然と見ている男に、蓬髪の女は真似て見ろとばかりに人差し指を立て

  掌を返して見せた。


  「真似して…見ろと?」


 敵意は無く、むしろ助けようとしてくれている。

  それを理解した男は、その動作を真似る。

 すると、彼の目の前に一つの小さなウインドウが現れた。

  薄い水色で透けて見え、そこに見慣れた文字を読み取れた。


  「言語スキル…? 共通語?」


 それを見て一度、蓬髪の女へと視線を移すと強く頷いた。

  

  (成程。これで会話が可能…?と)


 彼は共通語と表示された項目に人差し指で触れると、

  薄い水色が淡い光を放ち、彼の目に飛び込んできた。


  「ちょ…うぉっ!?」


  「お。何とか通じたか。つか共通語スキルも取ってないとか

    一体どこの田舎モンだよアンタ」


  「い…田舎者って…」


 生まれも育ちも東京だ!大都会だ!!と、言いたいがその前に彼は頭を下げた。

  礼も含まれるが、主に助けを請う為に。


  「何処のどなたか判りませんが、お願いします。

    東京までの道を教えて貰えませんか?」


  「は? トーキョー? そんな町は聞いた事もないが…」


 東京知らないとかそっちこそ何処の田舎者だよ。

  そう言いたいがそれを飲み込み、ならば公衆電話の場所だけでもと

  尋ねたが、呆れ顔で「なんだそりゃ?」と言い返された。


  「あー…魔物に頭でも殴られたか? にしちゃ外傷はなさそうだが…」


 何処か哀れみを含んだ視線を男に送りつつ、溜息を付くと、

  気持ちを切り替えたのか、彼女は立ち上がる。

 それを目で追っていた男はある違和感に気が付いた。


  「ん…あれ?」


 目の錯覚か? 彼は右手で両目をゴシゴシと擦りおえると、

  再び彼女を見る。


 腰まで届く真紅の蓬髪に、露出の激しい皮製の衣服と、部分的に金属類の

  プロテクター…いや、鎧を身につけ、背には巨大な鎌。

 それだけでも異質ではあるがそれ以前に、存在が希薄。透けて見える。


  「アタシが透けて見えてんだろ? それだけでも大したもんだ。

    まさかこんな短期間で二人も資質持ちと出会えるなんてねぇ」


 そう言うと、彼女は視線をうっすらと見える空へと向け、

  視線を彼に戻し、力強い右手を大きな胸に当て自己紹介を始める。


  「ゼフィリア・ルーングラム。人はアタシの事をゼフィと呼ぶ。

    だからアンタも気軽にゼフィと呼んでくれ」


  「え…あ、は…失礼。私、こう言う者です!!」


 条件反射、いや、脊髄反射だろうか。

  彼女の自己紹介に対し、慌てて立ち上がり、ポケットにある名刺入れから

  名刺を取り出し、45°の角度ジャストでお辞儀をし、

  両手で一枚の名刺を彼女へと差し出した。その間、僅か2秒にも満たない。


  「うぉ速いっ!? …てかなんだいこりゃ…紙?」


 余りの速度に驚きつつ、訝しげに差し出された名刺をジロジロと見ている。

  そのまま一分弱の時間が流れ、名刺を差し出した体勢で彼は首を傾げた。


  「…あれ?」


 首を傾げつつ、彼女を見上げると、怪しんでいるというか引いている。

  顔はやや引き攣り、反応に困っているようだ。

 だが差し出した名刺を引っ込める術を知らない彼もまた困惑する。


  「いや…あの」


  「…なんなんだいそりゃ」


  「えー…と、どうしたらいいのでしょう」


  「アタシに聞かれてもなぁ…。自己紹介だよ自己紹介」


 彼に出来る 最上級の自己紹介。何百回何千回何万回。

  彼の自己紹介、名刺を差し出す所作は既に居合いの速度に達している。

 そんな伝家の宝刀が空振りし、かなりのショックを受けつつ、

  名刺を名刺入れに仕舞いつつ、普通に自己紹介をする。


  「わ…海神(わだつみ) (まもる)と申します」


  「ワダツミ? 髪の色といい、東の方のヤツかい?」


  「あ、あの。質問に質問で返すのは失礼、それほ承知でお伺いします。

    此処は何処…でしょうか」


 護の言う通り、失礼ではあるが、困惑を露にした彼の言葉に

  ゼフィは軽く肩を竦めながら答えた。


  「何処って…王都ルーンフィール近郊の正邪の森だよ…って

    まさかアンタ記憶が?」

  

  「聞いた事の無い土地名ですね…。いえ記憶はしっかりと。

    ありがとうございます」


 姿勢を但し、また正確無比な45°のお辞儀をしつつ礼を言う護。

  それを見たゼフィは埒があかないと思ったのか、森の奥へと招く。


  「まぁ、何にせよついてきな。折角の資質を無駄にしたくないしね」


  「資質? …は、はい」


 護のか細く右手を引っ張りツツ、ゼフィは森の奥へと行く最中、

  彼の先程の抜き放ちの速度を思い返していた。


  (クハハ。アタシが視えて、尚且つあの速度。

   コイツが望めば、良い討伐者(バスター)になりそうだ)



 それから、ゼフィに連れられる事、一時間ほど、水の流れる音と、

  何か硬いモノで木を打つ音が聞こえてきた。


 視界の狭い木々が開け、先ず眼に入ったのは即席かと言わんばかりの

  あばら家、そして薪が積み上げられた横に大きな竈。

 

 忙しなく生きる社会で、夢見た場所が目の前に在るからだろう。

  その日生きるだけの糧を採り、薪を割り、火をくべて食事や風呂。

  夢にまで見たスローライフな空間が目の前に広がっていた。

 

 思わず護の口から「凄い…」と、感嘆の言葉が漏れた。

  それを横で聞いたゼフィが何が?と首を傾げる。

 どうにも文化の違いが激しいのか、何をするにしても噛み合わずの二人。

  

 そんな二人に気が付いたのか、腰まで届く長い金髪の少女が巨木への

  打ち込みの手を止めて、こちらへと駆け寄ってくる。


 かなりの運動量をこなしていたのか、汗だくになり、白い布製の衣服が

  やや透けて白い肌に張り付いている。スタイルは細身でまだ幼さが残る。

 然し疲れなどを一切感じさせない。何か強い意思を宿した蒼い瞳。

  性格を現しているのかやや釣り目。気が強そうな印象を護は受けた。


  「お。中々良い音をさせるようになってきたね。サシャ」


 駆け寄ってきた金髪の少女をサシャと呼び、軽く彼女の頭を撫でたゼフィ。

  それに嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす猫のようなサシャ。


  「ありがとうございます師匠!!…ところでそちらの方は?」


 彼が受けた第一印象は猫だった。が然し、彼女の鋭い眼光が護を射抜いた瞬間、

  猫は猫でも大型のソレになってしまい、護は一歩後ずさる。


  「…あ、あの」


 ジリ…と、右手に握る木剣に力を込め、近寄る。


  「何故、逃げますか? 後ろめたい事でもありますか?」


  「い、いや…」


 護の年齢は34。歳がほぼ倍は違うと思わしき少女に気圧される。

  そんな光景をクハハと笑うゼフィは助け舟を出そうともしない。


  「そうですか。敵ですか、害敵ですね。粛清対象ですね!?」


  「ちょっーーーーっ!!?」


 一難去ってまた一難。人畜無害を地で行く男を敵と見なしたサシャは、

  木剣を上段に構え、一足に飛び込み、袈裟斬りを放つ。

 それを偶然か、護が状態を反らし辛うじてかわす。


  「あっぶな!!」


  「―――ツァ!!」


 袈裟斬りは地を打ち跳ね上がる。余力を残した袈裟斬りは地を跳ね上がり

  護の股間部を的確に狙ったが、体勢を崩しつつも護は地面を蹴り大きく

  後方へとこけるように飛びのき、尻餅をついた。


  「勝機!」


  「ちょっ――」


 姿勢を完全に崩した護の眉間目掛けて、手首を返して踏み込み、大上段からの

  斬り込みへと転じたサシャを見て、ゼフィが制止の声をあげる。


  「それまで!」


 迫る木剣は護の眉間に当たる寸での所で止まり、

  護はただ目を丸くし、冷や汗を流し驚いている。

 木剣の切っ先、視線を彼に向けたまま、サシャがゼフィに何故?と尋ねた。


 「師匠?」


 「あはは。中々良い連撃だ。だがソイツは敵じゃない。

   もう少し目も鍛えないと駄目だねアンタは…」


 その言葉に目を丸くして、護をジッと見たサシャ。

  戦闘とはかけ離れた痩躯。女と見紛うか細い手。

  何より意志の弱そうな垂れ目。


 「一般人…? 悪質なバスターじゃない?」


 「あのねぇ…。そんなヤツならアタシは視えて無いし、

   仮に見えても生きてはいないさ」


 溜息をはいたゼフィを見たサシャは木剣を腰帯に差し込むと、

  護に軽く頭を下げて、利き手を差し出してきた。


 「それもそうですね。失礼しました私はサーシャ・ルーンフィールです」


 護は差し出された手を握り、起き上がり、45°の姿勢でお辞儀をして自己紹介。


 「師匠。なんです?このすぐに頭を下げる…プライドの無さそうな男は」


 「え? いや…これは礼儀であってプライドとは全く関係無い…」


 護の反論に身を乗り出し、オデコとオデコがくっつくかという至近距離で

  言葉を重ねてきた。


  「はぁ!? 易々と頭を下げられるのが礼儀ですか!?

    貴方に矜持があるなどとは思えませんけど!?」


  「いや…お嬢さん。礼儀と矜持は別物で…」


  「礼儀作法は存じておりますが!? 

    貴方は初対面の相手にいきなり媚びているのですよ!?」


  「媚びてるわけでは…その…」


 何この子? 理解不能と助け舟を求めるようにゼフィを見る護。

  だがその視線もサシャに遮られ、速射砲のように罵倒される。


  「貴方はそれでも男ですか!? よくそんなので生き――むげゃっ」


 ゴチンとサシャの頭の上に鉄拳が落ち、余りの痛さに彼女はその場に蹲る。

  そんなサシャを見つつ軽く右手を振りながらゼフィが護に謝る。


  「いたた…。結構石頭だね。…と、マモルでいいかい?

    すまないね。まぁ…こんな子なんだよ」

  「あ、あはは。いえ。正義感の強そうな良い子じゃないですか」


  「それが長所であり、短所なんだよねぇ…」



 肩を竦めつつ、溜息を吐き、ゼフィは蹲るサシャの襟を掴み、

  軽々と持ち上げると家へと歩みだす。


  「ま、話は中でしようか」


  「あ、はい」


  「きゅう~…」


 それから、彼等はあばら家へと入り、暖かいお茶と共に、状況把握をした。


 護にこの地域の説明をし、護は自分の記憶にある土地では無い事を理解する。

  同時にこの地は危険な魔物が跋扈する土地であり、異世界であると知る。

 一体誰が、何の目的で護を此処に来させたのか、それは知る事は出来無い。

  それと同時に彼が元の世界に戻る方法も現状は不可能な事を知る。


 戸惑う護にゼフィが提示したのは、兎に角生き抜く事。

  生きて、生きて、生き抜いて。自ら道を開く事。それを伝えられた。


 彼は木製のコップに注がれたお湯で喉を潤し、それが最適解と頷いた。

  そこでゼフィに神の道標と呼ばれる存在を伝えられる。


  「道標…ですか?」


 黙って頷いた彼女は、右手を目の前でスライドさせウインドウを展開する。

  それが神の道標。護がその全容を聞くとスキルツリーという認識に到る。


  「成程。判りました。これを活用する事で生きる術となると」


  「厳密には違うが、まぁ概ねそうだね」


 軽く首を傾げつつ、護もスキルツリーを展開しそれをジッと見ている。


  近接戦闘関係、生活関係、魔術関係。多岐に渡るそれをただジッと見る。


  「淡い光が見えるかい? それが今、習得可能なスキルだよ」


  「成程。うん、どれも光ってません」


  「はぁ!? 馬鹿な。どれだけ資質がなかろうと0は在り得無い!!」


 身を乗り出して否定するが、事実どこも淡い光を放つ項目は無い。

  それを真実と知るや前途多難だなと頭を抱えるゼフィ。



 それから約二ヶ月の月日が流れ、相変わらず剣技の修練に没頭するサシャを

  護はのほほんと切り株に座り見ていた。

 何故、そこまで頑張るのだろう。何かしらの目標があるのだろう。

  何処か羨ましくもある彼は、微笑ましげにサシャを見ていた。


 そんな視線が気に障ったのか、彼へと急ぎ足で歩み寄るサシャはご立腹。

  何の意味も無く、ただその日その日を過ごす彼が気に入らないのだろう。


  「目障り!!」


  「そりゃないよサシャちゃん…」


  「その呼び方も却下!!!」


  「うへぇ…」


 まるで毛虫でも見ているかのような視線を浴びせられ、

  すごすごとその場から去ろうとする護は、空を見上げた。


  (戻れないならいっそ、何処かで自給自足して暮らしたいな…)


 その場を去り、彼女の目の届かない所で座っていると、何やら家の方が騒がしい。



  「師匠! 修練の場を与え、知識を授けて下さり感謝致します!!」


 頭は下げず、ただ真っ直ぐにゼフィを見つめ、胸元に手を当てたサシャ。

  身に纏う衣服はいつもの布の服では無く、分厚い皮の服に金属製の鎧を部分的に

  身につけていた。その出で立ちはさながら騎士を思わせた。


  「もう少し時間があればねぇ…」


  「いえ! 出来る事はやりました。結果は私が切り開きます!!」


  「あー…うん。まぁ、頑張りな。女神ステラも君を待っている筈だ」


  「…!! はい! そう成れるよう、頑張ります!!」


 そう言うと、敬礼をしたサシャはこの場から足早に去って行った。

  物陰でそれを見送った護は、こそこそとゼフィに歩み寄る。


  「ゼフィさん? 一体何が…何か切羽詰った感じのようでしたが…」


  「あぁ。神託の軍勢が数日中に王都を襲う」


 神託の的中率は100%らしく、確実に起こる事象らしい。

  地平を多い尽くす程の魔物の群が、王都ルーンフィールを蹂躙すると。


  「この地でアタシを視れたのは、サシャとアンタだけ…絶望的だ」


  「望みは無い…ですか」


  「ああ。この地も蹂躙される。アンタも生きてはいない」


 哀しげに護を見据える瞳は、深い絶望に満ちていた。

  最後の可能性が、選択肢の与えられなかったこの男では…と。


  「まさかスキル習得不可なんて事があるなんてねぇ…」


  「すみません。お役に立てず…ん? では何故、私は言語の習得が

    出来たのでしょうか?」


  「…選択肢が無いはずは無い。まさか…まさかアンタ」


 何か思い当たったのか、護の両肩をガシッと掴み、言語習得をする場所が

  淡い光を放っていたかを尋ねると、護は首を左右に振る。

 それを見たゼフィが大空に向かい大声を上げる。


  「ク…クハハハハッ!! やいステラ!! なんて奴を遣したよ!!!」


  「え、ちょ。ゼフィさん?」


  「マモル!! 早く神の道標を出すんだ!!」


  「え? 神の??? …ああ、あれですか」


 慌てて護は右手を振り払い、スキルツリーを展開させる。

  だがどれも習得可能の証だろう淡い光を放っていない。

 だが、彼は言語習得を可能にしていた。それはつまり。


  「無条件習得。それがアンタの資質だったんだね。たまげたよ!!」


  「無条件で全てを習得出来る…ですか。然し私は戦闘などとても…」


  「そんなアンタにピッタリで現状を打破し得るスキルが在るさ!!」


  

 言うや否や、彼女に教えられたスキルツリー最上部。

  何からも派生しておらず、孤立した項目が一つだけあった。


  「戦術召喚技能…?」


  「そう!それだ!! それを習得!! 今、すぐにだ!!」


  「は、はい!」


 余りの勢いに気圧され、護は戦術召喚の項目に触れる。

  すると淡い光がまたしても彼の目へと吸い込まれ、

  膨大な量の記憶が流れ込み、一瞬意識が飛びそうになり、よろける。


  「ぐぁ…。こ、これは、あ、頭が割れそう…」


 鈍器で幾度も頭を強打されたような衝撃を覚えた彼は、右手で顔を覆う。

  確かに彼にダメージが入ったのか、眼、鼻、耳、口から血が僅かに流れだす。


  「ぐ…ぁぁぁぁああああっ!!!!」


  「意識を保ちな!! そいつは戦術。

    サシャが会得した闘争術とは次元の違う代物だ」


  「がはっ…くそ。なんだこれ…」


  「頼む!耐えろ!!耐えてくれ!!! それがあれば、神託の軍勢に勝てる!!!」


  「ぐ…。のんびり…暮らせたりも?」


  「勿論だ!! それどころかアンタがこの世界の王にもなれる!!」


  「はは。それは…要らない…かな」


 激しい激痛が彼の意識を断とうと襲いくる。

  それに対し檄を飛ばし彼の意識を保とうとするゼフィ。


  「ぐ…うぁぁぁぁあああああああーーーーっ!!!!」



 広大な森を揺るがすような彼の絶叫が、断続的に続き、日は沈んでゆく。



 場所は変わり、ゼフィと別れ、決死を胸に王都ルーンフィールへと戻っていた。

  既に予兆が在ったのか、王都中は緊張した空気で張り詰めていた。


 恐らくは最終防衛ラインとなるだろう城下町を囲む高く厚い塀。

  その一箇所に巨大な門があり、塀の上には見張り用の通路が門にも届いている。


  「サーシャ・ルーンフィール!! 只今戻りました!! 開門を願う!!!」


 その声に鈍い音と共に巨大な門はゆっくりと開かれ、

  同時に騎士や戦士、魔術師、盗賊といった様々な出で立ちの人々が駆け寄ってきた。


  「閣下!!」「姫様!!!」「サシャ様ぁ!!!」


  「落ち着きなさい! 現状報告!!」


  「は、はい! 先遣隊によると、神託の軍勢出現。

    ルーライラ村からおよそ50kmの距離を侵攻中とのこと!!」


  

 彼女はそれを聞いた瞬間、踵を返す。


  「馬を出せ!! これよりルーライラ村救援へと向かう!!!」


  「閣下!!畏れながら、止める手立てが―――」


 ドカッ!! 問答無用で弱音を吐こうとした騎士の右頬をサシャは殴りつけた。


  「黙れ腑抜けが!! 止めれずとも避難をさせれば良いだろう!!

    そもそも貴様等は来ると判っていて何をしていたぁぁぁあっ!?」


  「畏れながら姫様。既に先遣隊が避難をさせております。

    ですのでどうか…どうか」


 ガッ!! と、宥めようとする騎士の胸元を掴み、蹴り飛ばす。


  「ふざけるな!! だからなんだ? 貴様達は少しでも安全な場所で

    高みの見物か!?」


 余りの剣幕に周囲が静まりかえる中、口笛を吹く音が聞こえる。


  「ヒューッ。さっすが血気盛んで名を馳せる獅子姫様だ。

    腰抜けは捨て置きましょうや」


 気圧される人々の中。

  歳は40程だろう壮年のオールバックで白髪交じりの盗賊が前へ出てきた。

  無駄に筋肉を肥大させた体躯はしておらずむしろ痩躯。

 緑色の薄汚い布の服、腰にはダガーを二本差している。


  「ロド殿! 貴方程の方まで…!!」


 慌ててロドという盗賊は両手を前に振る。

  

  「おとととと! 早とちりなさんな獅子姫様。俺んとこのユニオンは既に配置済み。

    最短で駆け抜ける馬と、道案内は必要だろ?」


  「…そうか。すまなかった。非礼を詫びよう盗賊ユニオン【月影】。

    此度の防衛戦、見事勝利したならば望む褒賞を約束しよう」


  「ヒュゥッ。そんな事言っちゃっていいのかなぁ?」


 頬骨の浮いた痩せ顔のロドは、長い舌をベロリと出して舌なめずりをする。

  あからさまに悪党。何を要求されるかわかった者では無いと周囲がざわつく。

  それを一喝するサシャ。


  「みくびるな!! 義賊ロド・ゼイカー。この私が何も知らぬと思うか!!」


  「あたたた。参りましたな。ま、早速参りましょうや?」


  「…であるな。我こそは死をも恐れぬバスターと自負する者は、

   このサーシャ・ルーンフィールに続けぇぇぇえええっ!!!」


 用意された白馬に颯爽と飛び乗ったサシャは一度、馬を嘶かせルーライラ村のある

  北東へと駆け出した。それを見て一度肩を竦めたロドはニヤリと笑い、彼女に続く。

  それを見送る人々の中に、みすぼらしい子供達が、小さな手を大きく振って見送る。


 残された者の中にも数多くのバスターは居る。

  だがその多くは生計を立てる為の商売なのだ。

 国の為に死のうなどと思うのは、極一部の例外。危なくなれば国を捨てて逃げれば良い。

  生きていればどうとでもなる。ここで戦って死ぬなど馬鹿馬鹿しい話だ。

 互いに顔を見合わせて呆れ顔なのだが、彼等の目に入った異様な光景。


 街の人の大半は逃げ出す準備をする為、そそくさと街中へと消えていく。

  今居るのは国お抱えの騎士達と、バスター。それに、お鍋を被ったり、

  鍋の蓋を胸元に縛り付けて、木の棒を持った子供達だった。


 彼等は生計を立てる為だけとはいえ、それなりに経験を積んだ年長者。

  そんな彼等が逃げようとしているのに、年端もいかない子供達は迎撃の準備。


 子供達を見た彼等は、後ろめたさからか、其処から動けずに居た。



 

 場所は移り、ルーライラ村近郊の道からややそれた丘に二頭の馬が駆ける。


 ロドが最短の道案内を務め、先を走り、サシャがそれを追う。

  瞬く間にルーライラ村へと入ると既に先遣隊と複数のユニオンが避難を進め、

  既に完了しかけていた。


   「これは…。良し。現状報告!!」


 サシャが周囲へと声を上げると、騎士の一人が駆け寄り敬礼。


  「閣下! ルーンフィールへの避難誘導はほぼ完了しました!」


  「良し!! ならば神託の軍勢を迎え討つ!! こちらの戦力は!?」


  「【月影】【深遠】【強靭】【慈愛】ルーンフィール四大ユニオンが

    既に北東30km地点で集結。閣下をお待ちしております!!」


 その言葉に大きく頷くと、残った先遣隊に迅速に避難させよと伝えると、

  ロドを引き連れ、更に北東へと駆ける。

 道案内の必要がなくなったロドは、サシャの横顔をニヤニヤと見ている。

  

  (ガキの頃の嬢ちゃんも凄まじいわんぱくだったが…。

   どうしてこんなになったかねぇ…)


  「集中が途切れているぞロド!!」


  「む? そいつはすまないねぇ性格なもんで…クヒヒヒ」


  (この嬢ちゃん、初代のように、大陸を統べる大器か、ただの馬鹿者か、

   これは是非とも生き抜きたいもんだ)


 クヒヒ…と、サシャを見つつ、四大ユニオン。つまりルーンフィールの総力が

  集結する場所へと馬を蹴り速度を上げて草原を駆け抜けた。



 まだ太陽は高い位置にあり、周囲は明るい。にも関わらず…。


  「おげぇ…こいつは想像以上にえげつねぇな…」


 地平を馬上からみやるロドは、絶望を孕んだ声をあげる。

 

  「獅子姫様。見なせぇよ。地平が漆黒のカーテンに見えますぜぃ…」


  「ああ。怖気づいたか、ロド」


  「クヒヒ…あんなこの世の終わりとも言える光景を見て、

    まだ笑みを浮かべてますなぁ…」


  「む。笑っていたか…不謹慎だった」


 そう言うと口元を右手で多い、表情を強張らせた。


  「いやいやいやぁ…可愛らしいお顔でそんな勇猛な表情もどうかと…」


  「悪かったな! ではどうしろと!!」


  「なんとも大変な姫様だわこりゃ…」


 果たして嫁の貰い手がこの世に存在するだろうか?

  と、彼女の幼少からの付き合いであるロドは心配になっていた。

 5歳にして剣を手に取り、6歳初陣にてオーガを撃退。

  共に居たロドの目には、どちらが魔物か判らなかった。

  年端もいかない幼子が、笑いながら身の丈4mはあるオーガを追いまわし、

  追い詰め、一切の容赦無く、足の腱を斬り、動きを封じて惨殺したのだ。


   (あの頃に還ろうとしておられるように、見えてしまうなぁ…)


 誰か、獅子姫様に安寧の喜びを伝えてくれる。そんな者はいないものか…と。

  長年付き添った従者ともいうべき彼は、それをただ願うばかりであった。  

          


  「【深遠】先ずは広範囲魔術にて敵の勢いを止めろ!!

    その後に【強靭】【月影】は三部隊に分け前進攻撃、

    一定の間隔で部隊を交代させ【慈愛】は回復を!!」


 

 その場に集まった各ユニオンの長は名乗りを上げる。


 最初に前に出たのは、筋肉お化けのスキンヘッド。

  我が筋肉こそ武具と言わんばかりに軽装な壮年の男、ジズ・ホジィ


  「白兵戦闘衆【強靭】了解だ姫様!!」


 次に名乗りを上げたのは、黒尽くめの魔女。栗色の長髪は腰までと長く、

  スタイルは豊満で胸元を大きく開いた妖艶な出で立ち。

 素性がユニオンマスターと言う事以外、全て不明。永久(トワ)と名乗る女。

  

  「ふふ…。

   求道者【深遠】一番手の誉れ、謹んで頂戴致しますわ閣下」


  

 三番目におずおずと畏れ多そうに右手を上げた、神官の金髪オカッパ少女。

  あからさまに戦闘は不向き。出来るならば来たくない、戦いたくない。

  そもそもに戦う事自体が虚しい事だと信じる14歳の乙女。


  フィアリア・ルーンフィール


  「ステラ教団【慈悲】、確かに請け負いました…けど、おねえさまぁぁぁ」


 最後の泣きっ面を見たサシャが馬上から降り、妹であるフィアリアの元へと歩み寄る。


  「ひぐ…あれ、無理ですよぉ…。何万いるのですかぁ…」


  「これが我が妹とは泣けてくる。だが、良く来たなフィア」


 殴る。と思いきや、フィアのの右頬をそっと撫でた。


  「ふぇぇぇ…。怖いですぅ…」


 丸い目に大粒の涙を浮かべて差し出されたサシャの右手に擦りつくフィア。


  (これが、普通の反応なんだけどなぁ…)


 という一同の思いがサシャへと向けられる。それを察したサシャがギラリと鋭い眼光を

  周囲へと向けると、皆が同時に視線を反らす。


 そんな中、視線を反らしつつも、笑みを浮かべる永久。


  (歴代随一といわれる胆の据わりよう。

   そんな彼女が真なる恐怖、絶望を垣間見ると、どうなるのかしら…)


  「では、全員配置に!!」


 サシャの声に一同が応えると、統率の取れた動きで陣形を成していく。そんな折。


  「獅子姫様よぉ…。俺、まだ名乗って…」


  「ロド? あー…忘れてたわね…」


  「ちょっ!?」


  「一番信用している貴方だもの。必要ないわ」


  「そ、そりゃ嬉しいちゃあ嬉しいですがねぇ…」


 ユニオンとしての体裁ってもんが…と、言い出せずすこすごと準備を進める事に。


 敵は余りに強大にして広大。戦力を余り広げず、

  鶴翼の陣形に波状で攻め、ある程度を討伐。

 その後、敵片翼に戦力を集中し、王都到達前に全滅を図る。

 作戦ともいえない無謀な防衛戦の火蓋はかくして切って落とされた。



 天地を埋めつくす魔物、ゴブリン、オーク、オーガ、リザードマン、

  スケルトン、バンシー等、一般的に見られる魔物の大群の中に、

  一際巨大な石の塊。それら上空にて巨大な魔法陣が展開する。


  〈――天地に遍く風よ〉


 何十人という魔術師が同時に詠唱を始める。


  〈――集まり渦巻き刃と成せ〉


 巨大な魔法陣は時計回りにゆっくりと回りだし、目を覆う程の光を帯びる。

  その直後、高速で回りだした魔法陣から巨大な竜巻が一つ巻き起こり、

  小型、中型、大型問わず数多くの魔物を天へと巻き上げつつ肉を引き裂く。

 余りの数に真紅の竜巻と化したソレは、更に広範囲の魔物を喰らい尽くしてゆく。


 自然現象戦術魔法と呼ばれる物であり、名は竜巻以外の何物でも無い。


 発動には多くの術者を必要とし、その威力は絶大。


 更に追い討ちをかけるように、それらを見ていた永久が手にした古びた木製の杖を

  振りかざす。


  「全力なんて久しぶり…」


  〈―来たれ深遠の書


   ――開け、破滅の頁を〉


 振りかざした杖の前に、分厚くい皮で覆われた古びた本が現れ、

  手も触れずの状態でパラパラとページが捲られてゆく。

 そして、捲られたページがピタリと止まり、永久の目の前へと。


  「あらぁ…。叫炎(ヘルファイア)?

    貴女も歓迎していないのね彼等を…判ったわ」



  〈地の獄より生まれし劫火よ――


   我が盟友、ケイオースの名の下に、我、永久が命ずる〉



 魔物の軍勢の足元に紅い光の亀裂が広範囲に奔る。


   「――存分に吼えなさい? 叫炎(ヘルファイア)


 そう永久が呟くと、亀裂は耳を劈く咆哮と共に岩の巨人すら融解する温度を

  伴い、天を喰らう牙となって地を吞み込んだ。


   「うわっちぃぃぃぃぃいいいいいいっ!!!

     テメコラ永久!! 俺等まで焼き殺す気かゴルァァアアッ!!!」


   「あら、ごめんなさい? ふふふ…」


 かなりの距離を取っていた【強靭】【月影】の両ユニオンは永久に対して

  怒りの声を上げるが、彼女達のは瞬間的な火力。すぐに消えてなくなり

  敵の侵攻は始まる。崩れ乱れた敵の中心を一層するべく全員が突撃した。


   「あらあら、まだ熱いのに、元気ね…」


 次の魔法まで彼女は空中で待機しつつ、周囲を見ている。

  下に居るのは後先考えない典型的な戦馬鹿ばかり。

 チラリとその代表的なサシャへと視線を移すと、意外と大人しい。


  「あら。ちゃんと戦況を見ているのね? 案外、賢い子かしら…」


 遠い場所からなので、自らの立場を弁えた者に見えた。

  だが近い場所で見ると、顔は引き攣り、今にも駆け出しそうである。


 そしてそんな彼女の代行者達は、魔法の取りこぼしを一掃している。

  崩れ乱れた魔物など彼等には取るに足らない存在となり得た。


  「あらら…これは」


 そう、敵に統率力が無い場合なら。魔物の群と言う事で一つ失念していた事を

  思い知る事になる。


  「居たのね。指揮官をする程の魔物」


 中央を囮にし、敵を誘い込み、圧倒的物量で多い尽くす包囲陣。

  気が付いた時には既に遅く、三つのユニオンは取り囲まれ、分厚い波状攻撃を

  受ける事になる。


  「フィ…フィアーっ!!!!」


 支援で彼等と行動を共にしていたサシャの妹も取り囲まれ、

  それを見たサシャは我を忘れて敵の包囲陣へと突撃を試みるが、

  空から放たれた火玉に馬を脅かされ、馬から振り落とされる。


  「と、永久!? 何をする!!」


 呆れた顔で降りてきた永久は、一つ溜息をはきつつ、進言する。


  「完敗よ。まさか敵に知能の高い魔物がいるなんて。

    それに――」


 グガァァァァアアアッ!!


 大地を揺るがす咆哮と共に、空の分厚い雲から降りてきた紅い塊が

  巨大な翼を広げた。


  「レ…レッドドラゴン」


  「竜まで向こうに居るならもう無理よ。撤退を」


  「そ、そんな…」


 まだ彼女は戦っていない。疲弊もしていない、だがサシャは右膝を地面に落とす。

  それを見た永久がただサシャを見ている。


  「ドラゴン…あんな存在を倒せるのは師匠ぐらいのもの…」


  「そうね。ゼフィ様なら。かつて世界に名を馳せたS級バスター。

    でもそれは不可能。戦術召喚師でもなければ、それは不可能よ」


  「て…撤退」


  「ええ。それが最善手。すぐに撤退し国民を避難させま――」


  「など、するものかぁぁぁぁああああっ!!!」


  「ちょ…ちょっと!?」


ああ。間違いない。アレは大器では無く、ただの馬鹿者。

  何も考えず、何も省みず、ただ前に進むしか知らない大馬鹿者。


  (これ以上は付き合いきれないわね…)


 彼女から背を向け、振り返る永久の眼前に、在り得無い存在が立ち塞がっていた。


  「おーおー。流石はアタシの弟子だね。ドラゴンを前にして尚、進むかい」


  「あ、ああああ。貴女は、貴女様は…」


 血生臭く、乾いた風に揺れる真紅の蓬髪に見え隠れする巨大な鎌。

  鋭い双眸は飢えた肉食獣のように獰猛に猛り、

  鋭い犬歯を覗かせた口元からは、今にも涎を垂らしそうだ。


  「だが、ちょいと、いや、かなり役不足かねぇ」


 今にも喰いつきそうなゼフィの背後から、全身を鎧で覆った騎士がズシャリと

  地を踏みしめ、現れた。


  「ふむ。アレが我が子孫であるか。何たる胆力。女である事が惜しまれる」


  「そのミスリル銀の鎧…まさか」


  「む。まだ我を知る者がおるか。うむ。我こそはサークレイ・ルーンフィールである」


 彼が名乗り終えると、永久は慌てて跪き、無礼を詫びた。

  然し、彼はそれに答えず、今、まさに失われようとしている命を救う為、

  サシャの乗っていた馬に颯爽と跨り、暴れる馬を瞬く間に宥め、

  駆け出した。


  「あ…」


  「あはは。サシャの向こう見ずは彼譲りってとこかねこりゃ」


 そう言うと、ゼフィも駆け出すと同時に強く地面を蹴り、跳躍する。

  超重量の武器を大きく振りかぶり、まだ300mはあろうかと思われる

  標的めがけて大きく振り下ろす。


  「おらぁぁぁああああっ!!!」


 届くわけが無い。それを見ていた永久はただ絶句する。

  魔力を持たない近接戦闘特化。闘争術に類する存在が、超距離の攻撃を

  可能とし、今まさに潰されそうになっていたサシャに迫る巨大な尾を斬り落とした。


  「グルァァァァァアアアツ!!!」


  「な、ななななな!?」


 慌てるサシャの身が一瞬フワリと浮く。馬上より身を投げ出し気味に走り込んで

  きたサークレイが拾いあげたのだ。


  「勇猛果敢、まことに見事。然し身の程も知るが良い我が子孫よ」


  「ミスリル銀の鎧…!? その吼える獅子の紋章…まさか貴方様は…」


 それには答えず、彼の背から抜き放たれた長大な剣が唸りを上げて

  包囲陣へと突撃する。その後方では一気に間合いを詰めたゼファが

  レッドドラゴンを切り刻み続け、瞬く間に命を喰らい、

  まだ足りぬと飢えた獣の如く包囲陣へと飛び込んでいった。


  「ぬはははは!!! 滾る、滾るぞ!! そぉぉおおおりゃぁあああっ!!」


 初代王の一振りでオークやオーガといった中型も含めた魔物が血飛沫を上げて宙を舞う。


  「なっ…どんな膂力っ!!?」


  「ぬっははは! 戦術召喚師、マモル殿に感謝せねばならぬぞ!?

     空を見るが良い、我が子孫!!」


  「え…空? …って嘘だぁぁぁあああっ!?」


 目の前で精一杯だった彼女が、見た空は小型とはいえ竜は竜。

  かつて、そんな強力な存在を友とした国家が在った。


  「信竜国家…滅びた筈。いや、御伽噺の…!!」


 夥しい数の竜騎士が滑空し地面の魔物をワイバーンが食い散らし、焼き尽くす。


  「ぬはは!! 我が健在の頃には確かに居たぞ」


  「さぁ、そろそろ我を取り戻したか? これはそなたの戦い。

    存分に魅せよ。サーシャ・ルーンフィール」


  「は…はい! 喜んで!!」



 絶対的劣勢であった。神託の軍勢の勢力は圧倒的だった。


  「おぉぉぉおおおおっ!!!」


  「ぬははは! どうした踏み込みが浅い! その程度か我が子孫よ!!」


  「まだまだぁぁああああっ!!!」


 魔物の確たる勝利は、たった一人の介入により逆転する。

  

 海神 護と言う名の男は、人が耐え切れない程の情報量全てを吞み込み、

  かつて世界に名を馳せたS級バスターを、女神ステラより借り受けた。


 後にルーライラ神託迎撃戦として歴史に記され、

  その中でサーシャ・ルーンフィールは生きてこの地を

  守り抜いた英雄。S級バスターとしての歩みを進める。


 そして。そのまま行方知れずとなった海神 護を探す決意を固めた。

  この物語は、国を救った英雄二人の鬼ごっこ。


 人ならざる力を手に入れ、日本に帰れないのならと、スローライフを求める護。


 押し付けられた名誉、傷つけられた矜持に怒り狂う乙女は、

  ある程度国内が落ち着いた頃、こっそりと国を抜け出しては彼を探していた。



 手配書を回し、情報を得ては赴くも空ぶる彼女の怒りの咆哮が空へとただ虚しく響いた。


  「ワダツミ・マモル!! 何処にいるーーーーーーーーーーーーっ!!!」



     序章 ルーライラ神託迎撃戦 完


  


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