第4話 お気に入りのエプロン
何とかがんばりました!
「こちらでいかがでしょう?」
「上出来だ。鶏肉も豚肉もこの大きさで頼む」
「うちの肉がどんな料理になるのか楽しみです」
シャレク商会の会長、トクノフ・シャレクは俺の言葉に和やかな笑顔を見せた。店休日の今日は生憎の雨だったが、納品する商品のサンプルを持ってきてくれたのである。これまで何度そんなやり取りがあり、その度に俺は色々と注文をつけていた。
そして今回が最終的な確認ということで、会長自らがやってきたというわけだ。他に明日から実際に荷物を運搬する若い男2人もいる。
「雨の中ご苦労さん。何なら食べてみるか?」
「えっ!? よろしいのですか?」
「注文通りの大きさに切ってあるし、いつものように持ち帰る必要もないだろう?」
「ありがとうございます」
商品はすぐに調理出来るようにカットを依頼しており、あとは大きさの調整だけが残っていたのである。
「セルシア、彼らにから揚げを作ってやってくれるか?」
「はい。少々お待ち下さい」
この日、俺についてきているのはセルシア1人だった。他の4人も来たがっていたが、納品物をチェックするだけだったので置いてきたのである。家の掃除やら諸々もやってもらいたかったからね。
もちろんセルシアにも待っているように言ったよ。しかし彼女はどうしてもついてくると言って聞かなかったのだ。まあ、雨が降っているので仕方がない。彼女は雨や風の音をやたら怖がるからである。ただそれも、俺の傍にいれば安心するらしい。つまり夜まで雨が止まなければ、今夜も俺の部屋にやって来るということである。
そんなことを考えながらしばらく待っていると、大きめのから揚げが3つ、皿に盛られて会長たちの前に置かれた。
「お熱いので気をつけて下さいね」
「これは……?」
「鶏肉のから揚げという料理だ。本当に熱いから気をつけて食えよ」
客にしてもそうだったが、どうしてこちらの世界の人たちは言うことを聞かないのだろう。せっかく注意してやったのに、揚げたてのから揚げを3人揃って何の躊躇もなくガブリといったのである。そりゃ口の中が大火事になるわな。
「あ、あふっ! あふ……」
「あちっ! あ、あちち……」
「ふごがっ! あがっ……」
一瞬で舌を火傷するほどの熱さは、涙を浮かべさせるに十分だった。だが、何とかそれを飲み込んでから、彼らは一斉に俺の顔を見て言う。
「こんな料理が……!」
「美味いっ!」
「何ですか、これは!」
だから鶏肉のから揚げだって言ってんじゃん。
「会長、俺こんなの初めて食いました!」
「私もだよ」
「この料理は恐らく、うちの店で出すのが最初だろう」
「よくお店の評判を耳にしますが、いつも行列になっているのでまだ1度も食べに来たことがなかったんですよ……」
「これなら並ぶのも納得出来るな」
若い2人が顔を見合わせながら何度も肯いている。今度からはぜひ行列に参加してくれ。
「いくら出せば食えるんですか?」
「銀貨2枚だ」
「けっこうしますね」
「定食はから揚げ5個ですよ。ご飯とお味噌汁やこんそめすーぷのおかわりも自由です」
セルシアがエプロンを外しながら俺の隣に座る。厨房の女の子たちにプレゼントしたものだが、ピンク地に赤いフリルがついた果物柄が彼女のお気に入りだ。ちなみに俺とロムイはオーバーオールタイプを使っている。
「こんそめすーぷ?」
「汁物だよ」
「なるほど、今の大きなから揚げが5個だと、本当に腹いっぱいになりそうですね」
「明日仕事が終わったら食いにくるか!」
「そうだな、そうしよう」
「残念だが明日からの分はすでに売り切れていてな」
「えっ!?」
前売り券のことを話すと、彼らはガックリと肩を落としてしまった。ランチタイムの前売り券販売時に、仕事で来られないとなると少し可哀想な気もする。
「なら明日の納品は、自分たちの分の鶏肉を余分に詰めて持ってこい。ただし、代金は払ってもらう。食えるのは夜だがそれでもいいか?」
商品はランチタイムが終わる午後2時頃に運ばれてくる。そこから仕込むわけだが、肉を切る手間がないので時間的には十分な余裕があるだろう。
「あの、私もよろしいでしょうか?」
「構わんよ」
「では銀貨6枚を」
そう言って会長は、革製の財布から銀貨を取り出してテーブルに置いた。俺はそれを受け取ると、代わりに予備として持っていた前売り券にスタンプを押して手渡す。
「他の仕事を終えてから来ればいい。だが7時半までに来ないとソイツは無効になるから忘れるなよ」
「分かりました。それにしてもお嬢さん、いい腕をされている」
シャレクが感心した表情でセルシアを褒めると、彼女はにっこりと微笑みを返した。
「旦那様が教えて下さったんです。私なんか旦那様に比べたらまだまだです」
「セルシアも含めて、うちの女子たちは優秀だよ。皆教えればすぐに覚えてくれるからね」
言いながらセルシアの頭を撫でてやると、うっとりとした様子で顔を綻ばせている。その光景を見た3人は驚いたようだ。
「奴隷身分の者をそんな風に扱う主人を、私は初めて見ました」
「お、俺もです」
「俺も……」
「俺は身分による差別が大嫌いでね。彼らだって人間ということに変わりはないんだ。喜びや悲しみ、痛みに身分はないだろう?」
「仰る通りですな。奴隷だからと軽んじ、ろくに食事も与えずにこき使うだけこき使って、落ち度もないのに暴力で痛めつける輩もいる。見ていて反吐が出ます」
セルシアの肩に腕を回すと、抵抗せずに身を預けてくる。すると柔らかな甘い香りが鼻腔に届き、彼女は俺の手を両手で包み込むように握った。
「こちらが大切に思えば向こうも同じように思ってくれる。特にこのセルシアはエルフだから、長い間相当辛い思いをしてきたはずなんだ」
「でも今は旦那様に救われて、本当に幸せな暮らしをさせて頂いております」
「うちの会長も平民だろうと奴隷だろうと、ちゃんと働けばきちんと給金を出して下さる方なんです」
「私には、奴隷に首輪までは与えてやれませんが」
「シャレク商会では奴隷身分の者を何人雇っているんだ?」
「2人です」
その2人を、商会の建物内の小部屋に住まわせていると言う。うちと似たような感じだが、着る物や食事は自腹だそうだ。まあ、給金を支払っているのだから当然だろう。
「これからの取引でシャレク商会も首輪を与えられる程には儲かるさ」
「よろしくお願い致します」
「こちらこそだ」
その日、雨が止むことはなかった。そして俺の予想通り、夜になってセルシアが部屋を訪ねてきたのだが――
「せ、セルシア!?」
扉を開けたところに立っていた彼女は、お気に入りのエプロンを着けているだけだった。




