第2話 アネルマとキノシン
「また並んで……」
夜の営業開始を告知する貼り紙をしてから2日目、俺はまたもや行列に紛れ込んでいる国王と王女の2人を見つけてしまった。粗末な身なりも相変わらずで、ぱっと見だけでは気づかなかっただろう。
「国王様にお姫様、またですか!?」
俺は他の人たちには聞こえないように、2人をジト目で見ながら小声で叫んだ。
「夜の料理の前売り券を売っていると報告があったものでな」
「新しいお料理、待ち遠しくてたまりません」
「騒ぎにならないように注意して下さいね」
「心得た」
「いよう、オッサンにお嬢ちゃん、見ない顔だがおーなーさんの知り合いかい?」
そこへ、常連客のペトスという男が俺と2人を交互に見ながら話しかけてきた。彼はいつも酒に酔っていて、少々声が大きいが気のいい人物だ。ただし、絡まれたら長いのが玉に瑕といったところか。そして年齢は明らかに彼の方が国王より上である。
「お、オッサン……?」
「この店の料理を食ったことはあるかい?」
「もちろんだとも!」
「そうかい。だがそんな身なりだとちょくちょくというわけにもいかねえんだろ」
「お、おい、ペトスさん……」
「まあ、そんなところだ」
困り顔の国王に、お姫様は笑いをこらえているようだ。見ている分には確かに滑稽だが、俺は国王が身分を明かしてしまうんじゃないかと気が気ではないよ。ところがそんな俺の思考を余所に、ペトスがとんでもないことを言い出した。
「いよ〜し、アンタらがおーなーさんの知り合いってんなら、今日のところは俺が奢ってやろうじゃないか!」
「はあ?」
「ぷふっ!」
国王は意味が分からないという表情になり、お姫様はとうとう我慢出来ずに吹き出してしまう。
「おーなーさん、そう言うわけだから、この2人の勘定は俺に付けてくれよな」
「いや、それはだな……」
「あら父上、いいではありませんか」
「お嬢ちゃん、えれぇ別嬪さんだなぁ。モテるんじゃないか?」
「いえ、それほどでも」
「どうだい、このおーなーさんに嫁ぎゃ、貧乏生活ともおさらば出来るぜ」
「まあ、それは素敵!」
お姫様め、調子に乗ってやがる。
「おーなーさんも、こんなきれいなお嬢ちゃんなら文句ねえだろうよ?」
「あはは、それじゃ仕事がありますので失礼します」
これ以上ペトスに付き合ってたら、ろくなことにはならないだろう。俺はその場から早々に退散することにした。
◆◇◆◇
「何だい、これは?」
「お客様への特別サービスです」
客が注文したのはチキンライス。普段はそれに味噌汁が付くだけだが、この日は小皿が1つ追加されていた。もちろんサービスなので無料、ただしおかわりは出来ない。
「へえ、よく来るけどこんなのは初めてだな」
「熱いのでお気をつけ下さい」
せっかく注意してもらったのに、客はその塊の半分くらいを口に入れて噛んでしまう。サクッという音と共に、あまりの熱さに目を白黒させていた。
「あ、あっちぃ!」
「ですからお気をつけ下さいと……」
「そんなことより何だこれ! めちゃくちゃ美味いぞ!」
「来週から夜の料理としてお出しするから揚げです」
「こ、これがから揚げ定食のから揚げか! 店員さん、から揚げ定食の前売り券をくれ! 3枚だ」
「お客様、定食にはこのから揚げが5個ですよ」
「んなこたぁ分かってるよ。女房と子供にも食わせてやるのさ」
夜の3品の説明にちゃんと書かれているので、客はそれを読んでいたのだろう。そして、サービスで出されたから揚げを食べた者が同様に前売り券を求め、その日の分はあっという間に完売してしまった。
「ちくしょー、から揚げ定食完売かよ」
「アネルマちゃん、もしかして明日はオムライスか豚カツの試食品を出すのか?」
「そのような予定はないと、おーなーは申しておりました」
「てことはさ、オムライスと豚カツはから揚げよりも美味いってこと?」
「う〜ん、私はどれも好きですけど、彼女とか好きな女の子を連れてくるなら、オムライスが1番お洒落かも知れません」
「お洒落……アネルマちゃん、俺とオムライスを一緒に……」
「うふふ、残念でした。私はお店の皆と賄いを頂きますので」
相変わらずアネルマは人気だが、彼女が今まで客の誘いに乗ったのを見たことがない。もっとも以前、好きな相手がいると聞かされていたので、当然と言えば当然だろう。彼女目当ての客には気の毒だが、こればかりは仕方のないことである。
そして、同じようなやり取りは別のところでも起きていた。
「キノシン様、来週の夜は私とから揚げ定食をご一緒致しませんか? この通り、キノシン様の分も前売り券を買いましたの」
こちらは常連の貴族女性である。キノシンによると名をケルラといい、年齢は26歳でバリエ子爵家の令嬢とのことだった。礼儀正しく、身分が低い者を蔑んだりすることもない。ただ、キノシンにだけは少々強引なところがあるようだ。
父親に連れてこられたのが最初で、それから彼女はほぼ毎日のように来店している。目的が料理なのかキノシンなのか、あるいは両方なのかは今のところ分からない。
「ケルラ様、大変光栄なお誘いなのですが、来週から私は夜の仕事になりますので」
「まあ、ではお昼はお会い出来ませんの?」
「夜、お越し下さるのを楽しみにしております」
深く頭を下げて彼女の許を去る彼の姿に、他の女性客たちは胸をなで下ろしている。そしてこの日も、前売り券は瞬く間に全て完売となっていた。




