第1話 サプライズ
「ようバーサル、あの貼り紙は本当かい?」
客の1人が注文を聞きに来たバーサルに声をかけた。そこにはこう書かれている。
『当神味亭は来週より夜の営業を開始致します。営業時間は夕方の6時から8時半で、最終注文は7時半です。料理はオムライス20食、豚カツ定食50食、から揚げ定食50食の3品、合計120食の限定となります。料金は3品とも1食当たり銀貨2枚です。どれも昼には出したことのない、少し贅沢な料理となっております。また、新たな汁物としてコンソメスープを加え、味噌汁とお好きな方を選んで頂けます。豚カツ定食とから揚げ定食はご飯と汁物のおかわりは自由。オムライスも汁物はおかわり自由です。汁物はおかわり時に変更も可能。つけ合わせは生野菜です。ご希望のお客様には前売り券を販売致します。前売り券をお買い求めのお客様は、必ず最終注文の7時半までにご来店下さい。それ以降は前売り券は無効となります』
ただし、無効となった前売り券は後日払い戻すことにした。その代わり7時半になったら、無効分を当日並んだ人に割り振る予定だ。これなら食材を無駄にすることもないし、こちらが損することもない。
「はい。前売り券をお買い求めになられますか?」
「う〜ん、銀貨2枚だろう? この店の料理だからそれだけの価値があるのは分かるんだけどな……」
悩んでいる客を尻目に、あちらこちらで前売り券を買い求める人が声を上げる。
「前売り券をくれ!」
「俺も俺も!」
「来週嫁さんの誕生日なんだ。だから俺は2枚もらう!」
料理を運ぶ傍らで、声をかけられたスタッフが次々と前売り券を配っていく。会計の時に、これにスタンプを押す仕組みだ。もちろんスタンプは俺が日本から買ってきたものである。
「初日は難しいな。2日目の前売り券は買えるのか?」
「2日目の分は明日の発売となります」
「どうして今日売らないんだ?」
「おーなーの指示なんです」
「分かった。じゃ、明日買いに来るよ」
「お待ちしております」
「お、おい……」
「いかがなさいますか?」
バーサルに声をかけた客は、前売り券が次から次へと売れていく状況に焦りを感じているようだった。だが、次の声が彼の購入を決定づけることになる。
「オムライス券完売で〜す!」
「バーサル、前売り券買うよ!」
「オムライスはなくなりましたので、豚カツ定食とから揚げ定食のどちらになさいますか?」
「ど、どっちが美味いんだ?」
「それはもうどちらも。試食として出された時は、年甲斐もなくこの腹が破裂しそうになるほど頂いてしまいましたから」
バーサルの言葉に、客がゴクリと喉を鳴らす。そして――
「から揚げ定食券も完売で〜す!」
「と、豚カツ定食券をくれ!」
「はい、ありがとうございます」
その日、120食分の前売り券はあっという間に完売となっていた。
◆◇◆◇
「おーなー、質問なのですが」
「うん?」
店が終わって後片付けも済み、休憩室で従業員たちが賄いを食べながら休んでいる時である。日替わり要員のリックという20代の青年が、不思議そうな面持ちで手を挙げた。
「どうした、リック?」
「はい。前売り券のことなんですけど、初日の1日分しか売らなかったのは何故ですか?」
「そうそれ、私も思いました。もっと何日も先まで売ればいいのに、と。お客様からも聞かれましたし」
同調したのは、やはり日替わり要員のメーデという40代の女性である。客に聞かれても俺の指示だとだけ答えるようにしてあった件だ。
「例えば来週の6日分を今日売ったとしよう。それが売り切れた場合、明日以降に来てくれる客が買えなくなるからだよ」
「お客様は毎日来られるわけではありませんものね、旦那様」
「そう。それに中には毎週その曜日にしか来られない客もいる。毎日のように来てくれる客もありがたいが、その1日を楽しみにしてくれている客もありがたさは同じなのさ」
「なるほど。だから初日、来週の1日分しか売らなかったんですね」
「明日は2日目の分を売る。落ち着くまではしばらくの間、これで行こうと思ってるんだ」
どうやらリックもメーデも納得してくれたようだ。さらに俺は明日のサプライズについて話した。
「えっ!? じゃ、明日来るお客様はめちゃくちゃ運がいいってことですね!」
「そういうことになるかな。ロムイもフェニムも、明日は少々忙しくなるが頼むぞ」
「任せて下さい!」
「一生懸命がんばります!」
「ネネルも明日は厨房を手伝ってくれるか。無理はせずに、疲れたら遠慮なく休憩してくれて構わない」
「大丈夫です。おーなー様のお陰ですっかり元気になりましたし」
ガッツポーズを見せてくれる彼女に、俺もセルシアたちも一安心といったところだろうか。それにしても明日が楽しみだ。客の驚く顔が目に浮かぶ。そんなことを考えながら、俺は仕込みのために厨房に向かうのだった。




