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第6話 弟か妹って待てよ

 ノエルンの母親、ネネルが共に暮らすようになってから10日ほど過ぎた頃には、彼女もかなり元気になっていた。そろそろ食事も(かゆ)から普通のご飯に切り替えてもいいかも知れない。もっとも、厨房に立たせるのはまだ早いだろう。そんなわけで彼女は、俺たちが働いているところを見学しながら、時々セルシアたちに料理を習っているようである。


「今朝の(まかな)いはネネルさんにもお手伝い頂いたんですよ」


「私は野菜の皮を()いただけですから」


「でも、私やミルエナよりずっと手際(てぎわ)がよかったです」


 ワグーに暴露されて、ミルエナが泣きまねしている。可愛いからやめなさい。そんなことを思いながらふと見ると、彼女の手が荒れているように見えた。


「ミルエナ、ちょっとおいで」


「あ、はい、何でしょう、ご主人様」

「手を見せてごらん」


「え!? あ、あの……」


「いいから早く」

「はい……」


 後ろに隠そうとした彼女に、俺は手を差し出して見せるように促す。すると躊躇(ためら)いながらも、彼女はその手を開いて見せた。


「やっぱり。いつからだ?」

「あの……」


「こういうことは隠さなくていいから」


「旦那様?」


「セルシアも手を見せてごらん」

「あ、はい」


 よかった。セルシアは大丈夫そうだ。ワグーにも見せてもらったが、彼女も問題はなかった。


「可哀想に、痛かったんじゃないか?」

「いえ、それほどは……」


「奴隷として酷い扱いを受けていた頃に比べれば、などと思っているのかも知れないが、もう我慢しなくていいんだよ」


 ひとまず(はや)()()を切って、彼女のあかぎれを治してやった。この程度の治療はご飯をおかわりすれば済む。それにしてもこんな状態での厨房(ちゅうぼう)は、さぞ辛かったに違いない。


「あ、ありがとうございます!」


「もっと早くに気づいてやるべきだった。済まない」

「そんな! ご主人様が悪いわけではありません!」


「お前たちは変なところで我慢する癖があるからな。俺がそれを喜ぶとでも思っているのか?」

「申し訳ありません……」


「ああ、いや、怒ってるわけではないよ」


 ミルエナは泣きそうな顔になり、セルシアとワグーもうつむいてしまった。いかんいかん。


「これからは少しでも辛いことがあったら遠慮なく言ってくれ。大抵のことは何とかするから」

「はい……」


「そ、そうだ、こうしよう。今度からちゃんと俺に言う代わりに、おにぎりを作ってきてくれ」


「おにぎり、ですか?」

「うん、そう」


 法力(ほうりき)を使えば腹が減ることは彼女たちも知っている。ただ、自分のために使わせることを負い目に思っているのなら、それを取り払ってやればいいだけのことだ。


「旦那様に何かお願いがある時は、それで聞いて頂けるのですね?」


「力を使う必要があればね。なければおにぎりはいらないよ」


「旦那様、頭を撫でてほしいです」

「あ、私も」

「私もお願いします」

「おーなー、私も!」


 とことこ寄ってくるセルシアに続いて、ミルエナにワグー、そしてノエルンが続いた。今日も平和な()()(てい)の一幕である。


 ところがそんな様子に、何やらネネルがモジモジし始めた。まさか彼女まで頭を撫でてほしいとか言い出すんじゃないだろうな。見た目は20代前半のお姉さんにしか見えないが、実は34歳の彼女である。その頭を撫でるなど失礼になるんじゃないか。


 しかし思い返してみると、前回の口づけ大会にしてもそうだった。庇護(ひご)を与えるのに必要ということで彼女とも止むなく唇を重ねたが、あの時も拒まれることはなかったのである。いや、むしろ嬉しそうに見えたほどだ。それとも頭を撫でられるのを望むのは、獣人の(さが)なのだろうか。


「もしかして、ネネルも頭を撫でてほしいのか?」

「あ、あの……出来ればお願いしたいと……」


「お母さん、してもらいなよ。すっごく気持ちいいし安心するよ!」


 無邪気なノエルンが母親の腕を引っ張って俺の許に連れてくる。


「お……お願いします」


「う、うん、分かった」

「はぁん」


 そうしてネネルの頭を撫でると、めちゃくちゃエロい恍惚(こうこつ)とした表情を見せてくれた。これが大人の色気というヤツか。


「おーなー様は、こうもあっさりと獣人を手懐(てなづ)けてしまわれるのですね」


「手懐けるって……」

「ノエルン」


「はい、何ですか、お母さん?」


「近いうちに、あなたに弟か妹が出来るかも知れませんよ」

「ちょっと待て」


 その時俺は、背後からセルシアの鋭い視線を感じたのだった。


明日は幕間『女子会』です

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