第4話 王道ラノベ設定
セルシアがちょっとだけ警戒するようになった。毎日抱きしめているのは相変わらずだが、耳を触られないように、俺の手の動きに敏感になっているのである。
「セルシアちゃん、そんなに警戒しなくても……」
「し、してません!」
「そうなの?」
試しに頭を撫でていた手を耳の方に滑らせると、途端に彼女に掴まれてしまった。
「ほら、警戒してるじゃん」
「旦那様が耳を触ろうとなさるから……」
「じゃ、こうしよう。耳を触りたくなったらちゃんと言うよ」
「本当ですか?」
「うん。だからその手を放して」
「はい」
普通ならここで意表を突いて、思いっきり耳を触りまくるところなんだろうけど、約束を破って嫌われるのは困る。それに俺はちゃんと言質を取ったから、焦る必要はないのだ。
彼女は主である俺の言葉には逆らえない。つまり一言、耳を触りたいと言えばいいわけで、彼女に逃れる術はないということだ。我ながら小賢しいとは思うけどね。ただし、これは切り札として使ってこそ威力を発揮する。だから今は敢えて言わないし、勝手に触ったりするなんて以ての外だ。
「ところでセルシアちゃんに聞きたいんだけど」
「はい、何でしょう?」
「この国で手っ取り早くお金を稼ごうと思ったら、どうすればいいのかな」
「お金、ですか?」
「うん、そう」
「う〜ん……」
ちなみに彼女はまだ、俺の腕の中にいる。俺が背中に手を回している限り、ずっとこのままなのだ。
「旦那様、お金がご入り用なのですか?」
「生活に困ることはないけど、食べる物も着る物も、今のところ俺の国のものばかりでしょ?」
生活必需品は必要に応じて、俺が日本に戻って買ってきている。親からは十分な仕送りがあるし、扶養家族が1人増えたところで何の問題もない。しかし、服なんかは明らかにこちらの物ではないというのが分かるし、彼女をミニスカート姿で出歩かせるわけにもいかないだろう。
やはり、郷に入っては郷に従え、である。
「セルシアちゃんにも首輪だっけ? 買ってあげないといけないし」
「く、首輪を下さるのですか!?」
ペットじゃないんだから、と言いたい気持ちはよく分かる。俺だって初めて聞いた時にはそう思ったよ。だけど奴隷の身分で首輪を付けていない者は、奴隷商に捕まったり、あの3人の男たちのような連中に酷い目に遭わされることがあるらしい。つまり首輪は、彼女にとっての命綱にもなるというわけだ。
さらに、首輪を付けることによって、ちゃんとした主に正式に仕えているという証を立てられるため、奴隷としては誇らしいことなのだと言う。ただし、誰かに仕えたからと言って必ず貰えるものではなく、主から信用されないと貰えないのだそうだ。
分かりやすく例えるなら、正規雇用と非正規雇用の違いといったところだろうか。厳密には正しい解釈ではないが、首輪がなければ常に明日の心配をしなければいけないという点では、ある意味言い得て妙だと思う。
なお、首輪は簡単に外せないように、鍵付きの物がいいらしい。何故なら誰でも外せるようだと、攫った後に首輪を外してしまえば何とでもなるからである。
それと、セルシアはこんなことも言っていた。
「お金持ちの貴族様は、連れている奴隷にミスリル合金製や、ドラゴンの鱗を加工したものを付けさせるそうです。とても高いと聞きましたし、私は見たことがありません」
彼女曰く、それはもう権力や財力を誇示するのが目的であって、決して奴隷本人が大切にされているからではないということだった。だがそれより俺は、ミスリルやドラゴンといった単語に驚いてしまったよ。いるんだ、ドラゴン。
「私はあまり存じ上げませんが、この付近にラーカンドルというギルドがあるそうです」
お、またまた王道ラノベ設定きたぞ。
「冒険者ギルド?」
「冒険……? いえ、お仕事を紹介してくれるところらしいのですが、町の人の依頼も取り次ぎしているそうです」
「なるほど。なんでも屋みたいな感じなんだね」
「本当か嘘かは分かりませんけど、過去には悪霊祓いや悪魔退治の依頼もあったと聞きました」
「悪魔?」
「はい」
「いるの?」
「時々結界を抜けて入り込んでくるとかこないとか」
実際に目にしたことはない、と付け加えられた。
「セルシアちゃんは怖くないの?」
「怖いですけど、あの方たちはエルフには危害を加えないそうですので」
「マジで!?」
「マジ?」
「あ、いや、本当にって意味」
「どうでしょう。会ったことがありませんから」
そうか、そうだよね。しかしそんな得体の知れないヤツらがいるとなると、俺はともかくセルシアは護らないといけないだろうな。法力で何とかなるだろうか。
「よし、そのラー……なんだっけ?」
「ラーカンドルですか?」
「そう、そこ。後で行ってくるよ」
「旦那様?」
「うん?」
「ちゃんと……帰ってきて下さいね」
1人にされるのが不安なのか、いきなり泣きそうな顔になった彼女が言う。
「当たり前だよ。なるべく早く帰ってくるから」
抱きしめる腕に力を入れると、彼女は俺を見上げながら言った。
「お夕食、お作りして待ってます」




