第6話 店名が決まった
「休みのところを悪いな」
その日の夕方、俺はレギュラーメンバーにネーブを加えた全員を食堂に集め、彼を紹介してからある会議を開いた。それは――
「実は皆にも意見を出してもらいたくてね」
「意見、ですか?」
バーサルの言葉に、他の面々も身を乗り出してくる。何か新しいことが始まるのかとの期待からか、その瞳は輝いているように見えた。
「先ほども話した通り、ネーブの店が新たにうちの2号店として営業を始めることになった。そこでそろそろ正式にこの店の名前を決めたいと思うんだ」
「お店の名前ですか!」
「セルシア、ずい分と食いつきがいいが、何かいいアイデアでもあるのか?」
「あ、いえ、申し訳ございません。旦那様が仰るまであまり気にしておりませんでしたので、ちょっと興奮してしまいました」
なるほど、そういうことだったか。
「ここはカレーライスとチキンライスで有名になったお店ですから、カレーとチキンの店、というのはいかがでしょう?」
「妙案だと思うがバーサル、それだとカレーと鶏肉の店になってしまうんだよ」
こっちの世界ではチキンが鶏肉を指すというのは理解されていないので、彼がそう言ったのも無理はない。しかし2つのメニューが出ない週もあるのだ。せっかくだが却下せざるを得ないだろう。
「私たちの間では……」
「キノシンか、お前たちの間では何だ?」
「はい。貧民街の住人の間では、この店のことを神様の店と呼んでるんです」
「んだ! ここは神様の店だ!」
キノシンに同調したのはトメノばあさんである。
「このお店のお陰で多くの者たちが救われているのです。ですから神様の店、というのはいかがでしょうか」
「私も反対ではありませんが……」
今度はレイランが声を上げた。
「お客様にはそのことはあまり知られていないかも知れませんので、お料理の味の方を引き立てる意味で、神様の味というのはどうでしょう」
彼女の意見に反対する者はいないようだ。キノシンもトメノばあさんも納得という表情で肯いている。しかし香辛料を混ぜ合わせて1から作ったカレーならいざ知らず、日本から持ち込んだルーを使っている店が、神の文字を冠するのは少し気が引けてしまうよ。ケチャップを使うチキンライスにしても同様だ。もっともせっかく出してくれた意見を、そんな理由で無駄にしたいとも思わない。
「なら神味亭というのはどうだ?」
「かみてい?」
「俺の国では神様の神を1文字、味も1文字で書く。そしてこの2つを合わせて"かみ"と読ませることも出来るんだ」
当て字ではあるが。
「旦那様、かみていの"てい"というのは何ですか?」
「宿屋や料理屋など、人が集まる建物の1つの言い方なんだ。これも俺の国の言葉ではあるんだけどね」
「なるほど、かみていですか。私は気に入りました、旦那様!」
「私もです、ご主人様!」
「かみてい、素晴らしい名前です!」
セルシアたちはいつもの通り。さらにネーブが大きく肯きながら言うと、他の者たちからも異論や別の意見は出なかった。
「では店の名前は神味亭。これでいいかな?」
「はいっ!」
この後セルシアたちに暖簾を作らせ、そこに漢字で神味亭の文字と、こちらの世界の文字で読みを入れた。ネーブの店用には、カレーライス専門店だと分かるように作ればいいだろう。
「暖簾は明日から、店の入り口に開店と同時にかけることにする」
「これってお店がやってるって合図みたいなものなんですね?」
セルシアが暖簾を皆に見せるように掲げると、ミルエナが感心したような口調で言った。
「俺の国では本来そうなんだよ。ただ、出しっぱなしにしてる店もあるけどな」
「おーなー、私も何か書きたい」
「お、それならご主人様、私も!」
珍しくノエルンが自分から声を上げたのを聞いて、ワグーも手を挙げる。するとこういうことは伝染するもので、ネーブ以外の全員が何か書き込みたいと騒ぎ始めた。
「ではこうしてはいかがでしょう?」
「セルシア、何か浮かんだのか?」
「はい。旦那様のお名前を真ん中に書いて頂いて、私たちがそこに輪を作って集まるように名前を書かせて頂くというのは……」
「なるほど! セルシアさん、それは妙案だ!」
「いいと思います! 私たちは皆おーなーのお陰で、ここにこうしていられるのですから」
ロムイの賛同にフェニムが続く。しかしちょっと待て。それじゃ寄せ書きみたいじゃん。早くも送別会かよ。そんなことが頭を過ったが、この世界の人たちに日本の風習がどうのと、とやかく言っても仕方がない。彼らが楽しそうにしているところに水を差す必要はないのだ。
「分かったよ。皆の気持ち、ありがたく受けるとしよう」
セルシアがテーブルの上に暖簾を広げてくれたので、それを裏返して真ん中にデカデカと名前を書いてやった。とは言っても下の名前、アキラの3文字のみである。
「おーなー、大き過ぎ」
アネルマがクスクスと笑いながら言うと、セルシアがこんな言葉を返した。
「大きな手で私たちを救って下さったのが旦那様ですから、私はここに寄り添わせて頂きます」
俺の名前の1文字目の横に、小さく彼女が名前を書く。すると、皆も小さな文字で次々に自分の名前を書いていった。何だか感動だよ。
「そのうちお客様の中からも、書きたいという人が出てくるかも知れませんね」
「そうしたら書かせてやればいい」
これは後日談だが、暖簾の裏側が日替わり要員や客の名前でいっぱいになるまで、それほど時間はかからなかった。
次話より第11章に入ります。




