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第3話 2枚の紙切れ

 その日俺は店をミルエナたちに任せて、セルシアと2人で街外れの料理屋を訪れた。ステッド商会に騙されて、経営が火の車と化したネーブという店主の店である。


「店主、腹が減った。何でもいいから料理を出してくれ。俺は肉より野菜中心の物がいいが、セルシアはどうする?」


「私も、旦那様と同じ物でお願い致します」


「あの……本日は野菜が……」


「どうした、店主? この店は野菜が新鮮で美味いと聞いて来たんだぞ」

「それがその……や、野菜は売り切れでして……」


「売り切れ? まだ昼だと言うのにか?」

「はい、申し訳ございません」


 恐縮している店主だが、やはり様子がおかしい。昼時の料理屋に野菜がないなどということは考えられないのである。


「つかぬ事を聞くが、野菜はどこから仕入れているんだ?」


「それは……」


「ステッド商会だな?」

「えっ!? 何故それを?」


「ソボル商会の会長から聞いたんだよ」


 そこで俺は、自分が彼と同じ料理屋のオーナーであることを明かした。しかもそれが毎日行列を作っている店だと知り、ネーブは膝から崩れ落ちてしまう。


「貴方があの店の……私を笑いに来たのですか?」


「勘違いするな。俺は同業者を苦しめているステッド商会に一泡吹かせてやりたいと思っているんだよ」


「あの商会に……? 無理ですよ」

「何故そう言い切るんだ?」


「ステッド商会が本当は誰の物かご存じないんですか?」

「知らん」


 仕方ないという表情を見せながら、彼はステッド商会について語ってくれた。


 それによると会長の名はアージラ・ステッドといい、商会が彼の手によって立ち上がったのはほんの数年前のことだと言う。そして直後から豊富な資金で(またた)()に農家を囲い込み、野菜を扱う他の商会を窮地に陥れて次々と飲み込んでいったらしい。道理で野菜の(おろし)業者が少なかったわけだよ。


「ソボル会長には昔から世話になっていたのに、こんなことになってしまって……」


「しかしそんな状況を、よく王国が見過ごしているものだな」


「これは聞いた話なのですが、ステッド会長の後ろには貴族がいるそうなんです」

「貴族?」


 またかよ。


「はい。テグル・キマダ子爵(ししゃく)、10代以上続く豪族だそうです」


 キマダ家は先代までは領地運営も仁政(じんせい)的で、領民からも親しまれていたそうだ。しかしテグルが継いでからはそれが一変し、今や地獄と化していると言っても過言ではないと言う。


「ただ、これはあくまで噂でして」

「つまり確かめた者はいない、と?」


「はい。うっかり子爵領に入ってしまうと出てこられないんです」

「なるほどな」


 おそらく情報が外に漏れないように、領地への出入りを厳しく見張っているのだろう。さらに彼が言うには、これまでの運営実績から、事情を訴えても王国は動いてくれないらしい。まったく、職務怠慢もいいところである。


「店主、明日の野菜の納品は何時頃だ?」


「え? 納品ですか? いつも大体8時頃ですが」


「そうか。実は俺に1つ考えがあるんだが」

「考え、ですか?」

「ああ」


 俺はステッド商会に対抗するための案をネーブに話した。これは彼にとっては危険な()けである。もし俺に裏切られたら、今度こそ本当に何もかも失ってしまうからだ。だから最初のうち、彼は渋っていた。だが、俺のこの一言で覚悟を決めたようだ。


「必ず救ってやる。俺を信じろ」


「分かりました。あの店のおーなーさんがそこまで言われるのでしたら、信じましょう」


「よし。明日はうちの店は休みだから、奴らの納品時刻に合わせて俺もここに来る。セルシア、あれを」

「はい、旦那様」


 言うと彼女は2枚の紙をテーブルの上に置く。


「明日までによく読んで、署名しておいてくれ」

「分かりました」


「それに署名した時から、この店は新たな1歩を踏み出すことになるだろう」


「本当に、救って下さるのですね?」

「任せておけ」


 そして俺たちが立ち上がって店を出ようとした時、ネーブが()頓狂(とんきょう)な声を上げた。セルシアが差し出した紙の2枚目の方を読んだのだろう。


「あ、あの、これは!?」


「書いてある通りだ。安心したか?」

「まさか……まさかこんな……!」


「旦那様は決して嘘は申しませんから、お任せしておけば大丈夫ですよ」


 微笑みながらセルシアが言うと、ネーブの瞳から涙が浮かんでこぼれた。


「これで……これで私は首を(くく)らなくて済む! 本当に……ありがとうございます!」


 その翌日、約束通り俺は朝8時に間に合うように、街外れの料理屋に向かうのだった。

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