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第1話 選ばれたキャベツは?

 新しい宿舎の竣工式(しゅんこうしき)も無事に終わり、レイランとキノシン、それにトメノはそれぞれの部屋に正式に(きょ)を得た。その後、昨日新たに加わった2人はホスマニーと共に、生活必需品や衣類を買うために市場へと出かけている。そんなある意味ここの恒例となった行事に、キノシンもトメノも恐縮しっぱなしだった。


 ところで俺はと言うと、客のいない店内で2人の業者とテーブルを挟んで向かい合っていた。彼らは野菜を卸す業者である。この後、肉の業者が3人やってくる予定だ。


 むろん、4人の女の子たちも近くのテーブルに席を取っている。彼女たちは特に禁じない限り、俺と行動を共にするのがデフォルトなのだ。


「こちらのお店の料理は素晴らしい! 私も何度か食べに来ておりますが、毎度のことながら長い行列には驚いております」


 驚いたのは行列の方かよ。


 ステッド商会の営業担当はヒランダという男だった。細長い顔で、少しばかり(あご)がしゃくれた感じである。彼がサンプルとして持ってきた野菜は、見たところどれも新鮮に見えた。このクオリティを維持出来るなら、金額にもよるが取引相手としては申し分ないようにも思える。


「さあ見て下さい。我がステッド商会が誇る最高ランクの野菜です。これらを毎朝収穫してお届け致します」


「毎朝収穫か」


「はい! 肝心のお値段はこのように」


 代金として提示されたのは、日本のスーパーで買うよりもかなり抑えられた額だった。高品質で低価格なら願ったり叶ったりである。だが――


「うちの野菜はソボル商会さんと違って、農夫に奴隷身分の者を雇っておりませんので、変な臭いも致しません」


「変な臭い?」


「はい。ですから安心してお使い頂けます。あの高級料理屋として有名なハート・オブ・キングダム様にも卸させて頂いているんですよ」


 ハート・オブ・キングダムとは、平気で客を差別する店のことだ。そして彼は、隣に座っているソボル商会の者を見下すような目で見て言った。


「そう言えばソボルさんは、先日唯一の契約先だった街外れの料理屋さんからも締め出されたんでしたっけ」


「き、貴様には関係ないだろう!」


「あそこの店主、確かネーブさんと(おっしゃ)いましたか。あの方が申しておりました。ソボルさんの卸す野菜はどれも形が悪く、お客様に出すのが恥ずかしかったと」


 今度は俺の方を向いて、勝ち誇った口調でこんな言葉を続けた。


「我がステッド商会の野菜は形も鮮度も抜群。味もいいとお客様から褒められたそうです」


「なるほど、いいことばかりじゃないか」


「それはもう、比べてしまってはソボルさんがお気の毒に……」


「ところでソボル商会のソボル会長だったか」


 俺はヒランダの言葉を遮ってやった。どうもコイツの話は胡散(うさん)臭い。


「え? あ、はい」


「持ってきた野菜を見せてくれ」

「はい、どうぞ」


 渡されたのはキャベツである。そこで2つの商会のキャベツを持ち比べてみると、明らかにステッド商会の物の方が重かった。


「どうです? うちの野菜の方が重くて葉がびっしり詰まってる感じがしませんか?」

「そうだな」


「対して、こう言ってはなんですが、ソボルさんのキャベツは……開いてしまっているようで……」


「なっ! こ、これは……!」

「よし、食べ比べてみることにしよう」


「食べ……そこまでなさらなくても一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)では?」


「まあ、いいじゃないか。味にも自信があるんだろう?」

「も、もちろんですとも!」


 俺はセルシアに言って、見た目では見分けがつかない部分だけを千切りにして持ってくるように頼んだ。彼女に対するヒランダの視線が気に入らなかったが、今回は純粋に商売の話である。それを選考の考慮に入れるつもりはない。


 程なくして、2つの小皿に分けられたキャベツの千切りが3組、俺たちの前に並べられた。どちらの皿にどちらの商会の物が乗せられているかは、セルシアしか知らない。そして別のテーブルでは、ミルエナ、ワグー、ノエルンの3人が、俺たちと同様に試食のための小皿を配られていた。


「あの、我がステッド商会のキャベツはどっちですか?」


「美味い方なんじゃないか?」

「それは……」


「どうした。奴隷が収穫したかも知れない物は、間違っても口に入れたくないか?」

「い、いえ……」


 ヒランダは忌々(いまいま)しい視線をセルシアに向けている。奴隷身分に加えて、エルフが切った野菜を食べなければならないことが、彼を苛立たせているのだろう。


「俺は客に生のまま出すから、出来るだけ新鮮な物を持ってくるように言ってあったはずだ」


「え? ええ、もちろんですとも。ですから先ほども申し上げました通り、今朝収穫したばかりの物をお持ちしました」


 そして俺とソボル会長は、小皿のキャベツをすぐに食べ終えた。


「俺は右だな」

「私も右です」


「な、なら私も右を選びます」


「食わずに選ぶのか?」


「長くこの仕事をしていれば、見ただけで分かりますので」

「そうか。まあ、いいだろう」


 女の子たちのテーブルでは、ミルエナとワグーはどちらも選べないので引き分けとし、ノエルンは右を選択していた。


「左を選んだ者はいないと言うことでいいな」


「ソボルさん、残念でしたねえ」


「まだ分からんだろう。よし、セルシア、右はどっちのキャベツだ?」

「こちらです」


 厨房(ちゅうぼう)の向こう側で彼女が持ち上げたキャベツは、葉が開いてしまったように見える、ソボル商会が持ってきた物だった。


「う、ウソだ! そんなはずはない! エルフ族の分際(ぶんざい)でウソをつくな!」


 立ち上がったヒランダがセルシアを指差しながら叫んだ次の瞬間、俺は彼の頬を力任せに平手で打っていた。

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