第14話 3つの定食
「ここが……ここがキノシンさんが働いてるお店かい……」
トメノを連れ帰ってまず最初に見せたのは、広い店内だった。厨房の灯りを灯したので、薄らと様子は窺えるはずである。彼女はしっかりとした足取りで、その中を少しの間見て回っていた。
「こっちが厨房だ。トメノさんには基本的に客が使用した食器を洗ってもらおうと思っている」
「こんな老いぼれにさせて頂ける仕事があるなら、何だってやりますだ!」
洗い場の水は、厨房で火を使っているとその熱でお湯になって出てくる仕組みになっている。だから冬場でも水の冷たさに難儀することはない。さらに、お湯で洗うので汚れも落としやすいという利点も兼ね備えているというわけだ。
「仕事は明日にでもホスマニーに教わるといい。店休日の食事は彼女の担当だからな」
「おーなー、とお呼びすればよかっただか?」
「ああ、何だ?」
「お陰さんで今は見えるようになっただが、目が悪くて老い先短いおらに、どうしてここまでして下さるんだ?」
「老い先が短いと言っても、生きているうちはメシを食わなきゃいけないだろう?」
「だけど、おらなんかよりもっと若いモンに……」
戸惑いを隠せない様子のトメノの両肩に、俺はそっと手を置いた。
「皆からはおーなーなどと呼ばれているが、俺は見ての通り若僧だ」
「そんなこと……」
「だからバーサルさんやトメノさんからは、色々と学ばせてもらいたいと思っているんだよ」
シワだらけになっていたトメノの頬を、一筋の涙が伝う。それを見たバーサルはもちろんのこと、セルシアたちまでもらい泣きしていた。
「セルシア、トメノさんに雑炊を作ってやってくれ」
「はい、旦那様」
「ぞうすい?」
「腹が減っているだろう? これから皆に話をしなければいけないから、それを食べてトメノさんも付き合ってくれ」
「わ、分かりましただ!」
その後俺は、2人にここでの過ごし方について軽く説明した。トメノは初めて口にする雑炊に何度もうめえと連発しながら、毎日温かい風呂に入れることや、部屋を1つ与えられることに感激している。
「このおらに、部屋を……」
「話が終わったら風呂に浸かってくるといい。そうしたら後はゆっくり休んでくれ」
「まだなんも仕事してねえのに……」
「明日は店が休みだが、明後日からはしっかり働いてもらう。だから気兼ねする必要はないよ」
ここでようやく今日の本題に入った。バーサルたちには待たせて済まなかったが、誰1人不満を抱いている者はいないようだ。
「メニューはオムライスと豚カツ定食、それにから揚げ定食の3品で始めようと思う」
金額に関しては3品とも一律銀貨2枚、つまり日本円換算で2千円とした。こっちの世界の1食の代金としてはかなり高額である。ただしオムライスは別だが、この中には自由なライスや汁物のおかわりも含む。汁物は普段の味噌汁と、新たにコンソメスープもメニューに加えた。最初にどちらがいいか客に選んでもらい、おかわりの際は好きな方を再度選択出来る仕組みだ。
「旦那様、付け合わせのサラダもおかわり自由になさるのですか?」
「ドレッシングに限りがあるからね。栄養面を考えると本当はサラダもおかわり自由にしたいんだけど、現状可能なのは1回だけかな」
もっともから揚げはわりと大きめの物を5個、豚カツに使う肉も大判にするから、サラダで腹を満たそうという考えは起きないだろう。
「当面の提供は毎日オムライスが限定20食、豚カツ定食とから揚げ定食がそれぞれ50食の、1日合計120食にしようと思う。営業時間は夕方の6時から8時半で考てるけど、それだけしか出さないからもっとずっと早く閉店になるだろうね」
「厨房にはやはりおーなーとセルシアさんたちが?」
「そうだね。昼間はロムイとフェニムの2人に任せようと思う」
バーサルの問いにそう返すと、2人とも力強く肯いてくれた。
「分かりました!」
「昼間のメニューがカレーライスとチキンライスの週に夜の営業を始めるつもりだから、ひとまず2人の負担は少なくなるんじゃないかな」
その間にあと2人くらい、厨房を手伝える人材を育てればいいだろう。トメノには当分の間、昼間の皿洗いをさせて仕事に慣れてもらうつもりだ。
「おーなーさん、かれー何とかってのは料理の名前だか?」
「そうだよ。いずれ嫌でも口にすることになるさ」
「トメノさん、ここの料理は何でも美味いぜ」
ロムイが誇らしげに言う。彼もフェニムも、短期間でよく厨房を任せられるまでに成長してくれたものだ。
「さっき食べらしてもらった料理もどえれえ美味かった。キノシンさんの言う通り、長い行列が出来るってのにも納得だ」
「あはは、雑炊は客には出してないよ」
「えっ!? 何でだ? 何であったら美味えモン出さねえんだ?」
「ここで働いてくれている皆の夜食みたいなものだからだ。作り方はそのうち誰かに教えてもらえ」
「お、おらにもあんな美味えモンが作れるってか!?」
「簡単だよ。ご飯を出汁で煮て、最後に溶き卵を入れれば完成だからな」
「た、たた、卵ぉ!? まさかさっき食べた中にも?」
「入れたんだよな、セルシア?」
「はい。ちゃんと入れましたよ」
「分からなかったのか?」
「分かるも何も、おら生まれてから今まで、卵なんて見たことも食ったこともなかったもんで」
こちらの世界では卵は貴重品だし、まして彼女は30年以上も目が見えなかったのだから、無理のないことかも知れない。
「勿体ねえ、そんな高級品をおらなんかのために」
「気にするな。さて、必要なことは大体伝えられたと思う。明日の竣工式は午前中だが、皆は特に立ち会わなくてもいいから、のんびり過ごしてくれ」
トメノの入浴にはレイランが付き添ってくれることになった。風呂好きの彼女は、自分ももう1度入浴しようと考えているのだろう。
これである程度、夜の営業の準備は整った。今のままでは人数的な不安はあるが、ノエルンもレイランも接客には十分に慣れてきている。それでも人手が足りなければ俺がホールに出るのもアリだろう。料理はセルシアたちに任せておけば問題ないし、万が一の時はレギュラーメンバーが助っ人に出るとも言ってくれている。
ランチメニューがカレーライスとチキンライスの組み合わせになるのは約3週間後だ。豚カツとから揚げの材料となる豚肉と鶏肉は、日本よりは割高だがこちらの世界でも普通に手に入る。そして、これら食材を納める業者の選定が明日の午後に予定されているのだった。
次話より第10章に入ります。




