第3話 憧れのポカポカ攻撃
「私はエルフである上に、このように醜い容姿ですから……」
セルシアは何を言っているのだろう。
「醜いなんて、そんなことないって」
「どこに行っても言われてきました。汚い、臭い、醜い、と。それに、旦那様はいつも私がお顔を見ると目を逸らされますし」
いや、単に照れてるだけだから。それはいいとして、前にも確か醜いと言っていた覚えがある。
「あ、あのさ……」
「いいんです。それでも旦那様は優しくして下さいますし、毎日1度は抱きしめて頂いておりますので。私はそれだけで満足です」
そうだ。新しく見つけた紙切れに、じいちゃんが書き残していたのを思い出したよ。内容は女性の容姿に関することだった。
そこには俺やじいちゃん、延いては一般的な日本人男性の、この世界の女性に対する美醜感覚が、真逆ではないかと思われるとあった。つまり、俺がめちゃくちゃ可愛いと思っているセルシアが、こちらの世界ではめちゃくちゃ醜く見られるということである。反対にこちらの美人とは、俺たちの感覚ではブサイクに見えるらしい。
セルシアの言動が真実なら、じいちゃんの趣味がおかしいとかの話でもなさそうだ。疎まれているエルフであるという事実を差し引いても、こんなに可愛い彼女が1度も抱きしめられたことがないと言った理由が分かった気がする。
「あのね、セルシアちゃん」
「もう仰らないで下さい。惨めになるだけですから」
「いや、だから……」
俺は立ち上がって彼女の背後に回り、後ろから細くて弱々しい体を抱きしめた。
「だ、旦那様?」
「いい匂いだ」
「それは……いつ旦那様に抱きしめて頂いてもいいように、何度も髪や体を洗っておりますので」
「俺がいつ、君を醜いなんて言った?」
「お、仰られてはおりませんが……」
「心の中で思ってる、と?」
「はい……」
「目を逸らしたのは悪かった。でも、理由はセルシアちゃんが言ったのとは違うよ」
「……」
一瞬、彼女の体が強張ったように感じた。俺が本心から可愛いと思っていることを言葉で伝えても、きっと信じてもらえないと思う。だから彼女が望む通り、抱きしめてみたのだが、正直ここからどうしたらいいか分からない。妄想では、ラノベに出てくる美少女キャラ相手にブイブイ言わせていたのに、本物の女の子を目の前にしたら経験値のなさを実感したよ。
こういう時はどうするのが正解なんだろう。コンプレックスに感じているところを褒めるのも、1つの方法だというのは分かる。しかし彼女のそれは根が深い。もしかしたら容姿を褒めるような言葉が、逆効果になってしまうことも考えられるのだ。なら容姿以外の、パーツ単位で褒めてみたらどうだろう。
そこで俺はハッとした。背後から彼女を抱きしめている俺の目の前にあるもの。それこそが、彼女のチャームポイントではないか。他人がどう思っているかなんて関係ない。大切なのは、俺がどう見ているかを伝えることである。だから――
「セルシアちゃん」
「はい……」
「耳、触ってみてもいい?」
「え……ええっ!?」
彼女の応えを待たずに、細長く横に伸びた耳をそっと手のひらですくってみた。その瞬間に首をすくめた彼女だったが、逃がさないよう抱きしめる腕に力を入れる。
「あの……あの……!」
「可愛い。手触りもいい」
「だ、旦那様!?」
耳なら、キスしてもいいだろうか。少なくとも俺にとっては、唇にするよりもバリアフリー度が高い。そう考えると止まらず、俺は一番細い先端の部分に軽く唇を当ててみた。
「ひゃっ!」
さらに首をすくめる彼女だったが、反応が可愛くて仕方がない。俺はそこから何度も何度も、耳全体に唇を押し当てた。
「旦那様、旦那様!」
「うん?」
「み、耳はお許し下さい」
「どうして?」
「く……くすぐったいです……ひゃう!」
ちょっとやり過ぎたかな。でもこれで終わらせてはいけないと、俺の心が叫んでいる。その心の声に従って俺は彼女の正面に回った。涙目で軽く睨まれている感じだったが、逃げ出そうとする素振りはない。再びその小さな体を抱きしめようとした時も、抵抗することなく彼女は体を預けてくれた。
「耳は、ダメ?」
「ダメでは……ありませんが……出来れば、お許し頂けると……」
「そうなんだ」
「はぅっ!」
もう一度、今度は耳の付け根辺りにキスしてみた。声が色っぽいよ。それに呼吸も早くなっているので、吐息でこっちの脳ミソまでとろけてしまいそうだ。出来るならこのまま押し倒してしまいたい。きっと彼女も抵抗しないだろう。でも、今はその時ではない。第一押し倒した後にどうすればいいのか分からないのだ。妄想ではプロ級だったのに。
「やめてあげてもいいけど、1つだけ約束してくれる?」
「や、約束……ですか?」
「うん」
「んあっ! し、します! お約束致しますからどうか、はぅっ! お、お許しを……んんっ!」
俺はゆっくりと体を離すと、まだ肩で息をしている彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。やっぱり恥ずかしいよ。しかし、ここで目を逸らしたら俺の負けだ。何と戦っているかは知らないけど。
「セルシアちゃん」
「は、はい……はぁ、はぁ……」
「今後は自分のことを」
「はぁ……はい、はぁ……」
「醜いって言わないこと」
「で、でも……」
「今度は舐めちゃおうかな」
「い、言いません! 絶対に言いません!」
必死の形相で訴える彼女を見ていたら、少し申し訳ない気分になってきた。悪いことしちゃったかな。
「あ、あのさ」
「はい?」
「そんなに嫌だった?」
「い、いえ、そういうわけでは……ただパンツが……」
「ん? 今なんて?」
「旦那様のいじわる! 言えません!」
「かはっ!」
彼女の言葉はよく聞こえなかったが、憧れだったポカポカ攻撃を受け、俺は呆気なく撃墜されたのだった。
セルシアが何と言ったのかは、心のきれいな人にだけ見えるように書いてあります。




