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第11話 先生のおかわり

 ケントリアスさんたちは巨大とも言える鍋の取っ手の部分に棒を通し、2人がかりで担いで運んでいく。ちょうど駕籠(かご)のような感じである。彼らはそれをレンガで組まれた簡易的なかまどの上に置いた。


「何とか2つ置けたな」


 言いながらケントリアスさんが、手慣れた手つきで(まき)に火をつける。この辺りはやはり料理人と言うだけのことはあるようだ。


「火はあまり強くしないように。出来るだけ弱火で煮込むのが肝心だ」


「これがあの有名な、毎日行列が出来るお店のカレーライスという料理ですか」


 蓋が取られた鍋を覗き込みながら、おばさんの1人が物珍しそうに言った。


「煮込んでいるのはカレーという。ライスとは米のことだよ。もっともこれは店で出しているカレーとは少し違うけどね」


「見た目がまるでうん……」


「ギシャラさん! それは絶対に言ってはいけない決まりなんだ」


 禁句を口にしようとしたおばさんを、学園長が慌てて制した。前にも似たようなことがあったけど、日本でもこの世界でも初見(しょけん)でそう感じるのは同じなんだろうね。


「ま、食べたら分かるさ」


 俺がセルシアに肯いて見せると、彼女は小皿3つに少しずつ、カレーライスを(よそ)っておばさんたちに渡した。


「試食してみるといい。子供たち用に作ったから甘いとは思うが」


「そうですか? では……ん! んんっ!」

「美味しい! 学園長、美味しいです!」

「こ、これがカレーライス!?」


 子供向けの甘いカレーライスではあったが、初めてそれを口にしたおばさんたちは驚きを隠せないようだった。3人とも一様に目を見開き、もっと食べたいという顔をしている。


「私がしょっちゅう並びに行くと言ったのが納得頂けたかな?」


「学園長は店で食ってるから、こっちは少し物足りないかも知れないぞ」


「まさか……まさかお店のはもっと美味しいと!?」


「美味いかどうかは好みによるだろうが、店の方は大人向けに作っているからこれより少し辛い」

「おーなー、煮えてきました」


 ノエルンがポコッポコッと立ち始めた気泡を見て教えてくれた。それを聞いたミルエナとワグーが、長い木ベラを手に取りカレーをかき混ぜ始める。


「煮立ってきたら、カレーが焦げつかないように、あのようにゆっくりとかき混ぜるんだ」


「分かりました」


「カレーは少し多めに作ってある。余ったら大人も食べるといい」

「いいんですか!?」


 おばさんたち、食いつきよすぎだよ。


「明日まで待ってもう1度煮込むとさらに美味くなるが、そこまで余分には作ってないしな」


 それに本来は子供たちに食わせるための物だ。なるべくなら余らせないように、おかわりしたいという子に食べさせてやりたい。


「余ったら持ち帰るというのは」


「ダメだ。これはあくまで王国から学園への配給品だからな。そんなに食いたければ明後日の夕方にでも店に来い。1度くらいなら食わせてやる」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。家族がいるなら連れてきてもいいぞ」

「な、なあアキラ、俺たちは……?」


「正規の代金を頂けるならいいですよ。客扱いはしませんけど」


 営業時間内に並ぶというなら客として扱うが、そうじゃないなら当然だろう。


「ご主人様、そろそろいいかと思います」


「スコーラ学園長、子供たちを集められるか?」


「間もなく午前の授業も終わりですから、今日は少し早めに切り上げてもらいましょう」


「セルシア、おばさんたちと食器の準備を頼む」

「はい」


 それから間もなくして、子供たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。その中にはもちろん、クラントとケラミーグルもいる。彼らは見知った俺たちを見つけて、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん!」


「おう、ちゃんと勉強してるか?」

「ったりめえよ!」


「クラント君、そのような言葉遣いはなりません」


 注意したのはおそらく担任か、教養の教師だろう。スラッとした20代後半と思われる女性である。赤いワンピース姿だが、さすがは王立学園の教壇に立つだけあって、着こなしが上品に感じられた。


「ナタノール先生、ごめんなさい」

「はい、よく出来ました」


「お兄ちゃん、母ちゃんは?」


「ホスマニーなら家で待ってるぞ」

「ふーん、来てないのかぁ」


「あの、失礼ですが貴方様はクラント君とどのようなご関係で?」


 そこでナタノール先生が俺とクラントの間に、彼を護るように割って入った。なるほど、単なる知り合い程度と思われたのかも知れない。


「ナタノール先生、お兄ちゃんはおいらたちと母ちゃんの命の恩人なんだ」


「命の恩人?」


「そうだよ。腹減って腹減って死にそうな時に、お兄ちゃんが助けてくれたんだ」


「お兄ちゃんは兵隊さんよりも偉い人なんだぜ」


 ケラミーグルは逆に、俺と教師の間に入って参戦してきた。案の定彼も言葉遣いを注意されていたが、どうやら2人との関係は分かってもらえたらしい。


「そうでしたか。これは失礼致しました。私はクラント君とケラミーグル君の担任で、ナタノール・マルコバと申します」


「2人をよろしく。さ、クラントもケラミーグルも、セルシアから食器をもらって並んでこい」


 すでに多くの生徒が並んでいたが、無邪気な子供たちはあの禁句を口にして大騒ぎしている。しかし1口、また1口と口に入れる生徒が増える度に、禁句はやがて食器の擦れる音に変わっていった。()り卵が乗ったカレーライスは、子供たちを黙らせるに十分だったのである。


「先生もよかったらどうぞ。早くしないとあそこのおばさんや男たちに食われてしまいますよ」

「でも私は……」


「もし料理の見た目が気になるなら、子供たちの表情を見るといいでしょう」


「ナタノール先生、お兄ちゃんの店のカレーライスは本当に美味いんだぜ! おいらが保証してやるよ」

「クラント君、言葉遣い!」


「いっけねぇ。お兄ちゃん、おいらも食ってくる!」


 まったく、言われてる傍から仕方のない奴だ。


「ああ、今日のカレーは甘いから安心してたくさん食べてこい」


「やったぜ! ケラミーグル、行くぞ!」

「おー!」


 この後、カレーライスは教師たち全員にも行き渡ったそうだが、給食のおばさんの分までは余らなかったらしい。そして――


「今度は是非、お店にも並ばせて頂きます!」


 ナタノール先生は、しっかりおかわりまでしたということだった。

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