第8話 入園試験だってさ
厨房からの声の主は、賄いの準備を手伝いに来たホスマニーだった。彼女は時々料理を習いたいからと、セルシアたちの手助けをしてくれていたのである。
「ホスマニーか、どうした?」
「立ち聞きのようなことをして申し訳ありませんでしたが、その役目を私にさせて頂くというわけにはいきませんでしょうか」
まるで俺の閃きとシンクロしたかのような申し出である。彼女なら店休日のカレーの仕込みをやってくれているので、1から教える必要はない。しかも、足りないと思われたかまども食堂にならあるではないか。
「スコーラ学園長、どうやら子供たちにカレーライスを食わせてやれそうだぞ」
「ほ、本当ですか!」
興奮した様子で再び彼が席に着く。その目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
「ホスマニー、いいんだな?」
「もちろんです。私も母親ですから、子供たちがお腹を空かせていると聞いて黙っているわけにはいきませんので」
「週に2度でも問題ないか?」
「ありません!」
彼女の力強い言葉に、厨房の皆もホッと胸を撫で下ろしているようだ。
「ま、まさか2度も請け負って頂けるとは!」
「米は運搬中に冷めてしまうだろうが、カレーは仕込んだ鍋を渡すからそっちで煮込んで温め直せ。やり方は教える」
「はい!」
「それと王国に言って、店にある物と同じ大きさの鍋2つと釜1つを用意させろ。店に余分な鍋や釜はないんだ」
「分かりました! すぐにそのように願い出ます。ダメなら私が買いますので!」
多分ダメとは言われないと思う。
「運搬はどこかの業者に頼むのか?」
「当面は私が荷車を引こうかと……」
「途中でひっくり返したらどうするんだよ。ラーカンドルに依頼するといい」
「ラーカンドル……ギルドですか?」
「そうだ。鍋の件と共に王国に願い出ておけ。あそこなら王国に直接報酬を請求出来るだろうから、学園が金を出す必要はない」
話さえ通っていれば、後は叔母さんがうまくやってくれるだろう。
「何から何まで……ありがとうございます!」
「いいさ。ところで交換条件というわけではないが、せっかくだからこちらからも1つ頼みがある」
「頼み、ですか? 私に出来ることなら喜んでお応えしますが」
「ホスマニー、ちょっといいか?」
「はい?」
俺は他の5人と一緒に厨房に戻ろうとしていた彼女を呼び止めた。
「実は前から考えていたんだが、クラントとケラミーグルを学園に通わせてはどうだろう?」
「えっ!? うちの子を学園に、ですか?」
元々はどこかにいい学校があれば、と思っていた程度だったが、ちょうどいい具合にミラド学園の学園長がいるのだ。頼んでみない選択肢はないだろう。
普段、2人の遊び相手はラクリエルたち3人である。元はならず者だった彼らも、今ではすっかり角が取れて色々と役に立ってくれている。
しかしやはり子供には勉強が必要だ。まともに高校に行ってない俺が言うのも変かも知れないが、だからこそ子供たちにはちゃんとした教育を受けさせるべきではないだろうか。じゃないと俺みたいな、ろくでもない人間に育ってしまう可能性がある。それに、やはり同年代の友達と遊ばせてやりたい。
「スコーラ学園長、彼女には子供が2人いてね。えっと、歳はいくつだったかな」
「あ、はい。上のクラントは7歳で、下のケラミーグルが6歳です」
俺の予想より1つずつ上だったか。
「彼らを学園で学ばせてやりたいのだが……」
「6歳を超えているのでしたら可能です。ただ……」
「ただ?」
「我が学園は王立ですので、入園には試験がありまして。そこはさすがに便宜を図るわけには……」
「科目は?」
「10歳未満の子供でしたら言葉遣いと聞き分け、でしょうか」
「聞き分け?」
「大人の言うことにちゃんと従えるかどうか、という内容です」
なるほど、そっちの聞き分けか。彼らなら大丈夫だと思うが、心許ないのは言葉遣いの方だ。何と言っても今の遊び相手が、元ならず者のラクリエルたちである。彼らがきれいな言葉を使っているところなんて見たことがない。そして子供は、そういうものをすぐに覚えて真似したがるものだ。これは頭が痛い。
「他には何かあるのか?」
「数を数えられると、かなり優遇されますね」
「数を? 数学のことか?」
「すうがく……?」
「数の学問のことだよ」
「その言い方は初めて聞きましたが、おそらくそれで間違いないでしょう」
なら朗報だ。彼らにはいずれ店を手伝ってもらおうと思っていたから、金の計算方法などを教えている。つまり、簡単な加減乗除を理解しているというわけだ。
「計算なら出来ると思うぞ」
「けいさん……?」
言葉が通じないのはやりにくいな。
「小銀貨5枚のかき揚げ丼に、小銀貨1枚の味噌汁を追加したらいくらになるとか、かき揚げ丼が3杯ならいくらとか、金勘定が出来るってことだよ」
「そ、それを7歳と6歳の子供が出来ると言うのですか!?」
「あの子たちは知識欲が旺盛だからな。教えたことはすぐに覚える」
「でしたら試験は通ったも同然だと思います」
言葉遣いの件は、とりあえず言わないでおくとしよう。
「ホスマニー、いいか?」
「でも費用が……」
「心配するな。学園長、いくら必要なんだ?」
「1カ月で銀貨5枚、年間で60枚です」
さすが王立と言うだけあって安い。
「その程度なら俺が出してやるから心配ないぞ」
「でも……」
「お待ち下さい。今回のお話を請けて頂いたんです。費用は私の権限で免除とさせて頂きます!」
それに、と彼は続ける。
「けいさん? ですか。初めからそれが出来る子供は逸材です。学園の方から入園をお願いしたいくらいですので」
「だそうだ、ホスマニー。断る理由はないんじゃないか?」
「おーなー……」
「一応試験は受けて頂かなくてはなりませんが、まず問題ないでしょう」
こうして、2人の子供がミラド学園の試験を受けることになった。彼らにも、将来ここで働きたいのなら勉強は必要だと伝えて納得してもらったよ。
そしてその数日後、2人の子供は母親と俺、それからラクリエルたちに付き添われて学園に向かうのだった。
「坊ちゃん、頑張れよ!」
「任せときやがれ!」
ラクリエルの励ましに応える姿を見て、俺とホスマニーが頭を抱えたのは言うまでもないだろう。




