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第7話 王立ミラド学園

「おーなー、お客様がお見えです」


 翌日が店休日の営業終了直後、バーサルが初老の紳士っぽい男性を伴って、厨房(ちゅうぼう)にいた俺に声をかけてきた。セルシアたちは(まかな)いの準備、他の者たちは後片付けや清掃などで(せわ)しなく動き回っている。


「貴方がこの店の店主ですか!」

「悪いか?」


「い、いえ、失礼しました。あまりにお若いので驚いてしまったのです」


 紳士は優しそうな笑顔を絶やさないまま、白髪交じりの頭を深く下げてきた。なるほど、バーサルが取り持つだけあって、不快な輩ではなさそうだ。しかし、だからと言って油断は出来ない。


「ふーん。で、誰だ?」


「おーなーはここから歩いて5分ほどのところに、ミラド学園というのがあるのをご存じですか?」


「ミラド学園? そう言えばそんな名前を聞いたことがあるな」

「彼はスコーラ、王立ミラド学園の学園長なんです」


「初めまして、スコーラ・ビントと申します」


 そう言えば以前、客が話していたのを思い出した。貴族も平民も受け入れるところで、優秀な成績で卒業すれば王城での仕事の口もあるそうだ。


「その学園長が俺に何の用だ? まさか学園に生徒として通えというのではないだろうな」


「とんでもない! おーなーさんなら、私が教わりたいくらいです」

「まあ立ち話もなんだ。そこに座れ」


 俺は4人がけのテーブルを指した。どうやら何かを企んでいる、というわけでもなさそうだったので、話を聞くくらいなら問題ないと思ったからである。


「セルシア、悪いが茶を出してくれるか?」

「はーい!」


「いえ、そんな、お構いなく。皆さんお忙しいようですから」


「気にするな。俺が飲みたいだけだ」


「おーなーは口はぶっきら棒ですが、心根のお優しい方なんですよ」


「バーサル、余計なことは言わなくていい」

「いえいえ、バーサルさんの言われる通りだと思います」


 そこへ、セルシアが紅茶を3つ運んでくる。俺が日本から持ち込んだ物だが、従業員たちも仕事が終わってからの1杯を楽しみにしている物だ。


「ありがとう」

「いえ、それでは」


 軽く頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに厨房へと戻っていった。


「今の方はもしや……」


「エルフだが、何か問題でもあるか?」


「いえ、私はエルフ族に偏見は持っておりませんので。しかし彼らは人を恐れると聞いておりましたが、あそこまで心を許しているとは」


「敵意を持った相手なら、人間だって同じじゃないか?」


「ごもっとも。おーなーさんは彼女を大切になさっておられるのですね」


「この店で働いている者は、セルシアさんに限らず全員おーなーを慕っているんですよ」

「分かります」


 だからそんなに褒めないでくれよ。さすがに居づらくなるぞ。


「いいから早く本題に入れ」


「済みませんね。年を取るとすぐに横道に逸れてしまう」


 スコーラ学園長の話は学校給食についての相談だった。ただ、この世界には給食などという制度は存在していない。これはあくまで俺が勝手にそう言っているだけである。


「週に1度、出来れば2度、このお店のカレーライスを子供たちに出してやりたいと思いまして」


「作り方を教えろと、そう言うことか?」


「いえいえ、滅相(めっそう)もない。それに我が学園には鍋を温める程度の、ごく簡単な厨房設備しかありませんから」


「では出前でもしろと?」

「でまえ?」


「作った料理を届けることだよ」


「ああ、なるほど。端的に言えばそうなりますが、運搬はこちらで行いますので」


「それで、子供たちの親から代金をせしめようと言う腹か?」


「それも違います。この話をお請け頂ければ、代金は王国から直接こちらに支払われることになっております」

「王国から?」


 スコーラによると、子供たちの中には満足に食事を()れず、腹を空かせたまま学園に通っている生徒が少なくないそうだ。


 学園は王立だけあって学費は安い。だから貧しい家の者でも、学力さえあれば入園は出来るとのこと。しかし一見裕福だと思われがちな貴族の子供さえ、内情が火の車というのは珍しくないらしい。


 そこで彼は王国に対し、昼の1食だけでも子供たちに配給出来ないかとの相談を持ちかけたそうだ。それに対する応えが、俺の店に相談しろということだった。絶対あの国王の差し金だよ。


「いかがでしょう。お店で出されている金額と同額を支払うと言われておりますし」


「何人分だ?」

「はい?」


「何人分を用意すればいいのかと聞いている」

「で、では!」


「勘違いするな。まずは人数を聞いて、可能かどうかを考えると言っているんだ」


 千人分なんて言われたら、とてもじゃないけど無理だからね。


「学園に通う子供はおよそ100人ほどです」


「大鍋で2つ分。それと米もいるか」

「それでは!」


「店で出している2日目のカレーライスは無理だ。あれは前日から仕込んでおく必要があるからな」


 客に出すだけでも毎日ほぼ完売してしまうのに、さらに学園の分まで作る余力はない。カレーを煮込むかまどが足りないのだ。


「と言いますと?」


「鍋を温める程度なら出来るんだよな?」

「は? ええ、はい」


 そこで俺は厨房の5人を呼んだ。話を請け負った場合、実際に負担がかかるのは彼らだからである。


「どうだ、出来そうか?」

「旦那様のご命令なら頑張りますが……」


 ところが、話を聞いたセルシアが珍しく尻込みしている。つまり現状では不可能と言わざるを得ないということだ。無理もない。朝は皆の賄いの準備もあるし、そもそも開店前の厨房に余裕などないのである。それに俺は、今以上に彼女たちに負担を強いるつもりもない。


「スコーラ学園長、済まないがやはり無理だ。諦めてくれ」


「そうですか……出来れば子供たちにもここの素晴らしい料理を食べさせてやりたかったんですが……」


「それは俺も同じ気持ちだよ。だが店の設備と従業員たちの負担を考えると、どうしても不可能と言わざるを得ないんだ」

「彼はうちの常連なんです」


 バーサルが、気の毒というような視線をスコーラに向けながら言う。


「そうだったのか。それなのに力になれなくて本当に申し訳ない」


「いえ、そんな。分かりました。話を聞いて頂けただけでもありがたいと思います」


 肩を落とした様子でスコーラは立ち上がると、俺に深く頭を下げた。本当に何とか出来ればしてやりたいが、こればかりはどうしようもない。だが――


「あの、よろしいでしょうか」


 突然、厨房の方から声が聞こえた。その時俺は、一条の光が射し込んだ気がしたのだった。

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