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第5話 柔らかい生き物たち

 その日、昼頃から春の嵐とも言うべき暴風が吹き荒れていた。しかもこのところの暖かさから打って変わって気温が一気に下がり、真冬並みの寒さとなっていたのである。


「この分だと夜は雪になるかもな」


 客の1人がそんなことを言うのは、空模様が怪しくなってきていたからだ。これでは行列している人たちも気の毒である。そこでひとまず俺は従業員用の食堂を解放し、順番がくるまでそっちで待機してもらうことにした。


「いや〜、おーなーさん、さすがだね!」


「ホントホント、あの寒い中で立ってたんじゃ凍死してもおかしくなかったよ」


「お前、いくらなんでもそりゃねえだろ。ねえ、おーなーさん」


「あはは。うちに来てくれるお客さんに風邪なんかひかせたんじゃ申し訳ないですから」


 そして予想通り、店の営業が終わる頃から降り始めた雨は、陽が落ちて暗くなると雪へと変わっていた。


「吹雪いてますね」


 休憩室の窓から外を眺めるバーサルの顔も曇っている。


「これで今日の者たちを帰したら、本当に凍死しかねないな」


(まかな)いを食べに来た人たちも、帰るに帰れないみたいです」


 食堂の様子を見てきたセルシアが、心配そうな声で言う。明日の仕事で来た者たちを含めて、食堂には現在30人ほどが集まっているそうだ。今日の仕事を終えた10人はここにいるので、その中には含まれていない。


「明日仕事の10人と皆はいつも通りとして、お前たちを入れて残り30人をどう振り分けるか、だな」


「私たちはここで休ませて頂ければ十分ですよ」


「そう言ってくれるのはありがたいが、働いて疲れているのに、ここでは体が休まらないだろう?」

「貧民街に比べたらこっちは天国ですから」


 青年の1人が屈託(くったく)のない笑顔で応える。彼の言葉通り、屋根も布団もあるここの方が貧民街より何倍も快適なのだろう。


「しかし男女で雑魚寝(ざこね)をさせるわけにもいかないしな。ホスマニー、ここの1部屋が空いているはずだが……」


「はい。ラクリエルさんたちが交代で毎日お掃除されてますので、いつでも使えると思います」


 部屋は6畳ほどの広さだし、5人で使えば多少の余裕も保てるだろう。俺は彼女に、今夜はラクリエルたち3人で1部屋に集まって、2部屋を解放するように伝言を頼んだ。これで15人は何とかなる。そっちは今日の面子(メンツ)と女性に使ってもらうことにして、残りは男性が10人と女性が5人だ。


「非常事態だからな。賄いを食べに来た者のうち、男性はこの休憩室を使ってもらう。それで済まないが女性については誰か、各自の部屋に1人ずつ泊めてやってくれないか?」


「私は大丈夫ですよ、おーなー」


「私も、部屋には着替えしかありませんから、頑張れば2人でも問題ありません」


 早速手を挙げてくれたのは、フェニムとアネルマである。もっともさすがに3畳の部屋に3人では窮屈だろう。そこに伝言を終えたホスマニーが戻ってきたので、俺は彼女にも1人引き受けてもらえないかと相談を持ちかけた。


「子供たちがいてもよろしければ、私が使わせて頂いている部屋は広いですし、残りの3人でも大丈夫だと思いますけど」

「いいのか?」


「いつもうちの子は私の布団に潜り込んできますから」


「ならそうさせてもらうか。セルシア、悪いけど今の話を食堂の皆に伝えてきてもらえるか?」

「はい!」


 寝具に関しては予備が十分にあるし、毛布もまだ片付けていなかったので凍えることもないだろう。皆を吹雪の中に放り出すことにならなくてよかったよ。それはいいとして――


「旦那様ぁ、寒いですぅ」

「ご主人様ぁ、寒いぃ」


 歩いてわずか1分程度の家路が、これほど遠く感じるとは夢にも思わなかった。


「すぐに風呂を沸かすから」


 頑丈に造られた我が家は、入った瞬間に凍りついてしまうのではないかと思えるほどの冷気に満ちていた。ひとまず暖炉に火を入れたが、すぐに暖かくなるわけではない。セルシアたち4人に毛布を被せて火に当たらせ、俺は浴槽に湯を張る。


「旦那様ぁ、暖めて下さい〜」


「ご主人様ぁ、私もお願いします〜」


「ご、ご主人様、失礼します!」


「おーなぁ、私も〜」


 居間に戻った俺に、毛布ごとセルシアが抱きついてきた。それを皮切りに、後の3人も一斉に続く。冷え切った俺の体に、柔らかくて温かくて甘い香りのする生き物たちが、前後左右からしがみついてきてくれたというわけだ。これぞまさしく地上の楽園、エデンの園でなくして何になろう。しかもイヴは4人、幸せ過ぎるよ。


「きゃっ! 旦那様、どこを触って……」

「あ、ごめん、わざとじゃないんだ」


 どうやらちょっと動かした手が、セルシアの胸に触れてしまったらしい。柔らかかった〜。


「い、いえ、少しびっくりしただけですので」


 だが、続く彼女の言葉に、俺は全身の血が沸騰したような感覚に襲われるのだった。


「お触りになりたければ……その、どうぞ……」

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