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第4話 レイラン(後編)

「おいおい、今度は何なんだよ」


「私が……私がもっと早くおーなーに出会えていたら……」

「うん?」


「夫と子供は死なずに済んだかも知れないのに……」


 そういうことか。確かに法力(ほうりき)を使えば、流行(はやり)(やまい)だろうと何だろうと癒すことは出来る。しかし今から半年前は、俺はこの世界の存在すら知らなかった。つまり、出会うこと自体があり得ないのだ。


「レイラン、それは違うぞ」


「何が違うと言うのですか?」


「お前の旦那と子供が生きていたら、この店で働くこともなかったんじゃないか?」

「それは……」


「絶望に打ちひしがれていたお前を、旦那と子供がここに導いてくれた。そう考えてはどうかな」


「夫と子供が……?」


 涙を溜めたまま、彼女は目を見開いて俺を見つめてきた。どうやら俺の言葉がしっかりと届いたようだ。


「私はグレインとギーサルに導かれてここへ……」


「グレインというのは旦那の名か?」

「はい。ギーサルは3歳の息子です」


 3歳と言えば可愛い盛りだっただろう。それを突然失った悲しみは、俺なんかには想像すら出来ない。


「そうか。なら2人に報いるためにも、一生懸命働いてこい」


「おーなー……はいっ! ありがとうございます!」


「ああ、それとな」

「はい?」


(まかな)いを食い終わっても、帰らずに残っていてくれ。話がある」


「お話、ですか?」

「いい話だと思う」


「いいお話……分かりました!」


 この後レイランは仕事に戻り、ミスをすることもなかった。


◆◇◆◇


「と言うわけで、皆の意見と俺の考えも合わせて、お前には貧民街に戻らずここに住んでもらおうと思うのだが、どうだ?」


 従業員用の食堂に皆を集め、レイランと向かい合わせに座った俺が、彼女に夜の営業の件も含めて昨夜まとまった話を伝えた。


「わ、私がここに住んで……」


「新しく宿舎を建てるが、それが出来るまでは1階のホスマニー母子(おやこ)の隣の部屋を使ってくれ」


「きょ、今日から住ませて頂けるんですか!?」

「ああ。ただし、明日も仕事だぞ」


「それはもちろんですが……もう、あそこには帰らなくてもいいんですね」


 彼女の目には涙が溢れている。今日はよく泣く日だこと。しかし彼女の貧民街での生活を聞くと、涙する理由にも肯くしかなかった。


 ここに日替わりでやってくる者たちは、貧民街でも互いに助け合っているらしい。それでも、夜まで一緒にいるということはないそうだ。屋根のある場所に住む者、どこかの軒下(のきした)にこっそりと潜んで過ごす者、落ち葉を集めて土の上で眠る者と、居場所は様々。そしてレイランは土の上で眠る中の1人だったのである。


 しかしそれは、彼女の女としてのプライドをズタズタに引き裂くものでしかなかった。しかも気温が上がってきた最近では、虫に首筋を()われて目が覚めることもしばしばだったという。だから何日かに1度の仕事の前夜が、唯一安心して眠れる日だったそうだ。


「これからは虫に怯えることもなくなるな」


「おーなー……何から何までありがとうございます!」


「ひとまず着替えなんかは明日にでも買いに行ってくるといい」

「着替え、ですか?」


「普段着やら下着やらが必要だろう?」

「でもそんなお金は……」


「金のことは心配するな。ホスマニー、済まないが明日、レイランを連れて市場に行ってきてくれるか?」


「はい。承知しました」


「子供たちにも菓子などを買ってやれ」


 そう言って俺は彼女に、銀貨を20枚ほど手渡した。ちょっとした衣料品と菓子程度なら、それだけあれば十分足りるはずである。


「いつもすみません」


「彼らにもいずれはここで働いてもらいたいと思ってるからな。そう考えれば安い投資だよ」


「ありがとうございます。あの子たちも、いつも一緒に働きたいと言っております」


「ま、働く前に、彼らにはもっと重要なことがあるけどね」


 それはいずれまた話すとしてだ。


「レイランには主に夜、店に出てもらいたいと考えているが、昼間の方がいいとかの希望はあるか?」


「いえ、私は働かせて頂けるだけでありがたいので、おーなーの指示に従います」


「そうか。まあ、実際は人員の確保が出来てから営業開始だから、それまでは今と変わらずだけどな」

「やはり夜はお酒も出すのですか?」


「酒については悩んだんだが、俺は未成年だから酒は飲めないし味も分からない。なのに客に出すのは失礼だろう? というわけで、当面は扱わないことにした」


「ミセイネン、とは何ですか? 旦那様」


 聞き慣れない言葉には、セルシアはすぐに反応する。


「ああ、俺の国では20歳未満の飲酒は禁じられているんだ。未成年とは、その20歳未満のことだよ」


「旦那様はてっきりお酒もお強いのかと思ってました」


「私も。ご主人様のお国では20歳が成人なんですね」

「でも、この国での成人は15歳ですから、ご主人様もお酒飲めますよ」


 ミルエナとワグーが不思議そうな顔をしながらセルシアに続いた。


「飲めても飲もうとは思わないけどね。そう言えばセルシアたちはいくつなんだ?」


「私は見た目通りの15歳ですよ、旦那様」


 胸を張って言っているが、小さいから12、3歳くらいかと思ってたよ。言わないけど。


「私とミルエナは16歳です」

「私は14歳です、おーなー」


「セルシアは1つ下で、ミルエナとワグーは俺と同い年か。ノエルンは2つ下なんだな」


「ご主人様と同い年! 私はてっきりもっと年上なのかと思ってました」


 おいおい、俺ってそんなに老けて見られてたのかよ。


「意外ですね。貫禄がおありですし背も高いので、20歳は過ぎてるかと思っておりました。もっとも私にはお若い方の年齢はよく分かりませんが」


「バーサルさんまで。俺はただの若僧だよ」


 この後、年齢の話題で盛り上がっているうちに、夜は更けていくのだった。

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