第2話 カップラーメン12個
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
正直驚いたよ。早九字は手刀を縦横に、空を斬るが如くに振る。だがその時、俺の指先が青白い光を放っていたのだ。
ちなみに彼女の足を治そうと念じた時、どういうわけか頭の中に10杯のラーメンが浮かんできた。これがじいちゃんの言ってた、腹が減るってヤツなのだろうか。だけどラーメン10杯なんて食えるわけねえじゃん。
「あ……」
「どう? まだ痛む?」
「あの……」
セルシアは右足を曲げたりつま先を立てたりしていたが、しばらくすると大きな目をさらに見開いていた。
「い、痛くありません!」
「本当?」
「はいっ! ちょっと歩いてみてもよろしいですか?」
「もちろん」
20畳の居間は、歩き回るのには十分な広さである。そこを彼女は色んな方向に歩いているが、これまでと違って足を引きずる様子は見受けられない。
「大丈夫です! 痛くありません!」
「ならよかった」
嬉しそうに駆け戻ってきた彼女に向かって両腕を広げると、躊躇なく飛び込んでくる。マシュマロのように柔らかい感触と、ほのかな甘い香りが何ともたまらない。まさに至福だ。
「だ、旦那様?」
だが、俺は急に眩暈を感じて、彼女にもたれかかるように体重をかけてしまった。俺たちの身長差は40cm近いと思う。それでも何とか耐えた彼女は、ただならぬ雰囲気の俺をソファに座らせ、泣きそうな声で肩を揺すってきた。
「旦那様! 旦那様!?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと眩暈がしただけだから」
「そんな! まさか私のせいで……」
「違う違う。それよりセルシアちゃん、頼んでいいかな」
「な、何でも! 何でも仰って下さい!」
「お湯を沸かしてくれる?」
「お湯……ですか?」
「そう。それとカップラーメン10個」
キョトンとした彼女も可愛いなどと思ったが、とにかく今は空腹で意識が飛んでしまいそうである。さっき頭に浮かんだのは、美味そうな有名店のラーメンだった。しかし、手っ取り早く腹に入れるならカップラーメンしかない。
「分かりました!」
慌ててキッチンに走っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、俺はまた不謹慎なことを考えてしまった。
「もうちょっとで見えたのに……」
◆◇◆◇
物凄い勢いでカップラーメン10個を平らげる俺を、セルシアは心配そうな表情で眺めていた。ちなみに量的に足りなかったのか、それでも空腹が収まらなかったので追加で2個、合計12個も食べてしまったよ。箱買いしてあってよかったとは思うが、当分カップラーメンは食いたくない。
それから俺は法力の件と、使えば腹が減ることを簡単に彼女に説明した。腹が減る部分に関しては笑いを取りたいところだったが、申し訳なさそうに彼女は言う。
「本当に、すみません」
「いいよいいよ。気にしないで」
「貴重な食べ物を私のような者のために……」
「いや、あれは安いから」
「でも、1つあれば1日生きられます」
俺は息を呑んだ。この後彼女は、これまでの暮らしを語ってくれたのである。
奴隷商の許にいた時に、食事を残したら3日間抜きにされた話は以前に聞いたが、そもそも彼女たちはどこにいても日に1度、食事を与えられればいい方だったそうだ。だから飢えを凌ぐために、口に出来るものは何でも口にしたという。
誰かに仕えて働いても給金などは貰えず、雨風をよけるために家畜小屋に逃げ込んだら、酷い体罰を受けたこともあったらしい。家畜に匂いが付いて売れなくなるから、というのが理由である。
幸いなのは、先の奴隷商にいたエルフが、彼女1人だけだったということだろうか。奴隷とは言っても、彼女以外はそこそこまともな扱いを受けているとのことだった。
「どうしてエルフはそんなに酷い扱いをされるの?」
「私には分かりません。物心ついた時から、あの人たちが言っていたように、妙な力を使って人を誑かしたり、財産や命を奪う害獣と呼ばれてましたから」
「変な意味に取らないでね。それでよくこれまで……」
「生きてこられた、と仰りたいのですね?」
「う、うん……」
「殺したら殺したで、祟りがあると言われてたんです」
「祟り?」
「ある人がそんなものあるはずがないと、エルフを拷問して殺したそうです」
「……」
「そうしたら次の日、その人が庭の木の枝に串刺しになって死んでいたとか」
想像するとかなりエグいな。
「警備隊の方が調べたそうですが、その人は木に登った痕跡もなく、手足に土もついていなかったということでした」
「だから祟りだって? バカバカしい」
「ば、バカバカしい……ですか?」
「大方屋根から落ちたとか、そんなところなんじゃない?」
「あ、なるほど」
「何はともあれ、セルシアちゃんが生きていてくれてよかったよ。じゃなきゃ、こうして出会えなかったわけだし」
「旦那様……」
うっとりした瞳で見つめられて、思わず目を逸らしてしまった。ちょっと勿体なかったかな。この雰囲気で彼女が隣にいたら、キス出来たかも知れないのに。
ところが俺の様子を勘違いしたのか、彼女は寂しそうに呟いた。
「申し訳ございません」
「何が?」
「その……旦那様を見つめてしまって……」
「いや、別に申し訳ないことなんて」
「私のような醜女に見つめられたら、気持ち悪いですよね?」
「は、はい?」
彼女をめちゃくちゃ可愛いと思っている俺には、全く理解出来ない言葉だった。
次回、ちょっとだけお色気回かも♡