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第1話 食い意地の張った悪魔

 厨房(ちゅうぼう)でセルシアたちと料理を作っていた俺は、店内の奇妙な空気に違和感を覚えた。知っている感覚、だが漠然としていて思い出せない。しかもあまり気分のいいものではなく、どちらかというと(むな)くそ悪い(たぐい)のものだ。そう考えていたら、向こうから勝手に素性を明かしてきた。


「久しぶりじゃな〜い」


 客の1人からろくろ首のように、俺の眼前へ顔が迫ってきたのである。しかしこの異常事態に誰も騒いでいないところを見ると、俺だけにしか認知出来ない事象のようだ。


「何しに来た?」


「ご挨拶ね〜。アタシを吹き飛ばしたクセに〜」


 そう、コイツは前にイノーガス男爵の屋敷で、キュアトさんの魂を喰らった悪魔だったのである。


「吹き飛ばした? この世から消し去ったはずだが?」


「そうよ〜。お陰で魔界に吹き飛ばされて〜、魔王様の顔に股間から突っ込んじゃって大変だったんだから〜」


 つまりこの世から消し去られたから、魔界に戻ったというわけか。俺としたことが、大失態である。どうでもいいが魔王にしこたま精気を吸われ、再生するのに今までかかったそうだ。腰をクネらせながら言いやがって、オカマかよ。


 それにしても魔界に魔王ときたか、面倒くさい。今すぐ魔界ごと完全に消し去ってやりたい。そう思って食事に換算を試みたが、思い浮かんだのは何頭もの牛の大群だった。おいおい、すでに料理でも何でもなくなってるじゃねえか。とは言え現実的かどうかは別として、不可能ではないということだ。


「物騒なことを考えてるみたいだけど〜」

「いいから何しに来やがったか答えろ」


「新しい料理屋が評判だって聞いたから食べに来たのよ〜」

「お前の主食は魂じゃないのか?」


「そうなんだけど〜、アタシ人間の食べ物にも目がないの〜」


 いちいち(かん)(さわ)(しゃべ)り方するヤツだな。


「なら食ったらさっさと魔界とやらに帰れ」


「つれないこと言わないで〜。仲良くしましょうよ〜」

「悪魔となんか仲良くするわけねえだろ」


「実は魔王様に言われちゃったのよ〜。貴方のこと話したら、間違っても手出しするなだって〜。前に何かあったのかしら〜」


 よくよく聞いてみると、魔王の体は半分以上が焼け焦げていて再生しないらしい。それが本当だとしたら、やったのは十中八九じいちゃんで間違いないだろう。だから俺に手出しをするなと言ったんじゃないかな。じいちゃん、魔王とまでやりあったってか。


「それなら尚更(なおさら)食ったらとっとと帰れ。言っておくが、うちの従業員と悪魔の契約なんかしやがったら、本気で魔界ごと消し去るからな」


「怖い怖い〜。そんなことしないわよ〜」


 そして悪魔は殊更(ことさら)顔を大きく見せながら言う。


「本当はね、面白いことが起こってるから教えにきてあげたのよ〜」

「面白いこと?」


「あなた〜、ピラーギルの(ぬし)を殺したでしょう?」

「そんなこともあったかな」


「あったかな、じゃないわよ〜。その主の母親が大激怒しちゃって〜、この国に大群で攻めてくるわよ〜」


「何だと!?」


「旦那様?」


 思わず大声を出してしまい、セルシアが驚いて俺の方に振り返った。それでも、彼女に悪魔の姿は見えていないようだ。


「どうなさったのですか?」

「い、いや、済まん。何でもない」


「お疲れでしたら少し休まれてはいかがでしょう? 後は私たちで出来ますから」


「そう? じゃ、悪いけどそうさせてもらうよ」

「はい」


 そうして俺は悪魔を連れて休憩室に入った。


「しかしピラーギルごときでは、王国の結界は破れないんじゃないのか?」


「そうなんだけど〜、すぐ傍に大群が押し寄せてきたら〜、門を開けて討伐(とうばつ)軍を差し向けるしかないんじゃないの〜?」


 結界が及ぶ範囲は門の外にも広がっており、そこでは農作業をしている人たちもいる。そんな彼らを護るためには、大きな門を開けて軍を外に出すしかない。しかしそれは同時に、結界に穴を開けることに繋がるのである。


「で、お前はそのことを俺に教えて、何の得があるんだ?」


「お魚退治を引き受けてあげようと思って〜。その代わり〜」

「その代わり?」


「アタシと契約しちゃわない〜?」


 やっぱりそう来たか。


「魔界ごと消し去られたいか?」


「じょ、冗談よ〜。主の魂を頂くのと〜、時々ここで食事するのを見逃してくれればそれでいいわ〜」


「食事ってのは人の魂のことじゃないだろうな」

(うたぐ)り深いわね〜。お料理のことよ〜」


「旦那様、よろしいですか?」


 そこへセルシアが遠慮がちに休憩室に入ってきた。俺に休めと言っておきながら彼女が来たということは、店が手に負えないほど混雑してきたか、彼女では対応出来ない何かが起こったということだろう。そして相変わらず目の前の悪魔の姿は見えていないようである。


「どうした?」


「警備隊の方が、大至急旦那様にお会いしたいと」

「分かった。すぐに行く」


 安心した表情で厨房に戻る彼女を見送ってから、俺は再び悪魔に向き直った。


「単に店でメシを食って帰るだけというなら見逃してやる。だが、俺の許しなくこの国の人たちの魂を食らったら……」


「しないしない〜。そんなことしないから〜」


「それなら話は終わりだ。魚の魂なんか好きなだけ食うがいい」

「よかった〜。それじゃあ、ピラーギルは任せておいてちょうだいね〜」


 どうやら悪魔は本当に店で食事をしたかったらしい。姿を消したと思ったら、店内に戻ってかき揚げ丼をお代わりしていた。


 それはそうと、俺に会いたいと警備隊員と共に店に来ていたのは、検問所の女兵士クルクレアさんだった。


「久しぶりですね、クルクレアさん」


「アキラ殿、助けてくれ!」

「一体どうしたんですか?」


遠見(とおみ)がまた黒っぽい煙のようなものが見えると言うんだ」


 さっき悪魔が言っていたピラーギルの大群のことか。


「それで?」


「またピラーギルの主が現れたんじゃないかって、戦々恐々としているのだよ」


「まあ、そうでしょうね。しかも今回のは前より大きな感じじゃないです?」

「あ、アキラ殿は何故それを……?」


「心配いりませんよ。それなら(じき)に消えてなくなるはずです」


 魔王直属の、しかも魔界で5本の指に入ると(のたま)う悪魔が、主とは言え魚の魔物ごときに後れを取ることはないだろう。俺は笑いながら言うと、さっさと厨房に入って仕事に戻った。


 それから数時間後、遠見はピラーギルの群の陰が跡形もなく消滅したと報告するのだった。

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