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第8話 つまみ食いはいけません

 かき揚げ丼とチキンライスがランチメニューとなったその日の閉店間際(まぎわ)、店で騒動が起こった。客の1人が大声で店員を怒鳴りつけたのである。


「おいっ! ここの店員は客の料理を(かす)め取って生きてるのか!?」


 言い分はこうだ。交代要員で来ていたバドルという男性店員が、(どんぶり)からはみ出したかき揚げを千切(ちぎ)って口に入れたというのである。つまり客に出すべき料理をつまみ食いした疑いがかけられたのだ。俺は厨房(ちゅうぼう)をセルシアたちに任せ、すぐさま騒ぎの渦中(かちゅう)に飛び込む。


「お前本当にそんなことをしたのか?」

「し、してません」


「ウソつくなっ! 俺はこの目でしっかり見たんだからな!」


「バドル、手を見せてみろ」

「えっ……あの……」


「いいから早くしろ」


 恐る恐るという感じで、彼は俺に手を差し出した。その右手の親指と人差し指の先が、微かに光っているように見える。


「セルシア、大至急かき揚げ丼を1つ作ってくれ」

「はいっ!」


「お客様、(ただ)ちに新しい物をお作り致します。本日のお代は頂きませんので、お好きなだけ召し上がっていって下さい」


「そ、そうかい。おかわりしても……?」

「タダです」


「ならまあ、この店は気に入ってるし、大事(おおごと)にはしたくねえからな。ただ、店員の教育だけはしっかりとしてくれよ」


「もちろん、そのように致します。寛大なお言葉とご指導を頂きありがとうございます」


「指導だなんて、そんなことおーなーさんに言われると照れるぜ」


 従業員の教育を怠るな、とは俺への戒めである。彼にそんな気はなくとも、これは指導以外の何物でもないということだ。


「他の皆様も、ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。お手元の料理は1度下げさせて頂き、新しく作り直させて頂きます。お代も本日は結構です」


「そこまでしなくてもいいぞ、おーなーさん」

「そうだよ、そんなことされて店が潰れたら困るからよ」


「下げたら捨てちまうんだろ? そんなの勿体(もったい)ねえよ。気にすんなって」


 俺の言葉に驚いた客たちが、口々にそんなことを言ってくれる。何とも心の温かい人たちだろう。それに、食糧が貴重であることは皆よく知っているのだ。


「お心遣い、ありがとうございます。ではご希望のお客様のみ料理をお取り替え致します。それ以外のお客様には、店休日に従業員たちが食べている(まかな)いの試食券を差し上げます」


「賄い?」


「店では出していない、従業員だけが食べられる料理です。メニューはその時のお楽しみですが、店休日の昼にお越し下さい。いつでも構いません」


「おーなーさん、それは美味いのか?」

「少なくともハズレはないと思いますよ」


 すると店員たちが思い浮かべるような顔で語り始める。


「らーめん、あれは何度食べても飽きません」

「からあげは正義! 何個でもいけます!」


 それは無理だと思うぞ。


「コロッケって、どうしてあんなに美味しいんでしょう」

「俺はハンバーグカレーかな」


「ハンバーグって、あの1日50食限定のハンバーグのことか?」


「そうですよ。ご飯の上にハンバーグを乗せて、そこにカレーを好きなだけかけて食べられるんです」


 おいおい、あんまり客にバラすなよ。


「お、お前たち! 毎日そんなに美味そうな物を食ってるのか!?」


「もはや生き甲斐(がい)ですね」


()()()ぞ! よし、俺は試食券をもらう!」

「俺も試食券なら遠慮なくもらう。てか、試食券以外の選択肢はねえだろ」


 店員と客たちのやり取りに思わず苦笑いしながら、バーサルを手招きで呼ぶ。


「バーサルさん、手間をかけて済まないが……」

「分かっております。試食券の用意ですね?」


「ああ、出来たら配ってくれ。バドルはそれを持ってちょっと来い」


 俺は騒ぎの発端となったかき揚げ丼と味噌汁、それにお新香が乗った盆を指して言った。


「はい……」


「じゃバーサルさん、店の方は任せたよ」

「はい、おーなー」


 バドルと共に奥の休憩室に入り、テーブルを挟んで向かい合わせに座る。すると居たたまれなくなったのか、彼は俺からふいっと目を逸らしてしまった。


「バドル、もう1度聞くが、本当にやってないのか?」

「やってません」


「ならその指に付いていた油は何だ?」

「これは……」


「仕事の前に食事もさせているはずだ。足りなかったか?」

「いえ、そんなことは……」


「この店の売り上げは必要経費を除いて、そのほとんどを貧民街で暮らす人たちのために使っている。それは説明したよな?」


「はい」


「仕事がない日でも1食だけだが、お前たちには賄いも出している」

「……」


「そう出来るのは誰のお陰だと思っている?」

「おーなーの……」


「バカか、お前は! その金は全て客たちが出してくれているんだ!」


「客が……」


「お前はそんな人たちに、後ろ足で砂をかけたんだぞ」


 うつむいて唇を噛んでいるバドルは、反省していると言うよりも悔しがっている雰囲気だった。あそこであの客が騒ぎ出しさえしなければバレなかったのに、くらいのことを考えているのかも知れない。


 と言うのも、実は前回彼がここに来た時、他の要員から客の料理をつまみ食いしているところを目撃したとの(しら)せを受けていたのである。もっともその時は証拠がなかったし、俺も疑いたくはなかったので不問にした。しかし今回ばかりは現行犯だから、看過(かんか)するわけにはいかないだろう。


「バドル、まずはそれを食え」

「え?」


「実は俺は食べ物を粗末にするのが大嫌いなんだよ。だからさっきの客の言葉は本当に嬉しかった。そういうわけでかき揚げ丼はお前が全部食え」


「いいんですか?」

「ああ」


「それじゃ遠慮なく」


 俺が考えていることも知らずに、彼はさっさとかき揚げ丼を完食して満足げな表情を浮かべていた。やはり反省の色は微塵も見えない。


「美味かったか?」


「え? ええ、少し冷めてましたが」


「そうか。それは済まないことをしたな」

「はい?」


 そして次の瞬間、彼は俺の言葉で顔から血の気を失うことになる。


「ここでの最後の食事だったのにな」

「お、おーなー……?」


「お前は2度とここに来ることは許さん。着ている物はそのままやるから、さっさと出ていけ」


「そんなぁ」


「話は終わりだ」


 肩を落として去っていくバドルの後ろ姿を見ながら、俺は1日も早く彼が性根(しょうね)を入れ替えてくれることを願うのだった。

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