第6話 皆の幸せが1番だよ
ハンバーグ定食とかき揚げ丼の2品がランチメニューとなった初日、開店前の行列はなかなかの人数となった。
まずハンバーグ定食50食分は列を分けてすぐに埋まった。これにあぶれた人たちは帰るかかき揚げ丼にシフトするわけだが、考えていた以上にシフト派が多かったのである。しかし帰る人も決して少なくはなかったので、カレーライスの人気が根強いのは間違いないだろう。
ライスやサラダのおかわり需要も、概ね予測通りだった。しかしかき揚げ丼を注文した客からの、半ライスと味噌汁のおかわりが激増したのは驚かされたよ。客の誰かが噂を広めたとしか思えない。まあ、損するわけではないから問題もないんだけどね。
それはいいとして――
「あれは何だ?」
ふと厨房から店内に目を向けると、1人の女性店員が中年の男性客に呼び止められて困った表情で応対していた。
「アネルマさん、またキンカーノ様に言い寄られてますね」
「アネルマが?」
アネルマと呼ばれたのは、この店の2階に暮らす女性従業員である。身分は平民で、他の者たちと同様に早くに両親を亡くしているそうだ。
身長は160cmほどで、深い緑色の髪をポニーテールにまとめている。少し目尻が下がった愛嬌のある瞳をしているが、俺から見ると美人には見えない。そんな彼女だから、常連客からは密かな人気を集めているとは聞いていた。
「アネルマ、ちょっといいか?」
「あ、はーい! すみません、おーなーに呼ばれましたので」
そんな声が聞こえた後、彼女は小走りに厨房にやってきた。
「お呼びでしょうか、おーなー?」
「奥の休憩室に行ってくれ。セルシア、後を頼む」
「はい!」
閉店まで30分を切った店内は、そこそこ空席が出来ていた。もうさほど客は増えないだろうし、店の皆に任せておいても大丈夫だろう。そう思った俺は、アネルマと共に休憩室に入った。
「あの、おーなー……?」
2人でテーブルを挟んで座ると、彼女がどこか不安そうな顔を向けてきた。
「もしかして、クビにされるのでしょうか?」
「うん? そういうつもりはないよ」
「よかった〜。私、ここのお仕事も皆さんのことも大好きで。とにかく一生懸命働いて、こんな生活をさせて下さっているおーなーにも、少しでもご恩返しが出来ればと思ってるんです」
「そう、ありがとう。これからも頑張ってくれ」
「はい! えっと……何故私はおーなーに呼ばれたのでしょうか……?」
俺は彼女を不安にさせないために、微笑みながら話を続けた。
「さっき客に何か言われてなかったか?」
「ああ、キンカーノ閣下ですね」
「キンカーノ……閣下?」
「ホルムレイノ男爵家のご当主様です。1年ほど前にお父上を亡くされて、それで爵位を継がれたと仰ってました」
「その男爵閣下がアネルマに何を言ってきてるんだ?」
「後妻に入ってくれ、と……」
「後妻?」
「3年前に奥様に先立たれたそうです」
自分の父親より先だったということは、死んだ妻はまだ若かったのだろう。とは言ってもアネルマは21歳と聞いている。対して男爵の方はどう見ても40半ば過ぎにしか見えなかった。もちろん、年齢の違いは何とでもなるだろうが、そんなことよりももっと重要な問題がある。
それは身分だ。彼女の身分は平民ではあるが、ここに来る前は貧民街で暮らしていた。だが相手は爵位を持った貴族である。それでも、本人が望んでいるというなら応援もしよう。しかしアネルマが幸せになるためには、2人とも相当の覚悟を決める必要があるのではないだろうか。
「アネルマはどうしたいんだ?」
「私、ですか?」
「うん。もし結婚したいと言うなら、全力で後ろ盾になってやるぞ」
「おーなーは国王陛下にも顔が利くんでしたっけ」
「そんなものに頼らなくても俺が……」
彼女を不幸にしたら消し炭にすると脅せばいいだけだ。ピラーギルの主を討伐した話は広く城下に伝わっている。それが俺の仕事だと明かせば、たとえ貴族といえども震え上がるに違いない。しかし、そんな俺の様子にアネルマはクスッと笑って応えた。
「ありがとうございます。でも、おーなーにご迷惑はおかけしません。私はまだ結婚なんて考えてませんし。それに……」
「それに?」
「他に好きな方がおりますので」
「そうなのか?」
「はい」
「店の者か?」
「それは内緒です」
内緒、ということはそういうことなのだろう。従業員たちには仕事さえ疎かにしなければ、社内恋愛は禁止しないと伝えてある。俺としては縁があってここにいる者たちが、全員幸せになってくれればそれでいいのだ。
「ではキンカーノとかいう男爵には俺から断ってやろうか?」
「大丈夫ですよ。それにおーなーが出てしまっては、閣下も立つ瀬がなくなるでしょうし」
「確かにそうか。アネルマは優しいんだな」
「優しさの代表のようなおーなーに褒めて頂けるなんて、自慢していいでしょうか」
セルシアたちもよくそう言ってくれるが、俺は自分が優しい人間だなんて思ったことはない。しかし屈託なく笑う彼女を見ていると、悪い気がしないのもまた事実である。
「困ったことがあったらいつでも相談してくれ」
「はい。ありがとうございます!」
仕事に戻りますね、そう告げて休憩室を出ていく後ろ姿を見送りながら、俺は彼女の幸せを願わずにはいられなかった。




