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第4話 決まったこと

「旦那様、明日からはカレーライスと入れ替えで、いよいよハンバーグ定食ですね!」


 かき揚げ丼の次は、ハンバーグ定食を出すことにした。ただしこちらは1日50食限定で、注文は1人につき1回のみ。その代わりライスの大盛りは無料で代金は1000円、つまり銀貨1枚である。付け合わせは和風ドレッシングをかけた生野菜サラダだ。従業員たちに色々な種類を試してもらった結果、和風ドレッシングが断トツで1番人気だったからである。


「私は()()()()()の方が好きなんですけど」


 言ったのはミルエナだ。彼女だけは家で朝食を食べる時のサラダにも、イタリアンドレッシングをかけている。ちなみに俺はどちらも大好きだ。


「でもご主人様、サラダだけでも十分におかずになると思うので、おかわりしたいと言う人が出てくるのではないでしょうか」


「それは考えられるな。サラダも白銅貨1枚で追加注文を受け付けよう。ハンバーグ定食を注文した客に限れば、それほど手間も増えないだろうし」


「1日50食ですもんね。1番早いお客様は何時から並ばれるんでしょう。風邪などひかないといいのですが」

「最近はだいぶ暖かくなってきているし、心配ないと思うよ」


 思えばセルシアと初めて会った頃、つまり俺がこちらの世界に足を踏み入れた時の季節は冬だった。それが今はもう春になり、共に暮らす女の子も彼女を含めて4人になっている。しかも1人はエルフ、1人は獣人(じゅうじん)で、全員俺のストライクゾーンど真ん中の可愛さというオマケまで付いているのだ。こんなにラッキーなことがあるだろうか。きっとじいちゃんも、生前はこちらでの生活を満喫していたに違いない。さっさと子供まで(こしら)えていたくらいだしね。


「さて、そろそろ寝ようか」


「では旦那様……」


「あ、うん、分かった」


 モジモジしながら立ち上がったセルシアに(なら)って、他の3人も頬を染めながら立ち上がる。実は店のオープンから2回目の店休の夜、こんなことがあったのだ。


◆◇◆◇


「旦那様、私たち話し合ったんです」

「うん? 何を?」


「旦那様に聞いて頂きたいお願いがあります」

「願い? 何かな?」


 そんなに改まらなくても、出来ることなら何でも聞くのに。もっとも彼女たちからすれば、俺は国王にすら意見する()(ごと)なきお方らしい。普段はかなり打ち解けて接してくれるが、何かあるとこうして正式な手順を踏んでくるのだ。


 とは言え、今回はどういうわけか全員顔を赤くして、今にも沸騰しそうな様相(ようそう)である。悪いことではなさそうだが、願いとは何だろう。


「だ、旦那様、その……」


「怒ったりしないから遠慮しないで言っていいよ」

「本当に、お怒りになりませんか?」


「あはは、大丈夫だって。何か壊しちゃったから許してほしいとか?」


「いえ、違います! それに旦那様は間違って物を壊しても、笑って許して下さいますし」


「わざとやったならさすがにちょっと怒るけど、皆そんなことはしないって知ってるからね」


 以前セルシアがコップを落として割ってしまった時、大泣きして謝る彼女を笑いながら慰めたことがあった。前に仕えたことのある貴族は、使用人が粗相(そそう)をやらかすと問答無用で拷問した挙げ句に放り出したそうだ。そんな恐怖が頭を(よぎ)ったらしい。


「聞ける願いなら聞いてあげるから言ってごらん」


「では、あの……」

「うん」


「お店がお休みの日の寝る前ですが……」


「今日とか?」

「はい」


「寝る前に、何かしてほしいの?」


「はい。こ、これから毎週、く……」

「く?」


「く、口づけをして頂きたいのです!」


「何だ、そんなこ……ま、毎週口づけ……!?」


「ダメ……でしょうか……」

「いや、その……」


 彼女たちの様子から、予想出来てもおかしくない願いだった。それをしなかったのは、外れた時に自分が恥ずかしいからである。だが予想が当たった今は、むしろ打算的な考えを巡らせた自分自身が恥ずかしい。そんな俺にセルシアは、4人を代表して一大決心で願いを口に出したのだろう。怒るどころか、こっちが謝りたい気分だよ。


「セルシア、それにミルエナ、ワグー、ノエルンも」

「はい!」


「本当に、ごめんな……」


「ごめ……やはり旦那様は私たちのことを……」


 刹那(せつな)、セルシアの瞳から涙がこぼれ落ち、残りの3人の顔にも落胆の表情が浮かんだ。あれ、何でだ?


「セルシア?」


「無理を言って申し訳ありません。いつも旦那様がお優しいので、私たちは少し調子に乗っていたようです。やっぱりお嫌ですよね……」

「はい?」


「いいんです。旦那様が謝られる必要はございません。お願いのことはどうか忘れて……」


 言葉の途中で彼女は床にへたり込み、そのまま声を上げて泣き出してしまった。そうか、あのタイミングで謝れば、聞いた方は願いを断られたと思うに決まっている。何という愚かな失敗を犯してしまったのだろう。


「ち、違うんだセルシア」

「旦那様?」


 俺はすぐさま膝を折って彼女を抱きしめ、謝罪を口にした経緯を正直に打ち明けた。それからしばらく沈黙が続いたが、セルシアはしゃくり上げながらも小さくつぶやく。


「では……口づけは……」

「もちろん、喜んで」


◆◇◆◇


 というわけで、今夜がその週1の口づけの日なのである。俺は恥ずかしがりながらも順番に体を寄せてくる彼女たちを抱きしめ、頭を撫でながら唇を重ねていった。


 ところが、部屋に戻って寝る準備を始めて間もなくノックの音が聞こえた。誰だろう。不思議に思いながらも、俺は静かに扉を開けるのだった。

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