第3話 雑炊って美味しいよね
かき揚げ丼を出すことになってから1週間、店先と店内に貼り紙で告知した甲斐もあり、休み明けの行列はかなりの長さに延びていた。今日から6日間のランチメニューはカレーライスとかき揚げ丼である。そして新メニューには味噌汁とお新香も付く。ところがそれがちょっとした誤算を生んだ。
「うめぇ! 店員さん、このミソシルってのだけおかわり出来ねえかな」
「オシンコウ、もう少しもらえねえか?」
そんな声があちこちから聞こえてきたのである。仕方なしに味噌汁のおかわりは1杯100円、つまり白銅貨1枚とした。お新香に関しては沢庵3切れだけなのでこちらは50円、銅貨5枚である。まあ、ここまでは想定内と言ってもいいだろう。
問題はその後である。かき揚げ丼を出してから5日目に、考えもしなかったことが起きたのだ。客の1人が丼にご飯を少し残し、そこに味噌汁をかけたのが発端だった。
「うめぇ、うめぇぞ、これっ!」
「何やってんだよ、お前?」
「店員さん、ご飯を半分くらいと味噌汁をおかわりって出来ねえかな」
「え? 半分のご飯ですか?」
「かき揚げ丼を食ったから、1杯だと多いんだよ」
「ちょっとお待ち下さい。おーなーに聞いてみます」
「おう、悪いな。あとオシンコウも!」
という感じで、日本では珍しくも何ともない味噌汁かけご飯だが、図らずも客自らが編み出してしまったのである。
しかし金さえ払ってくれるなら、どのような食べ方をしようと客の自由だ。それに無理難題を持ちかけられているわけでもない。俺は半ライスも白銅貨1枚で提供することにした。ただし、それだけを注文されても利益が上がらないので、半ライスはかき揚げ丼を食べてくれた人だけが追加出来る決まりにしたのである。
「確かにこれは美味いですね!」
店の仕事が終わってから、バーサルを始めとする何人かが味噌汁かけご飯に挑戦していた。
「ちゃんとよく嚙めよ。じゃないと消化に悪いぞ」
「おーなー、この食べ方をご存じなのですか?」
「俺の国ではわりと知られているんだよ。行儀が悪いなどと言う者もいるが、そこは価値観の違いだと思う」
「そうなんですか?」
「俺はご飯と味噌汁を一緒に鍋に入れて、溶き卵や豆腐を加えて煮る方が好きだけどな」
「旦那様、初めて聞きました!」
「雑炊と言うんだよ。一緒に煮るのは味噌汁に限らず、ご飯に合う汁ならけっこう何でも美味い。野菜なんかを足せば栄養も摂れるしね」
早速セルシアが鍋を準備し始めた。客に出した味噌汁の残りには、油揚げや豆腐などの具材も十分に入っている。
「旦那様もお召し上がりになりますか?」
「そうだね、もらおうかな」
「セルシアちゃん、私も……」
「セルシア、私の分も頼む」
「あの、出来れば私も……」
このやり取りに、他の従業員も食べたそうな表情をしている。しかし彼らにはしっかりと食べてもらいたい。俺たちは後で腹が減っても家に何かしらの食べ物があるが、ここにはそれがないからだ。
「雑炊で腹を満たしてもすぐにまた減るぞ。いつも通り賄いを食べて、雑炊は少しだけにしたらどうだ?」
「おーなーがそう仰るなら……」
「では私たちも先にお食事を頂きましょう」
この日の賄いは、店では出していない豚カツ定食だった。かき揚げを作った油の再利用というわけである。それを食べた後、いよいよ雑炊の試食会がスタートした。
「旦那様、どのくらい煮ればよろしいのですか?」
「ひと煮立ちさせれば十分だよ」
俺はセルシアの横に立ち、別の鍋に適量の味噌汁を入れて火にかける。すでに味噌汁は温まっていたので、そこにご飯を加えてほぐしながらひと煮立ち。後はセルシアが溶いた卵を回し入れて、もう少し煮れば完成だ。火を止めて、ミルエナたちが用意してくれた小さめの器に装って皆に配る。
「本当だ! ただご飯に味噌汁をかけるだけより何倍も美味い!」
ロムイの言葉に、フェニムも大きく肯いている。
「でも、あっつい!」
「おーなー、これをお店で出すと言うのは……?」
「時間が経つと米が汁を全部吸ってしまうからな。そうなるとふやけてしまってマズくなるんだよ」
とは言っても、実際は個人の好みの問題かも知れない。
「だから客に出すのは無理だな」
「これを食べられないなんて、お客さん可哀想……」
ノエルンが呟くように言うと、ドッと笑いが起きる。それから俺は、客に出した残りがある時は自由に夜食にしていいと伝え、女の子たちを連れて店を後にするのだった。




