第2話 かき揚げ丼
店のオープンから1カ月が過ぎ、季節はすっかり春を迎えていた。店休のその日、ラクリエルたちの宿舎が完成し、同時に従業員用の食堂も使えるようになったのである。
建物は木造平屋建てで、戸数は約6畳のワンルームが4つ。いずれもトイレと風呂を完備した、こちらの世界では非常に贅沢な造りとなっている。1戸多いのは、臨時で誰かを泊める必要が出た時のためだ。
食堂の方はおよそ20畳ほどで、それとは別にキッチンがある。10人以上が余裕を持って食事が出来る広さだ。
「兄さん、ここに俺たちを住ませてくれるって言うのか?」
「ああ、きれいに使えよ。空き部屋の掃除も忘れるな」
「分かった!」
「宿なしの俺たちが、まともに暮らせるってことですぜ、兄貴!」
「兄さん、これは夢じゃねえよな?」
「殴ってやろうか?」
「あはは、兄さんに殴られたんじゃ、命がいくつあっても足りねえよ」
ホスマニーも、今では多くの料理を覚えたようだ。先週の店休日ではまだ食堂のキッチンが使えず、店の厨房で試験的に食事を作らせたのだが、焼き魚や煮物などの料理は皆に好評だった。これなら十分に休日を任せられそうだ。
それはそれとして――
「なあアキラ、頼むよ」
「頼まれてもダメなものはダメです」
俺に擦り寄ってきているのはケントリアス・マーバイン、赤毛の戦士風の男だが本業は料理人である。最近ではギルドの依頼も彼の食指を刺激するような案件がなく、収入が途絶えて困っているそうだ。そこで繁盛しているうちの店で働きたいと言う。
「給金は日に銀貨50枚のところを30枚でいいからよ」
日給3万円も払えってか。冗談が過ぎるよ。
「それだけの金があったら、貧民街の50人以上が食事にありつけるんですよ」
「なら、俺を雇って客が増えれば今より儲かるし、貧民街の連中にももっとメシを食わせてやれるじゃねえか」
「ケントリアスさんを雇わなくても、うちは十分に儲かってますから」
料理の腕は確かだと思うけど、特に必要な人材ではない。
「ギルドのレストランにでも雇ってもらえばいいじゃないですか」
「人手は足りてるんだとよ」
「うちも足りてますんで」
実はここ最近、ケントリアスさんだけではなく、うちで雇ってほしいという人が後を絶たなかった。殊に料理人を名乗る者が大半を占めるのだが、彼らの狙いは分かっている。チキンライスとカレーのレシピがそれだ。
しかしチキンライスに使うトマトケチャップもカレーのルーも、俺が日本から持ち込んでいる物である。つまり店にはこれらを1から作るレシピなんて存在しないのだ。むろん、そんなことを教えるつもりはないし、ケチャップやルーを分けてやる理由もない。
そもそもこの店は、明日の生活さえままならない貧しい人たちの拠り所である。一旗揚げようなどと自分のことしか考えていない連中を雇う気など、全くないということだ。
「そろそろ新しいメニューと、夜の営業も考えないといけないかなと思ってるんだけど」
「どんなメニューになさるのですか?」
夜になってから、俺はセルシアたちと経営会議のような話し合いを始めた。チキンライスとカレーライスの2品だけでは、客にも飽きられ始めたようだ。現に行列は短くなっているし、仕込んだカレーが余る日も出てきている。
「ランチタイムのメニューは出来れば一新したいね。お前たちは何がいい?」
「旦那様に教えて頂いた料理はどれも美味しいですからね」
「でもお昼に出すのでしたら手早く作れて、お客様もさっと食べられる方がいいですよね」
「ミルエナの言う通りだな」
「うどんはいかがですか? あれなら消化もいいですし、カレーうどんにも出来ます」
最近賄いで出したうどんに、ランチで余ったカレーをかけたカレーうどんが、ワグーの大のお気に入りだった。店の者たちの中にもファンが多い一品である。
「いや、賄いで出したうどんは日本から買ってきたものだからね。客に出す量を持ち込むのは無理だよ」
それに少人数分ならともかく、大量のうどんを手打ちするとなると手間も時間もかかり過ぎる。
「私はすき焼き丼が食べたいです!」
「それなら私はカツ丼がいいです!」
「セルシア、それにノエルンも。ひとまず希望は置いておこうか」
セルシアはすき焼きの具の中でも、特に焼き豆腐に目がない。ノエルンはカツ丼もそうだが、豚カツなどの揚げ物が気に入っているようだ。しかし丼物はいい考えだと思う。
「かき揚げ丼ならどうだろう?」
「かき揚げ丼! サックサクで美味しかったです!」
「あ! この前の!」
ミルエナとノエルンが瞳を輝かせて言う。
「かき揚げならお野菜を切って衣を作っておけば、後は揚げるだけですもんね!」
セルシアも作り方を教えた時のことを思い出したようだ。
「カレーライスの人気は根強いから残すとして、次の休み明けからチキンライスと入れ替えようか」
「旦那様、それでしたら何かもう一品加えて、週ごとに順番に入れ替えるというのはいかがでしょう?」
なるほど、それはいいアイデアだ。カレーライスがない週もあれば、逆に食べたいという気持ちをそそる結果にもつながるだろう。
「よし。ならもう1つメニューを考えよう!」
こうしてまず、翌日の賄いでかき揚げ丼を出すことが決まった。
メニューを考えてたらお腹が減ってきました(^。^;)




