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第7話 行列が出来たのはいいんだけど

「セルシア、機嫌直してくれってば」

「知りません!」


 朝から彼女は俺と目を合わせようとしてくれない。店に向かっている今も、ずっとそっぽを向いたままである。昨日はちょっとやり過ぎたかな。ただ、俺の袖口を摘まんで歩いているので嫌われたわけではなさそうだ。よかったよかった。


 それはそれとして――


「何だこの行列は!?」

「あ、おーなー、おはようございます」


 間もなく店の建物が見えるというところで、長い行列が俺たちの目に飛び込んできたのである。どうやら開店待ちの人たちが並んでいるようだが、今はまだ朝の7時を過ぎて間もない。店を開けるのは11時の予定だから、彼らは4時間くらい待つことになるのだ。それなのにこんなに早くから並ばれて、出迎えてくれたホスマニーも困惑顔である。しかも行列はさらに延び続けていた。


「セルシアは朝食とカレー、ミルエナとワグーはチキンライスの準備を始めてくれ」

「分かりました!」


「ホスマニー、ロムイとフェニムは起きているか?」

「はい。あの子たちはもう食材の準備を始めてます」


「上出来だ。では済まないがうちに行ってラクリエルたちを呼んできてくれ」


「あの方々をですか?」


 彼ら3人は現在、詰め所の横に張られたテントで寝泊まりしている。セルシアが怯えるので常に警備隊の目に付くところに置いているのだが、そろそろちゃんとした宿舎を与えてもいいかも知れない。場所はそうだな、店の敷地内にしよう。そうすれば夜間の警備を任せられるし、セルシアからも遠ざけられる。一石二鳥だ。


「アイツらには行列を整理してもらう。カレーでもチキンライスでも、好きな方を食わせてやると伝えれば喜んで協力するだろう」

「分かりました」


「我々も何かお手伝いをしましょう」


 言ったのは、セルシア警護のために付いてきていた警備隊員のカルトスさんである。彼は同じく隊員のサブナレさんと共に、夜までの警護当番だった。


「手間をかけて済まない。2人にも(まかな)いを出すから行列の整理と、開店したら店の中の警備を頼む。混乱が起きなければ立っているだけでいい」


「承知しました!」


 それから俺も店の厨房(ちゅうぼう)に入り、セルシアの朝食作りを手伝った。客に出す分の米は9時半過ぎから炊きはじめればいいと思っていたが、開店時間を少し早めた方がいいだろうか。とは言え、皆の朝食のことなどを考えると1時間の前倒しが限界だ。それに余裕のない中ではトラブルが起こりかねない。やはり、ここは予定通りに進めるべきだろう。


 店のスタッフ全員が食事を終えた頃には、すでに9時近くになっていた。その後、自分たちが使った食器を洗う者、交代で焦げつかないようカレーをかき混ぜる者などの役割を決める。そんな時だ。


「兄さん、来てくれ! 俺たちじゃ手に負えねえ!」

「どうした?」


 突然店の裏口からラクリエルが現れた。それに気づいたセルシアが慌てて俺の後ろに隠れる。


「どうもこうもねえよ。貴族様が列に割り込んで大騒ぎなんだ。警備隊の言うことも聞いちゃくれねえ」


「おーなー、私が行きましょう」

「バーサルさん、大丈夫か?」


「この年寄りにお任せ下さい」


 言うと彼は一礼して、ラクリエルに付いていってしまった。本当に大丈夫なんだろうか。


 店の方針は身分に関係なく入店可能で、一切の差別はしないと(うた)ってある。これには貴族であろうと何であろうと、並ぶなら順番を守れという意味も含んでいるのだ。それなのに割り込みするなんて、全ての貴族がそうではないにしても、どこまで身勝手な連中だよ。


 ところが、今度は厨房にも聞こえてくるほどの悲鳴が上がった。やはり俺が出ないとだめか。


「セルシア、ちょっと行ってくるから後を任せる」

「はい。旦那様、お気をつけて」


 彼女に見送られて急いで外に出ると、なんとバーサルを含めたラクリエルたち4人が、1人の男の前に正座させられているではないか。しかも男は剣を抜いている。カルトスさんとサブナレさんが手出し出来ずに立ち尽くしているところを見ると、相手は高位の貴族ということだろう。


「何事だ!」


 俺は大声で叫び、今にも剣を振り下ろそうとしている男の動きを止めるのだった。

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