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第3話 理想なんだ

 2日目のカレーライスは思った通り、人足(にんそく)たちにもその連れの家族や恋人にも大好評だった。大きな鍋を4つも使って昨日から煮込んだカレーも、彼らの腹を満たした頃にはやはり、きれいさっぱりなくなっていたのである。


「2日目のカレーライスはランチ限定になるかも知れないな」

「らんち?」


「ああ、昼飯のことだよ」


 聞き慣れない単語の意味をセルシアが知りたがるのは毎度のことだ。そして、1度聞いたら忘れないところは、彼女の特技と言ってもいいだろう。


「セルシア、それからミルエナとワグーは(まかな)いを準備してくれ」

「はい!」


「フェニムは他の皆を集めて、休憩室の方に来てくれるか?」

「私はお手伝いしなくていいんですか?」


「うん。これからのことを話すから、皆と一緒に聞いてほしいんだ」


「分かりました、おーなー」


 休憩室で待つこと数分、すぐにフェニムがホスマニーを含めた他の10人を連れてきてくれた。彼女の子供たち、クラントとケラミーグルは、セルシア警護の名目でこちらに来ている警備隊員が面倒を見てくれている。


「さて、集まってもらった皆には、実際に店が営業を開始した後のことを話したいと思う」

「後のこと、ですか?」


 バーサルが、他の者たちを代表するかのように疑問を口にした。


「そうだ。俺が言うまでもないことだが、貧民街にはまだまだ多くの困窮(こんきゅう)した者たちがいる」


「はい。その通りです」

「そこで俺が考えていたのはこうだ」


 まずここに(きょ)を得た10人とホスマニー母子はそのままとして、毎日日替わりで10人程度を新たに貧民街から来させる、という案だ。その者たちには前日から1階の居住スペースに泊まってもらい、まず飯を食わせて風呂にも入らせる。そして翌日のランチタイムに働いて賄いを食べた後、次の日の者たちと交代して帰るという仕組みだ。


「ここに来れば都合3回の食事が出来る。それに風呂にも入れるし、夜はちゃんとした布団で休める」


「お店での生活は、我々にとっては天国です。本当におーなーには感謝しかありません」


「だがお前たち以外の者はここに住ませるつもりはない。まあ、店の状況次第ではあと数人は増やす可能性もないわけではないが」


 そこで彼らが担うべき役割は、そうしてやってくる者たちへの教育である。毎日のように入れ替わりで未経験の新人が入るのだから、その労力はかなりの疲労を伴うに違いない。


「ですがおーなー、仕事を終えた後はどうされるのですか?」


「安心しろ、1度食事をさせただけで貧民街の者たちが救われたなどと、偽善的な満足感に浸るつもりはない」

「と、(おっしゃ)いますと?」


「最初の仕事から次回までは、どうしても間が空いてしまうのは避けられないだろう。仮に100人の希望者がいれば、嫌でも仕事は10日毎になってしまう」

「はい、その通りです」


「だが、仕事がない日も食事はさせてやる、となるとどうだ?」


「え!? 仕事がないのに食事を、ですか?」

「そうだ」


 ただしそれは日に1度だけで、代わりに働いた日の給金は出さないという前提である。もちろん金を取るか食事を取るかは、本人に好きな方を選ばせればいいだろう。


「ですがそれですと、働かずに食事だけしようとする者が現れるのでは……?」


「俺はそういうずる賢い奴は嫌いでね。その恩恵に(よく)することが出来るのはちゃんと仕事をする人だけだ。次回の仕事を理由もなくサボった者は、2度と働かせないし食事もさせない」

「なるほど、そういうことですか」


「店が繁盛(はんじょう)すれば、客が支払ってくれる金で貧民街の人たちも救われる、ということになる。それが俺の理想なんだよ」


「おーなー!」

「素晴らしい!」


「私たちはその理想の一端を担わせて頂けるのですね!」


 共に暮らし始めてからまだ数日しか経っていないのに、皆から母のように慕われているホスマニーが瞳を輝かせながら言う。実際は彼女もまだ25歳だから、母親より姉と言った方がしっくりくるんだけどね。


「そういうわけだから、新人教育は大変だろうが頑張ってほしい」

「もちろんです!」


 そこに、セルシアたちが賄い料理を運んでくる。相変わらず彼らの主食は(かゆ)のままだが、おかずには卵焼きと野菜の煮物も付いていた。


「昨日頂いたカレーライス、ほんの一口だけでしたが、早くあれをちゃんと1皿食べられるようになりたいです!」


「それとチキンライスも! あんなに美味しい食べ物、私も作れるようになりたい!」


 フェニムの言葉にセルシアが目を細める。


「私が旦那様の味をしっかりとお伝えします」

「セルシアさん、お願いします!」


「それを聞くと、俺も料理を習いたくなってきたなぁ」


 言ったのは19歳のロムイという青年だった。赤い短髪が特徴で体も大きいから、栄養失調状態さえ抜け出せば、非常に頼りになる男性だと思う。


「そんなことを言ってロムイ君、フェニムちゃんにいいところを見せたいだけなんじゃないの?」

「なっ! ち、違いますよ!」


 フェニムは肩までの銀髪に、セルシアと同じくらいの身長で華奢(きゃしゃ)な体つきをしている。そんな彼女のあどけなさが残る丸顔が、俺には人懐っこそうで可愛らしく見えていた。ということはこの世界の人たちからすると少々残念な容姿のはずだから、ロムイは外見ではなく彼女の内面に惹かれたのかも知れない。


()()()()は禁止しない。だが、仕事を(おろそ)かにはするなよ」

「お、おーなー!」


 真っ赤になって抗議してくるロムイの姿を、頬を染めながらフェニムが見つめている。先のことは分からないが、2人が仲良く厨房(ちゅうぼう)で腕を振るう日がくることを、楽しみにすることにしよう。


「セルシア、貧民街に行ってくる」


「あ、はい。お気をつけて」

「うん、ありがとう」


 実はその日、貧民街にある広場で、店に関する説明会を開くことになっていた。それをギルマスのニーナ(叔母)さんに話したら、会場整理はギルドが担当してくれるという。しかも無報酬でいいそうだ。何か企んでいるようにも思えたが、どれほどいるか分からない希望者をまとめてくれるのだから、俺は甘んじてその提案を受け入れたのだった。

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