第1話 さあ、始めるぞ!
「皆、昨夜はよく眠れたか?」
10人の朝食はやはり粥だったが、梅干しの他にスクランブルエッグも付けて出した。セルシアではなくミルエナが作った物だ。
「はい! いつもは獣や毒虫に怯えながらでしたので、こんなにぐっすり眠れたのは初めてです!」
応えたのは60代の男性、バーサルである。実は彼には、他の若い者たちと異なる期待をしているのだ。
「それはよかった。寒くはなかったか?」
「頂いた毛布と掛け布団で私は十分でした。他の皆はどうだったかな?」
「大丈夫でした」
「私も、特に寒いとは思いませんでした」
「そうか。だが毛布も掛け布団もまだまだ数はある。ここではお前たちに我慢させるつもりはないから、必要なら遠慮せずに言ってくれよ」
「でも、どうして私たちにここまでして下さるのですか?」
バーサルが不思議そうな表情で尋ねる。
「若い彼らには未来もあるでしょうけど、年老いた私にまでというのが分からなくて」
「俺が弱い立場の人を放っておけないからだろうな」
力があるのに弱者に手を差し伸べようとしないのは、それ即ち悪だと考えてえる。
「それと年齢は関係ない。バーサルさんの年齢は確かに高いが、貧民街でそれだけ長く生きてきた経験はダテではないと、俺はそう思っているのさ」
「私などの経験がお役に立ちますかどうか」
「期待しているぞ」
言うと俺はその場で立ち上がった。
「せっかくの朝食が冷めてしまう。遠慮なく食ってくれ。今朝も粥にしたが、卵料理を一品付けた。かけられている赤いのは血ではないから安心しろ」
「では、いただきます」
「お、美味しい!」
「う、美味い! 美味過ぎてニヤけてしまう!」
ミルエナが作ったスクランブルエッグの評判も上々のようだ。
「食べながらでいい、聞いてくれ」
皆の手が止まり、10人の顔が一斉にこちらを向いた。
「お前たちに任せる仕事は主に接客だ」
「接客、ですか?」
「もちろんそれだけではない。ここは近々料理屋として営業を始める。お前たちはその従業員として働いてもらう」
「料理屋の……従業員?」
「注文を受け、配膳し、使用済みの食器を洗うなど、必要な業務の全てを任せる」
「で、でも料理なんか……」
「それは心配ない。当面は彼女たちが料理を担当する。ただ、この中で料理を覚えたいという者はいるか?」
「は、はいっ!」
手を挙げたのはフェニムだった。
「ではフェニム、お前はセルシアたちに料理を習え。セルシア、頼む」
「はい!」
「皆に清潔を心掛けろと言ったのは、ここが客に食べ物を提供する店だからだ。そのために自身はもちろんだが、店自体も常に清掃を怠らないでくれ」
「でも旦那様……」
これはセルシアではなくバーサルの言葉である。その呼び方は彼女だけにしておきたい。
「ああ、その旦那様というのはよしてくれ」
「では何とお呼びすれば?」
「オーナー、と呼んでくれればいい」
「おーなー?」
「外国の言葉でな、持ち主という意味だよ」
「なるほど、おーなーですね!」
一同もそれで納得してくれたようだ。
「それで、何だ?」
「私たちの中には身分が奴隷という者もおります。まして元は貧民街の住人です。そんな私たちが働く店に、果たしてお客さんは来てくれるのでしょうか」
「それなら心配ない。いずれこの店には、貴族ですら並ぶことになるだろう」
「き、貴族様がお並びに……!?」
「お前たちが昨夜と今食べている粥の味だがな、これは序の口にもならんぞ」
「えっ!?」
「ワグー、出来たか?」
「はい!」
俺の呼びかけで彼女が運んできたのは、1皿のチキンライスだった。それを味見してみると、しっかりとレシピ通りの味に仕上がっている。
「これは最初に客に出そうと思っている料理だ。ひと口ずつ食べてみろ」
「よろしいのですか?」
「ひと口だけにしろよ。まだお前たちの体調は万全ではないからな。ホスマニー、お前もいいぞ」
「はい。では……」
恐る恐るチキンライスを口に入れた者から順番に、悲鳴とも言えそうな声が上がり始める。
「んん〜!」
「ふごっ!」
「な、何だこれ〜!」
「う、うう、美味い!」
「だそうだ。ワグー、よくやった」
「ありがとうございます!」
ワグーの頭を撫でてやると、セルシアとミルエナが羨ましそうにしている。ミルエナも今朝はスクランブルエッグを担当したから、彼女の頭も撫でてやった。するとセルシアがちょっと膨れっ面になる。いつもは自分が1番なのに、くらいに思っているのかも知れない。
「セルシア、おいで」
「は、はいっ!」
しかし俺は彼女の頭は撫でずに、耳元でこう囁いた。
「昼に例の物を作ってくれたら、セルシアもいっぱい撫でてあげるよ」
「本当ですか?」
「うん、だから我慢出来る?」
「はいっ!」
頭を撫でるくらいどうということはないのだが、彼女たちはそれをご褒美のように思っている節がある。だったらそう振る舞った方が、3人も嬉しいに違いないというわけだ。
「朝食が終わったら、少し休んでから仕事の練習を始める」
今使った食器を洗うのも、その一環となるだろう。
「セルシアは人足たちの昼食をつくるから、フェニムは彼女の手伝いを。それ以外の者はミルエナとワグーの指示に従うように」
「はいっ!」
料理屋の営業開始は、明日の竣工式を終えてから1週間後の予定だ。それまでは造園工事に入る人足たちのうち、希望する者に昼食を提供することになっている。料金として白銅貨1枚を支払ってもらうが、日本円換算で100円程度だ。そのためすでに多くの希望者が集まっていた。もちろん大赤字だが、口コミ宣伝を期待してのものだから全く問題はない。それにプレオープン期間が終われば、確実に彼らも客になってくれるはずである。
「さて、他にやらなければいけないことは……」
「お兄ちゃん、遊ぼ!」
やってきたのはクラントとケラミーグルだった。2人とも俺の足にがっちりとしがみついている。
「こ、これ、失礼ですよ! おーなーとお呼びしなさい! 申し訳ありません、おーなー」
「あはは、構わんさ。よし、少しだけだぞ」
「わーい!」
この子たちが明るく元気に育つ未来に向け、俺たちは今、その第1歩を踏み出そうとしていた。
さて、セルシアは何を作るのでしょう。




