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第6話 新たなる旅立ち

 貧民街。そこでは主に平民や奴隷身分の中でも、特に貧しい者たちが暮らしていた。まともに屋根がある建物など皆無と言っていい。彼らの多くは明日の食べ物さえままならない、先行きの全く見えない生活を送っているのだ。


 もちろん王国も完全にほったらかしにしているというわけではない。何日かに1度は食糧を配給している。しかしそれを手に入れることが出来るのは力の強い者たちであり、本当に困っている人のためになっているかと言うと(はなは)だ疑問であった。


「そんな中からここに集まってもらっているのは、本当に困っているとこちらが判断したお前たちだ」


 建築が始まってからすでに20日あまりが経過しており、建物も明日には完成というところまできていた。季節は春の暖かさを迎えている。


「俺たちに一体何をさせようと言うのですか?」


「簡単だ。働いて飯を食ってもらう」


「わ、私たちに仕事をくれるのですか?」

「そうだ。まずは付いてきてくれ」


 真新しい建物に集まったのは、男女それぞれ5人ずつの合わせて10人だった。上は60代と思われる男性から下は13歳の少女まで、年齢もバラバラである。彼らは(あらかじ)め調査を行い、身寄りも住む家もないという基準を満たした者たちだ。そのような者は他にも大勢いたが、まず選ばれたのがこの10人ということである。


「ここは浴室だ。こっちが男性用でそっちが女性用になっている。中には新しい着替えを用意してあるから、まず風呂に入って髪と体をきれいにしてきてくれ」


「風呂? 今、風呂って言いましたか?」

「言ったが、それがどうした?」


「いくら暖かくなってきたと言っても、まだ水に入るのは辛い。体を拭くだけではダメなのでしょうか?」


「誰が水風呂に入れと言った? 湯が張ってあるからそれを使え」

「ゆ……湯?」


「シャンプーや石鹸(せっけん)の使い方は、男性にはここにいる人足(にんそく)棟梁(とうりょう)、女性にはホスマニーが教える。2人とも、頼んだぞ」


合点(がってん)でい!」

「かしこまりました」


「あの、しゃんぷーとは……?」

「髪を洗う専用の石鹸のことだよ」


 集められた者たちは呆気(あっけ)に取られていたが、棟梁とホスマニーに促されてとにかく浴室の中に消えていった。それから俺は休憩室として使う予定の20畳ほどの部屋に行き、待機していたセルシアに食事の用意を始めるように伝える。


「彼らは(うち)に来た時のホスマニー母子(おやこ)ほどではないが、やはり栄養失調気味だ。だから(かゆ)を作ってやってくれ」

「はい!」


「ミルエナとワグーは家に戻って、梅干しと果物を取ってきてくれるか?」

「分かりました!」


 米や卵などの基本的な食材は、すでに人足たちに手伝ってもらって運搬済みだ。


「荷物が重かったらジョシュニアさんに言って、警備隊に手伝ってもらうといい」


「大丈夫だと思います」

「頼んだぞ」

「はい!」


 ホスマニーも、彼女の子供のクラントもケラミーグルも、今ではすっかり元気になっていた。近頃は1日のうち、1食は粥ではなく普通に炊いたご飯を食べている。


「さて、話をする前に皆腹が減っているだろう」


 風呂から出てきた彼らの前には例の卵入りの粥と梅干し、中央には果物が置かれている。その香りに、皆ゴクリとツバを飲み込んでいた。


「まずは遠慮なく食ってくれ。食べられるならおかわりもある」

「よ、よろしいのですか?」


「ああ。本当は肉だの野菜だのを食わせてやりたいところだが、多分体が受け付けないだろうからな。だがその粥、美味いぞ」

「いただきます!」


 後から聞いた話だが、10人とも卵を食べたのはこれが初めてだったそうだ。梅干しの酸っぱさも、粥と一緒だと緩和されて余計に美味く感じられたと語っていた。13歳の少女に至っては、温かい物を口にしたこと自体が記憶にないと、食べながら涙をこぼしていたほどである。


「こんなに美味しい物を食べさせて頂いたんです。私たちに出来ることなら何でも致します!」


「そう言ってもらえると助かる。なに、難しいことをさせるつもりはないから安心してくれ」


 俺がそう言うと、全員が居住まいを正した。


「明後日には竣工(しゅんこう)式を迎え、本格的に仕事をしてもらうのはその翌日からとなる」

「どのような仕事なのですか?」


「ま、それは明日説明するとしてだ。お前たちは全員、帰る家も家族もないということで間違いないか?」

「え? あ、はい」


「なら今日からこの建物の2階が家となる。それぞれの部屋に当面必要な物も置いてあるから、今から案内しよう」


 皆はキョトンとしながらも、立ち上がった俺を見てそれに従う素振(そぶ)りを見せた。


 2階に造られているのは、基本的に単身者向けの小部屋である。間取りは3畳ほどしかないが、彼らには着替え以外の私物がほとんどないので、それで十分だろう。手洗いと洗面所は1階のものを共同で使ってもらうことになる。


「ここでは常に清潔であることを心がけてほしい。そのためにひとまず下着を5組、普段着る物を3組ほど用意した」


 言いながら俺は、13歳の少女にあてがった部屋の扉を開けた。そこには彼女用の衣類がきれいにたたまれており、布団や毛布などの寝具も整えられている。もちろん、下着は目に付かない。


「普段着に関してはとりあえず与えた物を使ってくれ。趣味に合わなくても我慢してほしい」


「そ、そんな……! 与えて頂けるだけでありがたいです!」

「お前、名前は?」


「フェニムと申します」


「そうか。ここがフェニムの部屋だ。入っていいぞ」

「私の……部屋……!」


 恐る恐る部屋に足を踏み入れた少女は、衣類の1つを広げて嬉しそうに胸に当てた。


「こんなにきれいな服を……頂けるのですか?」


「ああ。それはたった今からお前の物だ」

「私の物……!」


 他の9人も決められた部屋に入って、各々に与えられた物を見て感動しているようだった。


「下着は毎日変えること。洗濯は自分でするもよし、頼めばホスマニーが代わりにやってくれることになっている」


「あの……水代は……?」


「ここは川から引いた水を濾過(ろか)しているだけだから水代などいらん。好きなだけ使え」


「すごい!」

「洗濯までさせて頂けるなんて!」


 ただし飲むための水だけは、水瓶に貯めた煮沸(しゃふつ)済みのものを飲むように付け加えた。濾過だけでは雑菌はどうにもならないからだ。


「明日は仕事も含めて、これからのことを説明する予定だ。今夜はそれぞれの部屋でゆっくり休んでくれ」

「本当に、ありがとうございます!」


「まだ寝るには早いということなら、先ほど食事した休憩室を使うといい。ただ、あまり夜更かしはするなよ」


 そう伝えて、俺はセルシアたちを連れて家に戻るのだった。


次話から第7章に入ります。

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