第5話 4人でお風呂?
「アキラ様、聞いて下さい! 父上ってば酷いのです!」
昨日に引き続き、王城の謁見の間である。お姫様の呼び出しだというから応接室に通されるのかと思ったら、今回も玉座には国王が座っていた。ただし、どうやら主役はお姫様のようだ。彼女のただならぬ剣幕に、国王が小さくなっているように見えた。
「アンナ、何もアキラ殿に告げ口せんでも……」
「父上は黙っていて下さい!」
「はい……」
「姫様、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもありません! 先日アキラ様は私が望んでいると言って、父上からニホンのパンを頼まれましたよね?」
「ええ。間違いありません」
「昨日はそれを頂いたと思います」
「はい。使者の人に渡しました」
買いに行った店で品薄だったため、3つしか渡せなかったけどね。
「なのに父上は、お1人でそれを全部食べてしまわれたのです!」
「あらま」
「いや、1つだけにするつもりだったのだが、あまりに美味でな。気がついた時には……」
さらにお姫様は初め、パンのことなど知らなかったそうだ。たまたま国王が最後の1口を放り込んだところに出くわし、事の一部始終を白状させたのだと言う。
「私を出汁に使っておいて、酷いと思いませんか?」
「あはは……」
「そ、それでだな、大変申し訳ないのだが、アンナのためにもう一度パンを……」
「そんなことだろうと思って、今日は持ってきましたよ」
そう言って俺は、バッグからパンを取り出した。
「昨日は3つしか買えませんでしたけど、今日は5つ買ってきましたので仲良く食べて下さい」
「おお! なんと……」
「いいえ、父上。あれは全て私が頂きます!」
「あ、アンナ……それは……」
「昨日の罰です。よろしいですね?」
「はい……」
国王、可哀想に。まあしかし実の娘とはいえ、勝手に名前を使ったのだから当然の報いだろう。
「姫様、念のために言っておきますが、全部今日中に食べて下さいね」
「分かっております。そうしないと腐ってしまうと聞きました。夜までなら大丈夫ですか?」
「はい。日付が変わる前なら問題ありません」
この後俺は、パンの件は今回限りにするよう釘を刺してから城を後にした。
それから数日後。
「旦那、水路と1階の居住スペースが完成しやしたぜ」
「よし、行ってみよう」
知らせに来た棟梁と共に、俺はセルシアたち3人を連れて建築現場へと向かった。建物は彼の言葉通り居住スペースしか出来ていなかったが、住環境としては十分のようだ。浴室も備えており、薪をくべて火を入れれば温かい風呂にも浸かれる。
浴槽は大人5人が足を伸ばせる大きさで、男性用と女性用の2つに別れていた。ただし、それらは中で繋がっているので、風呂を沸かす時はどうしても両方同時になってしまう。片方しか使わない場合は薪の無駄遣いになるが、そこは致し方ないだろう。
また、水路はキッチリと地中に埋められており、外観からでは川から水を引いているとは分からないはずだ。これはイタズラ防止と招かれざる侵入者、虫や小動物対策も兼ねているのである。
「セルシアたちは中を見ておいで」
「はい!」
「先に仕上げてもらって手間をかけたな」
「な〜に、人足たちの寝泊まりに使わせてもらってるんだ。文句はありやせんよ」
「使い心地はどうだ?」
「まず飲み水に困らねえってのが最高だね。それから風呂だ! あんな贅沢が出来るなんて思ってもみませんでしたぜ」
仕上がった居住スペースは全ての工事が終わるまでの間、人足たちに一部の使用を許可したのである。それにより使い勝手も分かるので、こちらにとってもメリットがあるというわけだ。
そんなことを考えていると3人が戻ってきた。
「旦那様、お風呂が大っきいです!」
「あれならご主人様と私たち3人も、一緒に入れますね!」
「み、ミルエナ! ご主人様と一緒にだなんて恐れ多いぞ!」
「そ、そそそ、そうですよ、ミルエナさん! だ、旦那様がご一緒して下さるわけがないじゃありませんか!」
「ちょっと待った! 皆落ち着いて!」
何を言い出すのかと思ったら、全く困ったものだ。でもあれ、今の口ぶりだと嫌がっているのではなくて、むしろ望んでいるように聞こえたのだが。うん、気のせいに決まっている。
それにしても彼女たちとの入浴か。実現すれば洗いっこというより、俺は多分3人に一方的に体を洗われることになるんだろうな。マズい、想像したら鼻血が出そうだ。
「旦那様、大丈夫ですか? お鼻から血が垂れてますよ」
あ、出ちゃった。
甘い香りを漂わせながら、セルシアが俺の鼻を拭ってくれる。そんな光景をニヤニヤしながら眺めている棟梁に気付き、俺は照れ隠しでこう言うしかなかった。
「あっちを向いてろ!」