第4話 動きだす計画
「土地がいると聞いたが」
午後、王城の謁見の間では、俺が着くと早速リチャード国王が話を切り出した。
「家のすぐ近くに空き地がありましたけど、あれは誰かの土地ですか?」
「いや、空き地になっているなら王国の土地のはずだ。確認しなければ正確なことは言えんが」
「では確認して頂いて、王国の所有地なら譲って頂きたいのですが」
「その土地を何に使うのだ?」
そこで俺は、セルシアが提案してくれた内容を国王に説明した。
「なるほど、そういうことなら許可しようではないか」
「それから他にも必要な物が……」
「心得ておる。これは我が王国のためになることでもある。すぐに用意させよう。建物を建てる人手もいるのではないか?」
「それもお願い出来ればありがたいです」
「うむ。材料費や人件費なども王国が負担しよう」
「さすがは国王様、話が分かる!」
「微塵も思っておらんくせに」
この時俺は、初めて国王相手に心から笑えた気がした。封建制度の頂点に君臨する王族という身分は気に入らないが、個人として見れば気のいいオッサンなのかも知れない。
「ところでアキラ殿」
「はい?」
「ちと小耳に挟んだのだが、貧民街に配ったパンとやらが非常に美味であるとか」
配ったわけじゃないんだけど、もう国王の耳にも入っているのか。
「あれは警備隊にあげた余りものを、隊員が勝手に配っちゃったんですよ。まあ、そのお陰で今回の話が出てきたわけなんですけど」
「そういうことか。いや、余はいいのだが、アンナが食べてみたいと言って聞かないのだ。何とか1つ、出来れば2つ分けてはもらえぬだろうか」
お姫様を出汁に使ってるけど、本当は国王本人が食べたいと思っているに違いない。
「土地の件を快諾頂いたし、構いませんよ。明日の昼過ぎに家まで誰かを取りに来させて下さい。用意しておきます」
「そうか! 明日の昼過ぎだな!」
「いくつ渡せるかは分かりませんが、買えるだけ買ってきておきます。ただ、渡したその日のうちに食べて下さいね。じゃないと腐るんで」
実際はそんなに早く腐ってしまうことはないが、賞味期限は出来るだけ守った方が美味しく食べられるからね。
「やはり、ニホンの物なのか?」
「そうですよ」
「対価はいくらだ? 1つ金貨1枚で足りるか?」
「金はいりません。日本ではそんなに高い物ではありませんから」
「そうなのか?」
「ええ。では土地の件と他諸々、よろしくお願いします」
「うむ」
城から出る時に確認してもらいたい土地の場所を伝えたのだが、その日の夕方に権利証が届いたのには驚いたよ。国王、仕事早過ぎだろう。土地はうちから徒歩で1分とかからない場所だ。しかも広さは300坪くらいあるんじゃないかな。これで土台は手に入った。あとは建物の建築を急ぐばかりだ。
「セルシア、ホスマニー母子はどうしてる?」
「はい。食事を頂くだけでは申し訳ないからと、兵舎の掃除をされてます」
「そう。無理しないように伝えておいてね」
「はい!」
子供たちも一緒になって働いているそうだ。体調面が心配だが、働こうという意思は尊重したい。
そしてその翌日には、王国に雇われた人足の棟梁が挨拶にやってきた。すでに図面も出来上がっていて、俺が許可すればいつでも作業を開始できるという。
「2階の居住スペースはなるべく小部屋に分けてくれ。それと1階の手洗いも男女別に使えるように2つにしてほしい」
「するってえとここを削る感じになりやすかね」
「いや、男女の手洗いは離れていた方がいいから、ちょうど反対側に頼む」
「合点でさぁ」
言うと棟梁は、図面をたたみながら俺の顔をマジマジと見つめる。
「それにしても、近くの川から水を引いちまうってのには驚きやしたよ」
「水汲みの手間が省けるだろう?」
今回の建築には、新たに川の支流を土地に通す工事も含まれている。これにより常に水がやってくるようになるので、わざわざ汲みにいかなくても済むという寸法だ。しかも、途中に幾つかの濾過装置を設置するため、建物に届く頃には飲料水としても利用可能なレベルとなる。あとは殺菌のために煮沸すれば問題ないだろう。無論、下水として川に戻す水も濾過は怠らない。
「濾過装置は定期的に手入れが必要だからな。その仕事はお前たちに任せようと考えている」
「ありがてえこってす」
さらに水路が走る土地も空き地だったが、河川敷を含めてそこには公園が造られることに決まった。王国所有の物となるが、領民に無料で解放される予定である。この公園の維持管理のために新たに雇用が生まれるので、俺としても大歓迎の施策だ。
「造園の仕事も貰いやしたからね。人足たちも張り切ってますよ」
「よかったな」
「まったくでさ! これも全て旦那のお陰だ」
「休日には催し物をやって出店でも開かせれば、出店料などの収入も見込めると話しただけさ」
「それにしたって王国を動かしちまう旦那は、いってえどんなお人なんです?」
「外国からやってきたただの一般人だよ」
英雄と呼ばれるじいちゃんの孫だということは彼には言ってない。そんな肩書きは不要だからだ。
「じゃ、早速工事に取り掛かってくれ」
「任せといてくれ!」
そして昼一番に王国から使者が来たので、約束通り俺は買ってきておいたパンを渡した。すると夕方になって再び使者が現れ、今度はお姫様が俺に会いたがっていると言う。大方パンの追加要望だろうけど、いちいち聞いていたらキリがない。まあしかし、今回の件では王国にも世話になっているから、あと1度くらいはパシらされてやるか。
そう考えて俺は使者に、明日の午後登城すると伝えたのだった。




