第2話 土地がいる
「何の騒ぎだ?」
「あ、旦那様、あれ……」
悪魔退治を済ませた数日後の朝、俺は家の外がやけに騒がしいせいで目を覚ました。仕方なしに居間に行くと、その原因をセルシアが指さして教えてくれたのである。
「こんな朝っぱらからどうしたと……」
そこで俺は思わぬ光景に驚いてしまった。なんと門の前に人だかりが出来ていたのである。人数にして50人程だろうか。彼らの身なりは一様に粗末で、肌も荒れて痩せこけているではないか。おそらく貧民街の者たちだろう。
「アキラ様、アキラ様!」
その時、これまた騒がしく扉を叩く音と共に、ジョシュニアさんの叫び声が聞こえた。あの様子では、警備隊も収拾が付かなくて困り果ててしまったに違いない。
「セルシア、開けてあげなさい」
「はい」
「アキラ様、申し訳ございません!」
玄関に入ってきたジョシュニアさんは、腰を90度に曲げて謝っている。どういうことだ?
「実は先日頂いたパンを、隊員の1人が考えなしに貧民街で分け与えたのですが……」
「ああ、それが広まっちゃったってわけか」
けっこうな数があったからね。飢えている人たちの助けになったのならよかったと思う。
「本当に、申し訳ございません!」
「いや、いいよ」
「あんなに美味しい物を貧民街で配るなど……」
「美味かった?」
「それはもちろん! 今まで食べたどんな物より……まさかアキラ様もセルシア殿も、毎日あのように美味な物を……?」
「あのパンは非常食だよ。俺が長期間不在にすることがあった時のためのものさ」
「あ、あれが非常食……!?」
ジョシュニアさんが唖然としたまま固まってしまった。そんなに衝撃的だったのかな。
「それより今はあのパンはそんなにないんだよ。とても彼ら全員には配れない」
「そんな! アキラ様がそのようなことをなさる必要は……!」
「いや、しかし皆必死な思いで集まっているのだろうし、何か出来るならしてあげたいから」
「旦那様……!」
俺の言葉には、セルシアたちも感じるものがあったのだろう。3人とも涙目になりながら俺を熱く見つめていた。
「そうだセルシア、今からご飯を炊き直してくれる?」
「ご飯を、ですか?」
「うん。炊飯器2つ使って炊けるだけ」
元々ここにあった炊飯器は三合炊きの物だった。しかしミルエナとワグーが増えたことにより、それでは心許なくなってしまったのだ。そんなわけで俺が新たに五合炊きの物を追加購入していたのである。加えて米もごっそり買い置きしてあるのだ。
「彼らにおにぎりを配ってあげようと思う」
「まあ!」
だが、1人当たり半合としても、1度に配れるのは16人までだ。多くの人に配ろうとして1人分を減らしてしまっては、空腹が満たされず本末転倒になってしまう。俺には食べられるだけありがたいと思え、などという考えはない。満足とはいかないまでも、それなりの量は食わせてやりたいのである。
「ジョシュニアさん」
「は、はい!」
「食べ物は配る。だけど1度に配れる量には限りがあるんだ」
「もっともです!」
何がだよ。
「そのことを彼らに伝えて、大人しく待つように言ってほしいんだ」
「それは構いませんが……本当によろしいのですか?」
「構わないさ。ただ……」
早い者勝ちということではなく、まずは体力がない年配者や子供を優先したいということを付け加えた。
「それと、今集まっている人たちには全員に食糧を配るけど、毎日来られても困るからね」
「仰る通りです」
「今日だけだということも伝えてほしい」
「分かりました」
しかし、貧民街の人たちが飢えで命を落とすのは忍びない。食糧を配るなどという付け焼き刃ではなく、根本的な解決策を模索する必要があるだろう。彼らが慢性的な貧困から抜け出すためには、何か仕事を与えなければならない。だが、そう簡単に見つかれば苦労などないのだ。何かいい案はないものだろうか。
飢えから解放され、しかもちゃんと自分で稼げる方法があればいいのだが。
「旦那様、こういうのはいかがでしょう?」
ところが、無意識に呟いた俺の言葉を聞いて、セルシアがポンと手を打ちながら彼女の閃きを話してくれた。なるほど、それなら彼らにも可能かも知れない。
「いいね、それ」
「お役に立てましたでしょうか」
「もちろんだよ。早速国王に土地を融通してもらおう」
「こ、国王様にっ!?」
セルシアは驚いているが、彼女の提案を実現するためには、まず土地を手に入れなければならない。それもここから遠くない位置にあり、更地であればなお好都合である。
「ジョシュニアさん、そういうわけだからお城に遣いを出して国王に会えるようにしてくれるかな」
「陛下に、ですか?」
俺が直接訪ねてもいいんだけど、今回はこっちからの頼み事だからね。本来の手順通り、正式に謁見を申し込むべきだろう。
「日時を聞いてほしい」
「あの、お会い頂けるのが前提ですか?」
「当然。もし拒否したら、今後は何があっても王国のためには働かないと言えばいい」
「そ、そんな恐れ多いことを!」
「ジョシュニアさんたちがここにいられるのも、国王の顔を立ててのことだって忘れないでね」
「はっ……! しょ、承知致しました!」
少々高圧的になってしまったが、元はと言えば警備隊員が貧民街でパンを配ってしまったのが原因なのだ。そのくらいは働いてもらってもバチは当たらないと思う。
そして、国王との謁見は翌々日の午後と決まった。




