第1話 バレちゃった
「アキラ殿、悪魔退治、大儀であった」
「はあ。あ、そう言えば家への連絡は?」
「シューバに命じた。心配はいらぬ」
俺が2千人分の肉を食い終えた時、すでに日付は切り替わっていた。しかも100人分の追加が発生したため、窓の外にはすでに夜の帳が下りている。シューバさんが知らせてくれているなら、ご飯を待ってひもじい思いはさせていないと思うが、不安になっているのは間違いないだろう。それに俺も、一刻も早く彼女たちの許に戻りたい。
「オラゴの件は残念としか言いようがないが、悪魔退治で犠牲になったのが彼1人だけと言うのは大きな成果だ」
あの人、オラゴって名前だったんだ。
「国王様、今1人だけって言いました?」
「言ったが、それがどうした?」
「国王様にとって、彼は雑兵の1人に過ぎないかも知れません。でも、彼に家族や友人はいなかったのですか?」
「いや、そのような報告は余の許には届いておらん」
これだから王侯貴族という輩は好きになれないのだ。必要な物や情報は、何でも向こうからやってくると思ってやがる。
「考えてみて下さい。王国を救えるほどの力を持った俺のじいちゃんと、そちらのアンナ姫。どちらか1人しか救えないとしたら、国王様はどちらを救いたいと思いますか?」
「それは……」
「きれい事は求めてません。本心でお答え下さい」
「そういうことなら、アンナに決まっている」
「オラゴさんでしたっけ。彼の遺族も同じなんですよ。たとえ彼の犠牲のお陰で王国が救われたとしても、唯一無二の存在である彼が帰ってこなければ意味がないんです」
「いや、しかしオラゴには2階級特進の栄誉を与えることになっておるし……」
「アンナ姫が全世界の最たる存在として崇められるなら、死んでも構わないと思われるのですか?」
「父上、アキラ様の仰られること、私にはよくわかります」
「アンナ……」
「そのオラゴさんと言う方のご遺族には、陛下自らがお悔やみを申し上げなければならないかと存じます」
「そんなことをしたら、この先全ての兵士に……」
「気持ちの問題だと言っているのです。もし俺がいなかったら、今回の悪魔退治で王国軍にどれだけの犠牲が出ていたと思いますか?」
あの悪魔はキュアトさんを通じて人心を操っていたのだ。そんな奴が相手では、普通の人間がまともに戦って勝てるわけがないのである。
「それはだな……」
「全滅してたでしょう。なのに今回命を落としたのは彼1人だけでした」
「……」
「ま、俺は王国に意見を述べる立場ではありませんからね。ただ、俺にとっては国王様やお姫様より、セルシアたちの方が大切だということです。今回の悪魔退治も、彼女たちに累が及ばないようにするためだったんですよ。王国のためなんかじゃない」
「アキラ殿からすれば、余やアンナは奴隷娘以下ということか」
「彼女たちはエルフと人間です。次に奴隷呼ばわりしたら、たとえ国王様でも容赦はしませんからそのおつもりで。それでは、失礼します」
俺は悪魔退治の報酬として受け取った、金貨30枚が入った小さな革袋を懐に収める。そして踵を返すと、そのまま王城を後にするのだった。
「旦那様!」
「セルシア、ただいま」
ようやく家に帰ってきた俺は、いつもの如くセルシアから熱烈なハグを受ける。
「ただいま、ではありません!」
はずなのに、何故か彼女は腰に手を当てて仁王立ちである。その後ろにはオタマを持ったミルエナと、ミトンをはめたワグーもいた。
「え、なに、どうしたの?」
「旦那様、どんなお仕事をなさってこられたのですか?」
「あ、いや、それは……」
「悪魔退治、ではありませんか?」
「ど、どうしてそれを?」
「シューバ様から聞きました。悪魔を退治した旦那様は2千枚のお肉を食べなければいけないから、帰るまでに時間がかかると」
シューバさん、バラしちゃったのかよ。口止めするのを忘れたのは俺だけど。
「いや、あのさ……」
「私たちがどれだけ心配したとお思いですか!?」
「ごめん。でもほら、今回はかすり傷1つ負ってないし」
「そういう問題ではありません! 兵士の方が1人、お亡くなりになられたそうですね」
「うん……」
「旦那様が付いていたのに、人が死んでしまったなんて……それがもし旦那様だったら……」
言いながら、彼女はようやく俺の胸に飛び込んできた。
「旦那様が死んでしまわれたら、この先私たちは何を希望に生きていけばいいんですか?」
「セルシア……」
「よかった……帰ってきて下さって本当によかった……」
声を隠さずに泣き始めた彼女の姿に、ミルエナとワグーも俺の許に駆け寄ってきて泣き出した。なんか幸せだな。
俺は彼女たちの体温を感じながら、不謹慎にもそんなことを考えてしまうのだった。
次話より第6章に入ります。
章タイトルはしばらく、未定とさせて下さい。




