第13話 悪魔を倒した実感がない
「何だこれは!?」
「で、出口がないぞ!」
イノーガス男爵の屋敷に着いた俺たちは、まず10人程で敷地に入ることにした。さすがに100人もの兵士が一斉に、というのは不可能だったからである。
ところが、門の中に一歩足を踏み入れた瞬間、俺を含む先発隊は異様な空気に包まれていた。庭の草木は枯れ果て、建物の壁は朽ちていてまるで廃墟さながらだったのである。しかも、たった今通ったばかりの門が跡形もなく消えていたのだ。これでは不測の事態が発生しても、兵士たちを逃がすことが出来ない。
ここに入ったが最後、2度と外には出さないということか。敷地に入る前は先日来た時と同じ外観だったのに、どうやら悪魔の幻術と見て間違いないだろう。
「建物の中から女の声が聞こえるぞ!」
「本当だ……」
兵士たちの言う通り、俺も女性の喘ぎ声に気づいていた。本来なら彼らをここに待機させておきたいところだが、俺から離れた彼らの許に悪魔が現れたら最悪だ。
「皆、一塊になれ。俺から離れるなよ」
「わ、分かりました」
「中に入るぞ」
屋敷の扉は、殊の外軽く開いた。ところが一歩中に入ったところで、俺たちはおぞましい光景を目の当たりにすることになる。
広間の中央で男爵令嬢のメリノーラさんが、使用人のキュアトさんに犯されている真っ最中だったのだ。それだけではない。おそらくこの屋敷で働いていると思われる女性数人が、全裸のまま脚を大きく開いて横たわっていたのである。彼女らは一様にすすり泣いていたが、それを眺めながら行為を続けるキュアトさんの目は、常人とは思えないほど血走っていた。
「キュアトさん……」
「ああん?」
思わず呟いた俺の声に気づいた彼が、面倒臭そうにこちらに体ごと顔を向ける。その時初めて、連れてきた兵士たちは彼の胸の鎖に驚き、言葉を失って呆然と立ち尽くしていた。
「やあ、貴方は確かギルドの……えっと、誰でしたっけ?」
「助けて……お願い!」
「お嬢様もお前たちも、まだまだたっぷり可愛がってやるから大人しく待ってろ」
彼はそう言い捨てるとメリノーラさんから体を離し、そのまま立ち上がって覚束ない足取りでこちらに向かって歩いてきた。もちろん彼も全裸である。
「ギルドの貴方も兵隊さんたちもどうです? この女たち、好きにしていいですよ」
「キュアトさん、イノーガス男爵はどうしたんです?」
「イノーガス……? ああ、あれならほら、あそこ」
彼は天井を見上げながらそちらを指さす。そこには、首に縄をかけて吊された男爵の無残な死体が揺れていた。
「貴様! 使用人の分際で主を手にかけたのか!?」
「あっはっは、嫌だなぁ、兵隊さん。僕がそんなことするわけないじゃないですか。男爵閣下は自分で首を吊ったんですよ。命じたのは僕ですけど」
「何だと!?」
「この屋敷の中で僕に逆らえる人はいないんですよ。試してみましょうか? 兵隊さん、その剣で自分の喉を突いて下さい」
「な、何……を……?」
「よせ! 臨・兵・闘……」
だが、咄嗟のことに俺の早九字は間に合わなかった。キュアトさんに命じられた兵士はすぐさま剣を抜き、自分の喉に突き立ててしまったのである。辺りに鮮血が飛び散る中、やがて彼は崩れるように膝を付き、そのまま帰らぬ人となっていた。
浅はかだった。男と口づけなんて反吐が出るほど嫌だが、それを押してでも彼らに庇護の結界を与えておくべきだったよ。そもそも俺はどうして彼らを連れてきてしまったのだろう。あの時、頑なに同行を拒んでいれば、こんな犠牲は出なかったはずだ。
「悪魔め、姿を現せ!」
「ギルドの人、悪魔なんているわけないじゃないですか」
怒気を含んだ俺の言葉に、キュアトさんがヘラヘラと笑いながら両手を広げる。だが、彼がそうしているうちに俺は早九字を切って、誰の命令も受けないよう自分に結界を張った。ただし、そのせいで肉を100人分追加である。自分への結界でそれだけ法力を消費するということは、今回の悪魔が手強いことに他ならない。
「ギルドにもそう伝えたはずですよ」
「そうか。ならば貴様が悪魔そのものということだな!」
「何を言ってるんですか。そんなことより楽しみましょうよ。彼女たちもこうして脚を開いて待ってるじゃありませんか」
「助けて下さい! お願い!」
「うるさい! 黙れ!」
キュアトさんが叫ぶと、助けを求めた女性の口が消えしまった。何という魔力だ。彼女の鼻から下がのっぺらぼうになってるよ。
「いい加減にしろ!」
これはもう、問答している場合ではない。俺は悪魔が宿っていると思われる彼の胸の鎖を消し去るため、すぐさま早九字を切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
「ぐぎゃあぁっ!!」
ところが次の瞬間、キュアトさんの胸にハンドボール大の風穴が開いていたのである。鎖だけを狙ったはずなのに、これは一体どういうことだ。
「あ〜ら、殺しちゃったのね〜」
しかし、彼が死んだことにより、とうとう悪魔が正体を現した。
青紫色の肌に赤い瞳、その中に金色の瞳孔を縦に開いた、見ているだけでも気持ち悪い顔である。唇も紫色で頭には山羊のような角があり、全身を包む黒いマントは悪趣味としか言いようがない。
「もう少し味染みにしたかったけど、まあいいわ〜。魂、いっただきま〜す!」
「お前、どうやって結界を抜けてきた?」
「あら、や〜ね〜。アタシこれでも魔王様直属で〜、魔界でも5本の指に入る悪魔なの〜」
「魔王直属……だと……!?」
これにはさすがの王国兵士たちも、血の気を失い後退っている。だから最初に付いてくるなって言ったのに。誇りとやらは掃除機にでも吸い込まれちまったのか?
「だから〜、あんな結界? ないのも同じないのよ〜」
「そうか。だが残念がだったな。6番目の奴が昇格するみたいだぞ」
「何を言っているのかしら〜?」
「この世から消え失せろ! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
「えっ!? あら? あら〜?」
早九字を切り終えた時、悪魔の姿は霧散する如くに消えていた。だがおかしい。あまりにも手応えを感じなかったのだ。
しかし、奴が消えたことにより屋敷内は元の姿を取り戻していた。同時に女性たちも、キュアトさんの束縛から逃れられたようである。
「アキラ殿!大丈夫ですか!?」
「屋敷がいきなり光ったので、何かあったのかと!」
そこへ、敷地外に待機させていた兵士たちが一斉に飛び込んできた。彼らは眼前に広がる光景に戸惑っていたが、その中の何人かは女性に布を羽織らせている。
「アキラ殿、やりましたね!」
「お見事でした!」
「さすが、英雄ゼンゾウ様のお孫さんだ!」
事の一部始終を見ていた最初に連れてきた兵士たちが、口々に俺を褒め讃えている。だが、キュアトさんの命令で命を落とした兵士は横たわったままだ。
「俺のことより、犠牲になった彼の亡骸を何とかしてあげたらどうです?」
俺はそう吐き捨てると、屋敷を出て、王城へ送り届けてくれる騎兵隊の馬に跨がるのだった。




