第12話 お肉は配達出来ないらしい
章タイトル変更しました。
あと、次話で第5章は終了となります。、
「旦那様、シューバ様がお見えになっていらっしゃいますが」
「お、来たか。すぐ出るよ」
「かしこまりました。では詰め所でお待ち頂くようにお伝え致します」
「うん。お願い」
アンナ姫と会ってからすでに4日が経過していたが、シューバさんが来たということは2千人分の肉の用意が出来たか、目処が立ったのだろう。
「今日はそのまま仕事に出るかも知れないから」
「ギルドのお仕事ですよね?」
「うん」
「それに王国が関係しているのですか?」
「まあ、そんなところ」
「旦那様、まさか危険なお仕事では……」
「心配しなくて大丈夫だよ」
悪魔退治だなんて言ったら、絶対止められるよね。でもそれは王国のためというより、セルシアたちを護るためという方が、目的としては正しいのだ。悪魔なんかを野放しにしたら、いずれは彼女たちにも累が及ぶ危険性がある。それだけは何としても阻止しなければならない。
「夕食までに帰らなかったら、先に食べていて構わないからね」
「本当に、危険はないんですね?」
「大丈夫だって」
不安げな表情で袖を掴むセルシアを、俺はそっと抱き寄せて頭を撫でた。
悪魔退治はそれほど困難ではないだろう。最高級肉を2千枚も必要とする法力を使うとは言え、あくまで結果論だ。あの時おぼろげに見えた悪魔の姿は醜悪そのものだったが、ヤツを消滅させるイメージは容易い。問題はその後である。
2千人分の肉を食べるのに、一体どれ程の時間がかかることか。もっとも法力使用による空腹感は尋常ではなく、食事を味わっている余裕すらない。言わばまともに咀嚼もせず、ほぼ飲み込むだけと言っても過言ではないのだ。しかし相手は最高級の肉なんだし、多少は味わって食べたいと思う。無理だろうけど。
「アンナ王女殿下から、お城にお越し下さいとのことです」
「了解。すぐに行こう」
王城に着いて俺が通されたのは、前回の応接室ではなく謁見の間と呼ばれる部屋だった。玉座にはリチャード国王が着座しており、その横にアンナ姫が立っている。また、部屋の両脇にはズラリと兵士たちが並んでおり、物々しい雰囲気が漂っていた。
「アキラ殿、よく参られた」
「お久しぶりです、国王様」
「き、貴様! 陛下の御前であるぞ! 跪け!」
「構わん。アキラ殿、気にするな」
若い兵士が普通に玉座に歩み寄って一礼した俺を見て、いきり立ちながら叫んだ。それを国王が手を振って制したのである。なるほど、この中には俺のことを知らない人もいるということか。
「アンナから聞いたぞ。今度は悪魔退治と言うことだが?」
「その通りです」
「だが王国の調査では、悪魔などいなかったとの報告を受けている」
「あの使用人を見ていなければそうなるでしょうね。俺も初めは悪魔なんていないと思ってましたから」
「では、確証があるのか?」
「ありますよ。なければお姫様の従者になるなんて交換条件を、呑むはずがないじゃないですか」
「まあ! アキラ様ったらひどい!」
お姫様が膨れっ面になった瞬間に、兵士たちが色めき立った。俺から見て可愛いと思う彼女が、こっちの世界でもそう見られているのは間違いないようだ。そんな女の子が頬を膨らませたものだから、男としては堪らないかも知れない。
「悪魔退治の代償なら2千人分、金貨400枚相当の肉も高くはない。だがそんなことより、これが無駄にならないのは余としても喜ばしい限りだ」
「悪魔と言ってもピンきりでしょうに。それでも金貨400枚は高くないんですか?」
金貨400枚とは、日本円で約4千万円である。
「我が宮廷魔導師たちの結界をすり抜けるほどの悪魔だからな。相当に高位と見て間違いないだろう」
「それで、俺をここに呼んだ理由をお聞かせ下さい」
「うむ。実は肉は用意出来たのだが、それを運ぶ手段がないのだ」
「はい? そんなもの、馬車で運べば済むんじゃないですか?」
「器に乗せた料理というのは意外にかさばるのだよ。それに、万が一食器が割れてしまっては肉が食えなくなるだろう?」
なるほど、確かに道理だ。こっちの世界には携帯に適した器なんかないだろうし、あっても2千なんて数はさすがに王城にも置いてないだろう。必要ならわざわざ作らせるレベルだと思う。しかしそれを待っている時間はない。
「そこでだ、悪魔退治が終わったらこの城に戻ってきてほしい。もちろん、馬は用意する」
「いや、でも俺、馬になんか乗れませんよ」
「心配ない。今回の悪魔退治には騎兵隊も同行するのでな」
「そうですか。では俺はその方の馬に乗せてもらえるんですね?」
「そうだ」
「なら大丈夫……国王様、今騎兵隊も、と言いました?」
「言ったが、それがどうかしたか?」
「あの、他に誰が付いてくるんです?」
「ここにいる軍の兵たちだが」
ちょっと待て。どうして王国の兵士が一緒に来るのさ。
「必要ないです」
「いや、しかしアキラ殿に万一のことがあれば……」
「俺が万一の状態になるということは、全員悪魔に殺されるということですよ」
「き、貴様! 誇り高き我々王国の兵を愚弄するか!」
またさっきの若い人だよ。面倒臭い。俺は小さく早九字を切って彼を吹き飛ばした。この程度の法力消費なら、すぐに食事をしなければいけないということもない。
「ぐあっ!」
「あ、アキラ殿!」
「アキラ様?」
「殺してませんから安心して下さい。ただちょっとうるさかったんで」
兵士が大きく後方に飛ばされたのが俺の仕業と分かり、他の者たちが一斉に剣を抜いて国王を護るように俺の前に立ちはだかった。
「国王様、この人たちを落ち着かせて頂けませんか? さすがに剣で来られたら俺も手加減しませんよ」
「皆の者、これがアキラ殿の法力というものだ」
「法力?」
「法力だって!?」
「まさかアキラ殿と言うのは、噂に聞いた英雄ゼンゾウ様の……?」
「ピラーギルの主を倒した……?」
「アキラ殿はゼンゾウ殿のお孫さんだ。皆、分かったら剣を収めよ」
国王の言葉で、兵士たちは慌てて剣を収めて元の位置に戻っていった。たださっきまでと違うのは、誰もが俺に頭を下げていたことである。それにしてもじいちゃん、有名人なんだな。
「国王陛下に申し上げます!」
「許す、申せ」
「決してアキラ殿の足手纏いにはなりません! ですから今一度、陛下からアキラ殿に我々の同行をお許し頂くよう、取り成して頂けませんでしょうか!」
「だそうだがアキラ殿、この者たちの同行はどうしても許せぬか?」
「何があっても助けませんよ」
「元より! 我々はアキラ殿のために命を捨てる覚悟でおります!」
俺のために命を捨てるとか、やめてくれ。しかしこうなっては逆に断り続けるのも面倒である。そんなわけで、俺は騎兵隊も含めて総勢100名ほどの兵士を引き連れ、イノーガス男爵の屋敷に向かうのだった。