第11話 もう卵がありません
今回はちょっとした日常のお話です。
会話文で誰が喋っているのか混乱しないように軽く説明します。
アキラ以外でセルシアのことを”セルシアちゃん”と呼ぶのはミルエナです。
ワグーはセルシアを呼び捨てです。
アキラを"旦那様"と呼ぶのはセルシアだけです。
ミルエナとワグーは”ご主人様”と呼びます。
「旦那様は、女の子なら誰でもいいんですか!?」
「セルシアちゃん、違う、違うよ!」
いきなりどうしたと言うのだろう。セルシアが朝からおこだ。こんな彼女は初めてである。でも、怒った顔もまた可愛い。
「では、それは何ですか?」
「え?」
俺は彼女に指さされた方を見て愕然とした。そこにはなんと、ミルエナとワグーが全裸で横たわっていたのである。しかも、どう見ても事後だ。彼女たちは頬を赤く染めながら、濡れた瞳で俺に視線を向けていた。
「あ、あれ……? なんで……」
「ご主人様、凄かったです」
「もう、ご主人様なしでは生きていけない」
ちょ、ちょっと待て。何がどうしてどうなった?
「ひどい! 私と言う者がありながら! 旦那様、お暇を頂きます!」
「お、お暇?」
ダメだ。このままセルシアを行かせるわけにはいかない。咄嗟にそう思った俺は、寝室から去ろうとする彼女の手首を掴んで叫んだ。
「待ってくれ、セルシアちゃん! 行かないでくれっ!」
「旦那様?」
「これは何かの間違いなんだって!」
「旦那様、あ、あの……」
「頼む! 傍にいてくれ!」
そのまま彼女を引き寄せて抱きしめると、柔らかい抱き心地と甘い香りに愛おしささえ覚えた。その時だ。
「あ、あれ?」
「旦那様、大丈夫ですか?」
「セルシアちゃん……あれ?」
「ご主人様、どうなさったんですか?」
そこへ騒ぎに気づいたミルエナとワグーもやってくる。いや、どうしてだ。2人は俺のベッドにいたはずじゃなかったのか。
「旦那様、私はどこにも行きませんよ。旦那様から離れるなんて、考えられるわけないじゃないですか」
「セルシアちゃん……」
「セルシア、ご主人様はどうされたのだ?」
「分かりませんけど、きっと夢でもご覧になったのではありませんか?」
「ゆ、夢……」
そうか、昨日のキスが余りにも強烈過ぎて、俺にあんな夢を見せたというわけか。よかったよ。本当によかった。
「旦那様、抱きしめて頂けるのは嬉しいのですけど、朝ご飯が出来ましたので顔を洗ってきて頂けますか?」
「う、うん。分かった……」
「それと、後でどんな夢をご覧になっていたのか聞かせて下さいね」
「えっ!?」
絶対ムリだ。口が裂けても言えるわけないじゃないか。
「あ、あははは……」
「それはそうと旦那様、申し訳ございません」
「うん?」
「今朝の分で卵がなくなってしまいました」
「ああ、ミルエナとワグーが練習したのか」
昨日の夕食は皆でプレーンオムレツ食べたもんね。
「なかなかセルシアちゃんのようにはうまく出来なくて……」
「ミルエナ、あれはコツを掴むのが難しいんだ。後でまた買ってくるから、卵に飽きない程度に練習するといいよ」
「はい。ありがとうございます」
「旦那様?」
「うん?」
「どうしてミルエナさんとワグーさんは呼び捨てなのに、私はちゃんなのですか?」
「え? 特に深い意味はないけど……」
「でしたら私も呼び捨てにして頂きたいです」
「そうなの?」
言われてみれば、最初からセルシアはずっとちゃん付けで呼んでたな。本人が呼び捨てを望むならそれでもいいか。
「分かった。今度からセルシアって呼び捨てにするね」
「よかったです」
「何が?」
「私だけ仲間はずれのような気がしてたので」
「仲間はずれになんかするわけないよ」
言いながらセルシアの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じてしまうから可愛い。それをミルエナとワグーが羨ましそうに見ているので、彼女たちも呼び寄せて同じように撫でてあげた。
「朝ご飯食べたらちょっと日本に行ってくるね」
「はい。あ、そうです、思い出しました」
「うん?」
「旦那様が買い置きして下さっているパンなのですが」
「ああ、それもなくなった?」
「いえ、そうではなくて、賞味期限と仰られていたのが今日までだったと思うのですが」
「そうだったかな。余っちゃったの?」
「申し訳ございません」
「いや、謝らなくていいけど、たくさんある?」
「はい。きっと食べきれないかと……」
俺が長期間留守にする時に備えて、結構買ってきてあったからね。
「旦那様から頂いた食べ物を余らせてしまうなんて……」
「いやいや、そんな気にしなくていいよ」
「でも、あのパンは旦那様に初めて頂いた物です。あの時どんなに救われたことか。それを思うと本当に申し訳なくて……」
「私たちもです。あんなに美味しかったのに、ついついセルシアが作ってくれる料理を先に食べてしまって……」
「ワグー、そんな顔するなって。2人が増えたから多めに買っておいただけだし。にしてもどうしようかね。捨てるのももったいないよな」
「す、捨てるだなんて!」
「そうだ、ジョシュニアさんに言って、警備隊の人たちに分けてあげたらどう?」
「あっ! なるほど! そうすれば無駄になりません!」
「じゃ、後で配ってきて。俺は顔洗ってくるから」
「はい!」
あれを食べたら、やっぱり警備隊員たちも美味さにびっくりするのかな。日本では100円そこそこで買えるんだけどね。まあ、好評なら彼らの分も買ってきておくことにしよう。
そして、朝食後に俺は卵と菓子パン諸々を買いに、日本に戻るのだった。




