第4話 美味しいです!
「君、名前は?」
「セルシア、と申します」
「セルシアちゃんか」
「ちゃん?」
見てる方も寒かったので、とりあえず彼女にはスウェットを着させた。俺のでは大きすぎて袖なんか余りまくりだったが、それはそれでまた可愛い。
ただ、目の前で奴隷服を脱がれた時にはビックリしたよ。下着を着けていない彼女は、文字通り全裸になったからである。もちろん、すぐに目を逸らしたけどね。
小学生ほどの背丈とはいえ、出るところは出て腰はくびれているのだ。思春期爆走中の俺には目に毒としか言い様がなかった。
もっとも、男たちから彼女を買った俺は自分のご主人様で、主に全てをさらけ出すのは奴隷として当然ということらしい。それでも恥ずかしくないのかと聞いたら、恥ずかしいと応えたので、気にせず隠せとは言ったけどね。
今も相変わらず彼女は震えたままだ。何をそんなに怖がっているのかさっぱり分からない。
その時、何の前触れもなく、セルシアの腹から空腹を知らせる可愛い音が鳴った。いや、あの音に可愛いもへったくれもないが、彼女のだと思うとそう聞こえるから不思議である。
「なんだ、腹減ってるの?」
「も、もも、申し訳ございません!」
ところが、慌てた彼女はその場で平伏してしまう。
「どうか……どうかお腹を蹴るのはお許し下さい!」
「え? そんなことしないって……」
「殴らないで下さい……殴らないで……」
「いや、だから……」
どんな拷問だよ。
「最後に食べたのいつ?」
「ふ、2日前です」
「2日前?」
「申し訳ございません!」
「謝らなくていいから、ね? とりあえずお湯貯めるから、そうしたら……」
スウェットを取りに行く途中に確認したら、どういうわけかちゃんとお湯が出たのだ。給湯器があるにしても、電気やガスがきているとは思えない。そもそも給湯器のスイッチだって、どこにも見当たらなかったのである。それともこっちの世界では当たり前のことなのだろうか。そうそう、ついでにボディーソープとシャンプー、スポンジやタオルなんかも持ってきておいた。
「お、お湯、ですか?」
「うん、入って……」
「私を……茹でる、ということですか?」
「え?」
大きな瞳から涙が流れ始める。いや、ちょっと待って。茹でるってどういうことだよ。
「ひと思いに、剣で胸を突いて頂くわけにはいきませんでしょうか」
「はぁ?」
「旦那様は……私が熱さに泣き叫ぶ姿をご覧になりたいのでしょうけど……」
「いやいや、そんなことは」
「お願いでございます。殺すなら、どうかひと思いに!」
そうか。この子は自分が殺されると思ってるんだ。だからこんなに怯えているわけか。
「セルシアちゃん」
「はい……」
「お湯ってのは風呂のことだよ。冷えた体を温めて、それから汚れも落としておいでって意味」
「お……お風呂?」
「うん、そう」
「そんな……! お風呂なんて、貴族様にしか許されないのに……」
「そう言えば、さっきのアイツらも俺のこと貴族様って言ってたけど、俺は貴族なの?」
「ち、違うのですか?」
「いや、普通に一般人だけど」
「え? だってその整った髪にツルツルのお顔が」
昨日床屋に行ったばかりだからね。髭が生えないのは遺伝かな。
「ま、いいや。とにかく湯が貯まったら入っておいで。傷口にはしみるかも知れないけど、ちゃんとよく洗ってくるんだよ」
「それはもしかして、殺す前に身を清めてこい、と……?」
「あのさ……」
「分かりました。でも、出来ればひと思いに……」
「だ〜か〜ら〜」
俺が彼女を殺すつもりがないと分かってもらった頃には、浴槽からじゃんじゃんお湯が溢れていた。
ボディーソープやシャンプーの使い方を教え、彼女が風呂から出てくるのを待つ間に、俺はもう一度日本の家に戻って薬箱を取ってきた。あと、すぐに食べられそうな菓子パンと牛乳もだ。こんなことならもっと色々買い置きしておくんだったよ。
「美味しい……美味しいです!」
菓子パンに毒が入っていると思ったらしく、なかなか口にしようとしなかったので、俺は一口ちぎって食べて見せた。それで安心したのか、今度は物凄い勢いで腹に入れての一言である。
「まだあるよ。もっと食べる?」
「よ、よろしいのですか?」
「どうぞ」
まず彼女が口にしたのはクリームパンだ。ラノベなんかの設定でよく見る、エルフが嫌うとされるような動物性の食品も問題ないようだった。好き嫌いを聞いたところそんなものはないし、それを言えるほど色んな物を食べたことがないそうだ。まともな物を食べられるだけでありがたいと言う。
それからも一心不乱にパンを頬張る彼女を見ながら、俺は何となく幸せな気分に浸るのだった。