第6話 法力の源
ホンモノのオムライスを口にしたミルエナとワグーの反応は予想以上だった。ふわとろに仕上げた卵もさることながら、チキンライスの味には目を丸くして驚いていた程だ。それにしてもセルシアは、よくここまで料理をマスターしたものだと感心するよ。
「こんなに美味しい物が頂けるなんて!」
「セルシア、私たちにも作り方を教えてくれ!」
「旦那様、2人にもお教えしてよろしいですか?」
「もちろん、卵は多めに買ってきておくから」
卵をふわとろに焼き上げるのに失敗した物は、結局プレーンオムレツとして昼食や夕食のおかずになる。さすがに何日も続くと飽きてしまうが、今は俺も含めて4人もいるのだから問題ないだろう。
「明日は朝から依頼仕事に行ってくるね」
「旦那様、危険なお仕事では……」
「大丈夫、単なる人探しだから」
そうそう悪魔なんかと出くわしてたまるものか。
「お帰りは?」
「見つかればすぐだけど、遅くなるかも知れないから、夕食は先に食べてていいよ」
「旦那様……?」
「うん?」
「ちゃんと、帰ってきて下さいね」
「あはは、心配いらないよ」
しかし、何となくセルシアは浮かない表情を浮かべている。
「旦那様、お願いがございます」
「うん?」
「旦那様が時々お唱えになられている、ヤクシニョライ様のごしんごんというのを教えて頂けませんでしょうか」
これまで何度かセルシアは、俺が日本に戻る時に見送ってくれている。その際に唱えていた薬師如来様の真言について聞かれたので、極々簡単に答えたことがあった。
「旦那様、そのオンコロコロ……? とはなんですか?」
「これはね、俺に力を授けて下さる薬師如来様のご真言というものなんだ。本当にざっくりとだけど、病魔を退けて幸せの神様を遣わせて下さい、みたいな意味だね」
「ヤクシニョライ様というのは神様なのですか?」
「神様とは違うかな。位の高い仏様だよ」
「ホトケ様?」
「ま、まあ、皆を見守って下さる存在、というか……」
「私のようなエルフでも、ですか?」
「もちろん。御仏様は純粋な祈りに応えて下さるんだよ。種族は関係ないさ」
とまあ、こんな感じで説明したのだが、それを思い出したのだろう。ちなみに俺自身が純粋な心の持ち主かと問われると、耳が痛い気もする。
「ご真言をお唱えするなら、実際に薬師如来様を前にした方がイメージしやすいよね」
「え!? 会わせて頂けるのですか!? どうしましょう。それなら身を清めてこなければいけませんよね」
「大丈夫だよ。でも手だけは洗っておいで。その間に仏像を持ってきてあげるから」
「ぶつぞう?」
「ま、とにかくちょっとまた日本に行ってくるね」
「あ、はい」
それから俺は日本に戻り、元々は檀家さんに頒布するために用意されていた小さな仏壇と薬師如来像、脇侍である日光菩薩、月光菩薩の像を持ってきて居間の東側に安置した。とは言っても、大きな仏壇ではなく卓上に置ける程度のコンパクトな物なので、単にチェストの上に置いただけである。
「真ん中が薬師如来様、向かって右が日光菩薩様、左が月光菩薩様と言うんだよ」
「小さい方なのですね」
「これは像だからね。小さく作ってあるだけさ」
興味津々で仏像を眺めていたセルシアたち3人に説明したが、寺の本尊はもっと巨大である。あれを見たら驚くんじゃないかな。
「じゃ、3人とも手を合わせて目を閉じて」
「はい」
「そうしたら、今見た薬師如来様のお姿を思い浮かべながら、こうお唱えするんだよ」
3人が横並びに整列して合掌している姿は、何となく清浄な雰囲気である。そんな彼女たちに愛おしさを覚えながら、俺は薬師如来様の真言を教えた。
「では、旦那様のご無事をお祈りする時は、こちらのヤクシニョライ様に手を合わせればよろしいのですね?」
「まあ、俺のことだけじゃなくて、自分のこともお祈りしていいから」
「自分のこと……私が旦那様にお会い出来たのも、ヤクシニョライ様のお陰なんですよね」
「そうだね」
「本当に、ありがとうございます!」
セルシアの言葉で、ミルエナとワグーももう一度手を合わせている。住職だったじいちゃんがこれを見たら、どんなに喜んだことだろう。
寺の跡取りとは言え、俺は別に信仰が篤いというわけではない。さすがに信心を蔑ろにするような考えはなかったが、この世界に来るまでは一般人と同じような感覚だったと思う。しかし今は、身をもって御仏の威力を体現しているのだ。信じるなと言う方が無理がある。
そしてこの後、俺はさらにその力を実感することになるのだった。




