第5話 首輪物語、再び
「お供させて頂きます!」
部屋着は日本の物でいいとしても、さすがにそれだけというわけにはいかない。そこで俺がセルシアたち3人を連れて服を買いに行くと告げると、ジョシュニアさんが当然と言わんばかりに敬礼して言った。ミルエナとワグーを助けた翌日のことである。
「いやいや、それはいいよ」
「困ります。我々は陛下よりセルシア殿の警護を任されている身です。お出かけとあればご同行させて頂かないわけには参りません」
「買い物にも?」
「もちろんです!」
真冬の季節も過ぎ、いつしか春の兆しを感じる日も多くなっていた。今日はそんな暖かい陽気である。セルシアは耳を隠すより、美しく輝く首輪を見せる方を選んだようだ。黒と白のチェック柄のミニスカートに黄色のパーカーを合わせているが、フードは被っていない。
一方ミルエナは濃紺のワンピースにグレーのベスト、ワグーは白いニットとジーンズ姿である。どちらもセルシアのコーディネートのようだが、よく似合ってると思う。もっともこちらの世界にはないデザインなので、すれ違う人たちからの物珍しげな視線に、2人とも戸惑いを隠せないようだ。
ただ、軍服を着たジョシュニアさんが睨みを利かせていたため、以前のように気安く話しかけてくる人はいなかった。
「セルシアちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「先に寄りたいところがあるんだけど、いいかな」
「もちろんです、旦那様。ね?」
セルシアの問いかけに、2人も躊躇うことなく肯く。
「どちらに行かれるのですか?」
「付いてくれば分かるよ」
それからしばらく歩いて到着したのは、セルシアの首輪を手に入れた奴隷用品の専門店だった。
実はミルエナとワグーが、昨日からセルシアの首輪を羨ましそうに見ていたのだ。やはり奴隷身分の彼女たちにとって、首輪は憧れなのだろう。
「あの……ここは……?」
「これからうちで暮らすなら、2人にも正式に仕えてもらおうと思ってさ」
「え? それってまさか……?」
驚いたように顔を見合わる2人に、セルシアは何だか嬉しそうである。
店内に入ってから、なるべく拷問器具が並んでいる陳列棚を避けて奥に進む。すると店主が俺に気づき、立ち上がって頭を下げた。
「アキラ様、ようこそお越し下さいました」
「店主、この2人の首輪を買いたい」
「あ、あの……!?」
振り返って2人を手招きすると、信じられないという面持ちながらもおずおずと俺の横に来る。
「そちらの方々も召し抱えられたのですか?」
「まあ、成り行きでね」
「前と同じ物はごさいませんが……」
「セルシアちゃんと同じのじゃなくてもいいかな?」
「そ、そんな! 私は頂けるならどんな物でも!」
「私も同じです! でも、本当によろしいのですか?」
「構わないさ。セルシアちゃん、一緒に選んであげて」
「はいっ!」
楽しそうに首輪を選び始める彼女たちに目を向けながら、ジョシュニアさんがこんなことを言った。
「アキラ様は不思議なお方ですね」
「俺が?」
「はい。奴隷の意見を聞き入れる主など、1度も見たことがないものですから」
「確かにセルシアちゃんも他の2人も、俺が命令だと言えば従わないわけにはいかないだろうね。だけど、それって楽しいと思う?」
「楽しい……ですか?」
「俺には彼女たちがとても魅力的な女の子に見えるんだよ。それなのにビクビクと怯えられて、心を開いてもらえないとしたら悲しいんじゃないかな」
生まれた時から封建社会で生きてきたジョシュニアさんには、理解出来ない考え方かも知れない。俺はセルシアもミルエナもワグーも、自分と対等な立場と見ている。
だが彼女からすると、3人は俺に隷属している身分だし、こっちの世界ではこの上下関係が非常に厳格なのだ。当然、主に意見したり逆らったりなどということは考えられないだろう。もしそんなことをすれば、当たり前のように首を刎ねられるのだから。
「旦那様、2人にはこちらなどいかがでしょう」
トコトコと小走りに駆け寄ってきたセルシアが手にしていたのは、ピンクとレモンイエローの首輪だった。2つとも白い縁取りがあり、一見すると彼女の物と色違いのようである。もちろん材質は異なるだろうが、前後には小さなドラゴンの鱗の欠片も埋め込まれており、鍵穴も目立たない。いいんじゃないかと思う。
「2人はそれでいい?」
「は、はいっ!」
ミルエナとワグーがきれいにハモって応えてくれた。
「店主、2つでいくらだ?」
「いえ、アキラ様からお代など……」
「そう言うな。毎回タダにされては、ここに来にくくなるぞ」
「左様ですか。ならばそちらは2つで金貨2枚です」
「安くはないか?」
「元は十分。儲けも頂いておりますよ」
「そうか。ならこれで」
「ありがとうございます。こちらが鍵となります」
そう言って店主は、それぞれの色のガラス細工が埋め込まれた小さな鍵を差し出した。スペアも含めて3つずつ、これならどっちがどっちか迷うこともないだろう。
「ミルエナさん、ワグーさん、よかったですね!」
「まさか首輪まで頂けるなんて……」
「夢のようです。セルシア、私の頬をつねってみてくれないか?」
「ワグーさんたら、大丈夫ですよ」
セルシアに笑われて、大人びて見えるワグーもさすがに照れている。ミルエナの方はというと、何だか泣きそうな顔をしていた。
「さあ、2人ともこっちにおいで」
そんな彼女たちを呼んでから、俺は真新しい首輪を2人の細い首に嵌める。これで安心して外に出られるはずだ。そして、店主から渡された鍵をまず本人に1つずつ。それからセルシアと俺で2人の分を持つことにした。
「あの、アキラ様……?」
「うん?」
仲良く首輪を見せ合っている3人から少し離れたところで、ジョシュニアさんが俺を小声で呼ぶ。
「あの首輪、値札には金貨3枚と書かれてありましたが……」
「そうなの?」
やっぱり大幅値引きをしてくれたのか。恐らくはドラゴンの鱗の分を差し引いてくれたのだろう。
「ここの店主とは、何か因縁があるのですか?」
「ああ、じいちゃんの知り合いでね」
俺は前に店主から聞いた話を、掻い摘まんで彼女に聞かせた。
「そんなことが……」
「義理堅いよね」
「真に」
そんな会話の後、俺たちはミルエナとワグーの服を買いに、市場へと向かうのだった。
次話より第5章です。




