第3話 これ、そんなに珍しいの?
「お、戻ってこられやしたか……って、何です、それ?」
「悪いが金貨の手持ちがなくてな」
「はっはっはっ! 話になりやせんぜ」
女の子は落胆し、男たちはわざとらしく大笑いを始める。だが、俺は構わず手に持った物を掲げて見せた。
「それより、これが何か分かるか?」
「は? ただの皿じゃねえですか」
「その通り、ただの皿だ」
「ソイツがどうしたってんです?」
「これを地面に叩きつけたらどうなる?」
「貴族様は俺たちをバカにしてるんですか? そんなもの、粉々に砕け散って……」
俺は手にしていた3枚の皿を、男の言葉が終わらないうちに叩きつけた。だが、皿は割れることはなく、軽く弾んで転がったのである。100円ショップなどでよく見かけるプラスチック製の安物だが、思った通り彼らの度肝を抜くには十分だった。
「え? な、なんで……」
「これは日本という俺の国の物でな。木製でも金属製でもないが、軽い上に落としても割れない皿なんだよ。見たことあるか?」
「そんな……!」
「おそらくこの国では手に入らない物だろう。どうだ、これとその子を交換というのは?」
「な、何かのカラクリに違えねえ!」
「だったら自分で試してみろ」
彼らは皿を拾って、まずその白さと軽さに驚いたようだ。次に色んな角度から眺めた後、何度も地面に投げつけ始める。だが、あれはそう簡単に割れる物ではない。見物人たちも目を丸くして驚いている。
「どうなってるんだ……?」
「カラクリでも何でもないさ。俺が保証してやるよ。ただ、無理にねじ曲げたりしたらさすがに割れるけどな」
極端な高温にも弱い、ということも付け加えておいた。
「それを売ったら結構な金になるんじゃないか?」
「確かに……いや、10枚だ。この皿10枚となら、メスのエルフと交換でも……」
「分かった。待ってろ」
俺はもう一度キッチンに戻り、皿を7枚持った。残りはそれで全部だったが、奴らの様子から察するに、これは金貨より価値がありそうだ。また買ってきておこう。
「これでいいな?」
「え、ええ」
「売ろうがどうしようが構わんが、それで全部だ。あと、また奴隷を買ってきても皿はもうないぞ」
釘を刺したつもりだが、奴らに通じたかどうかは分からない。しかし女の子を助けることが出来てよかったよ。遠巻きに様子を窺っていた町の人たちも、ホッとしたように散り始めた。
「大丈夫?」
「あ、あの……」
まずは額の血を拭おうとハンカチを出してから、彼女を見てドキッとした。この子、めちゃくちゃ可愛いぞ。
乱れてはいるが、腰まで届きそうな薄紫の細くて長い髪。それと同じ色の眉と長い睫毛の下には、透き通るような緑色の大きな瞳が俺を映している。さらに、完璧な左右対称とも思える鼻筋と、綺麗な卵形の輪郭に桜色の小さな唇が愛らしい。加えて横に長く尖ったエルフ耳である。多くの男性が一目惚れしてもおかしくないだろう。
だが、差し出したハンカチを見て後退った彼女は、何故かガタガタと震えだした。どうしたんだろう。
「俺、そんなに怖いかな?」
「貴族様がどうして……」
「うん?」
「どうして私のような者を……?」
彼女の背格好は、日本人に例えると小学校高学年といったところだろうか。見た目の身長がそのくらいだし、手足も細い。対して胸はそこそこ大きいようで、カップで言えばBかCくらいはありそうだ。ただ体が小さい分、余計に主張して見える。
「いや、女の子があんな目に遭ってたら、普通助けたくなるでしょ」
「女の子……?」
「え? 女の子……じゃないの?」
「いえ、そういう意味ではなく……メス、とは仰らないのですか?」
「メスって……」
思わず苦笑いした俺を、彼女はその大きな瞳で不思議そうに見つめてきた。やべ、本気で一目惚れしそうだよ。
「と、とにかく、そんな格好じゃ寒いでしょ? それに汚れちゃってるし」
「はっ! 申し訳ございません。旦那様のお目を汚してしまって……」
旦那様キター!
「いやいや、大丈夫だから。それよりほら」
ところが手を差し伸べると、再び彼女が震えだす。
「そんなに怯えなくても……」
「いえ、あの……私のような者に触れられますと、旦那様のお手が穢れますので」
「はい?」
「ですから……」
「気にしないでいいから」
そう言って彼女の手を握り、そこに力を込める。なんと柔らかい感触だろう。女の子の手ってこんなにふわふわしてるんだ。
驚いたように目を見開く彼女の手を引き、俺はそのまま家の中に招き入れたのだった。