第5話 首輪物語
ドラゴンの吐く炎は、この辺り一帯を火の海に変えたそうだ。だが当時店主の妻は身重で、それを助けながらの避難は到底不可能と言わざるを得なかった。そこに現れたのがじいちゃんだったと言う。
「それで何とか命は助かったものの、私たち夫婦は家も財産も全て失い、途方に暮れておりました。そんな時、ゼンゾウ様が下さったのがこれです」
そう言って店主が取り出したのは、長さが10cmほどの透き通るような緑色の鱗だった。
「ゼンゾウ様が倒されたドラゴンの鱗です。ミスリルよりはるかに硬く、鉄が溶けるほどの熱に晒しても変形することはありません」
「それを加工して、首輪として売っているわけか」
「はい。貴方様がお選び方になったそれは、特に鱗を惜しみなく使用しております」
他にも鱗を使った商品を見せてくれたが、どれも小さな豆粒大の物が1つか2つ、装飾として埋め込まれているに過ぎなかった。首輪に小さな宝石が付いているのをイメージすればいいだろう。
しかしそう考えると、指輪やネックレスといったアクセサリーとしても売れるんじゃないかな。
「それであの、ゼンゾウ様は今どうされておいでなのでしょう?」
「ああ、じいちゃんなら3年前に死んだよ」
「ええっ!?」
この話、今後何回しなければいけないんだ。
「そうですか……アキラ様、と仰いましたね」
「え? ああ、うん」
「どうぞ、こちらはお持ち下さい。お代は結構です」
「は? いや、しかしそういうわけには……」
「構いません。私たちはゼンゾウ様に何1つ、ご恩返しが出来ていなかったのです。あの方が亡くなってしまったのなら、この思いはお孫様であるアキラ様に」
店主は俺の手を握り、そこにセルシアが見ていた首輪を乗せた。
「軽い……」
「ドラゴンの鱗はそれ自体が魔力を帯びており、宙に浮く力もあるのです」
見た目とは裏腹に、首輪は重さを感じないほどに軽かった。これならセルシアが首に着けても、疲れることはないだろう。
「ところで店主、鍵は……?」
「はっはっは。その鍵穴は単なる飾りです。アキラ様、鍵穴に向かって臨、と3回唱えて下さい」
「はい?」
「3回唱えることにより、首輪が持ち主と認識します。それ以降は1度唱えれば開きますよ」
俺は言われた通り、鍵穴に向かって3回唱えた。もちろん早九字の動作は抜きで、だ。しかし唱え終えた瞬間、カチャリと小さな音を立てて首輪の鍵が外れたのである。念のためにもう一度ロックして今度は1度だけ唱えてみると、店主の言葉通り再びカチャリという音が聞こえた。
「持ち主以外が唱えても、首輪は外れません」
「セルシアちゃん、ちょっと言ってみて」
「え、わ、私ですか?」
いきなり話を振られて、彼女があたふたしている。
「うん」
「分かりました。り、りり、りんっ!」
真っ赤になって叫んだ彼女だったが、首輪はウンともスンとも言わない。そうでないと困るのだが、これはこれである意味羞恥プレイじゃないかと思ったよ。現にセルシアはふくれっ面で涙目になってるし。
「なるほどね」
「魔法の効果は持ち主が決まった時より300年。それが過ぎると、今度は鍵が開いたままになります」
仕掛けは魔法で、魔力の供給源は鱗ってことか。
「それから魔法には、これを身につけている者の首を守る効果もあるんですよ」
「え? ということは……」
「首を刎ねて奪うことは出来ません」
何とも願ったり叶ったりだ。この首輪は誰の目にも高価な品に映るに違いない。さもしい輩に狙われないとも限らないのである。
「本当にいいのか?」
「もちろんです。ドラゴンの鱗は元々ゼンゾウ様に頂いた物なのですから」
そして店主はセルシアに向かって微笑む。
「優しい旦那様に仕えられてよかったですね」
「はいっ!」
「さあ、これを彼女に着けてあげるといいでしょう」
俺は受け取った首輪を、セルシアの首にはめた。真新しい首輪を着けた彼女は、顔を上気させるほど嬉しそうにしている。正直よく似合ってると思うよ。デザインも、彼女の魅力を引き立たせるのに十分だ。
その帰り道、彼女が何を思ったのか、こんなことを言い出した。
「旦那様?」
「うん? どうした?」
「今日はすごい1日でしたね」
「あはは、そうだね」
「旦那様のおじい様にも、お会いしたかったです」
「じいちゃんもセルシアちゃんに会いたがってると思うよ」
「ところで、旦那様?」
「何かな?」
「添い寝は、首輪を着けたままでもよろしいですか?」
「はいぃっ!?」
その時、俺の鼻の下には温かい何かが流れ出ていた。
「た、大変! 旦那様、鼻血が!」
慌ててセルシアが俺の鼻を拭いてくれるが、これ、君のせいだからね。
それから程なくして、我が家の門のすぐ脇に小さな兵士の詰め所が建てられるのだった。




