第4話 首輪は税込み1100万円だって
「旦那様、ここは……!」
ギルドを出てから、俺はセルシアを伴ってとある店先に来ていた。そこは奴隷用品の専門店。予めケントリアスさんから教えてもらっておいた場所である。
「そっかぁ、嬢ちゃんに首輪をなあ。だったらこの店に行ってみな。手頃な値段のヤツから高級品まで、奴隷用品なら何でも手に入るぜ」
嬢ちゃんを奴隷扱いしたくはねえけどよ、というのは彼が付け加えた言葉である。その思いはさておき、現実問題としてセルシアの身分が奴隷というのは動かしようのない事実である。だったらそれも全て引っくるめて、俺は彼女を受け止めるつもりだ。
「セルシアちゃんに首輪を買ってあげようと思ってね」
「旦那様……」
瞳を潤ませるセルシアの手を引き、店内に足を踏み入れた。陳列棚には小物、拘束具なども並べられている。鎖や爪を剥がすためのペンチのような、いわゆる拷問器具まで置かれていたのには、さすがに辟易したけどね。
もちろん、俺たちの目的は首輪である。フラフラしていた店員に尋ねると、首輪は店の一番奥に飾ってあるということだった。そこに店主もいるから、聞きたいことがあったらそっちに聞けだってさ。やる気あるのかよ。
「セルシアちゃんはどんなのが好み?」
「旦那様が与えて下さる物なら、どんな物でも好きです」
そこには、日本でも見かけるペット用のような簡素な物から、金属製の重厚な作りの物まで、数多くの首輪が展示されていた。中には首を締め付けるためのレバーが付いた、物騒な物まで置いてある。もちろん、セルシアには必要ない。
そんなことを考えていると、彼女は1つの首輪に釘付けになっていた。
「それがいいの?」
「あ、い、いえ……」
セルシアが興味津々で眺めていたのは、幅が2cmほどの、プラチナのように光る金属製の首輪だった。彼女の瞳と同じ、透き通るような緑色の縁取りがなされており、装飾品と見紛うような美しさである。鍵の部分も全体のデザインを意識してか、ぱっと見では目立たない工夫が施されていた。
「店主、これはいくらだ?」
「だ、旦那様!」
「値段ならそこに貼ってありますよ」
「すまんが俺はこの国の文字が読めないんだ」
「ああ、外国の方ですか。それは金貨100枚、他に装飾品税として1割。合わせて金貨110枚です」
てことは税込み1100万円かよ。吹っ掛けてんじゃないだろうな。まあでも、そのくらいはしてもおかしくないとは思うけど、どうしたって手持ちが足りない。それも大幅に。
「緑の淵はドラゴンの鱗から作られてますのでね」
「ドラゴンの鱗か」
じいちゃんが倒したヤツかな。それにしてもこの店主、あまり感じがよくない。まあ、俺みたいな若僧が相手なら仕方ないか。
「店主、これを買いたい」
「ありがとうございます」
「旦那様、そんな……!」
慌てるセルシアが可愛いのはいつも通りだ。
「しかし今は手持ちが全く足りないんだ。少しの間でいい、取り置いてもらえないだろうか?」
ニーナさんに借りられないか聞いてみよう。ダメなら100円ショップの皿作戦しかない。こっちの世界の人を騙すようで気が引けるけど。
「構いませんが、お名前を伺ってもよろしいですか? それと身分証をお見せ下さい」
「ギルドの登録証でもいいか?」
「ええ、結構ですよ」
俺は懐から登録証を出して店主に見せた。ところが、それを彼は難しい顔で眺めている。
「名前はアキラ・カムイだ」
「カムイ……失礼ですが、これは本物ですか?」
「もちろん。疑うならギルドに聞いてみろ」
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、貴方様は英雄ゼンゾウ様の縁の方で?」
「ゼンゾウは俺のじいちゃんだ。それがどうかしたか?」
「ひっ! も、もも、申し訳ございません! 知らなかったとは言え、英雄のお孫様にとんだ失礼なことを!」
突然、それまでこちらを見下したようにしていた店主が、平伏して床に頭を擦りつけた。
「おいおい、何だってんだよ」
「申し訳ございません。申し訳ございません!」
「いや、いきなり謝られても……何があった?」
「忘れもしません。かつてこの国がドラゴンに襲われた時、私と妻はゼンゾウ様に命を救われたのです」
顔を上げた店主は、懐かしむように昔語りを始めるのだった。




