第3話 魔法少女、お姫様
「3年ほど前のことです」
「ゼンゾウ殿が……そうか……」
この世界ではドラゴンを倒すほどの力があっても、寄る年波には勝てなかったということだ。
「そう言えばゼンゾウ殿は、法力でも金や食べ物は生み出せないと言っていたな」
じいちゃんの訃報を聞いた国王が、懐かしそうな表情で語る。どうでもいいけどじいちゃん、アンタは曲がりなりにも寺の住職だったんだよな。それなのに、そんな俗物的なこと試してんなよ。
「魔法でもそれは同じですね。ある状態を維持するためには、魔力を流し続けなければなりませんから」
「アンナは魔法が使えるのだよ」
「えっ!? 国中でも魔法使いは少ないというのに……あ、す、すみません!」
「構いません。お忍びと申したではありませんか」
思わずという感じで口走ったケントリアスさんに、お姫様が微笑みながら言う。しかしそうか。セルシアと始めて会った時に、法力で金貨を出せなかったのはそういうことだったんだ。
「法力については知らないこともあったので参考になりました」
「それは何よりだ」
「ですが、俺の考えは変わりませんから」
「うむ。ではせめて真相が明らかになるまでは、アキラ殿の住まいに警護を付けさせてくれ」
「警護? そんなものいりませんよ。俺は……」
「いや、万が一ということもないとは言えんだろう」
「しかし……」
「エルフ族に偏見のない者たちを就かせる。これも王国を護るためと、汲んではくれぬか」
薮蛇的なヤツか。セルシアに危害を加えられたら、国を滅ぼすことも辞さないと言った俺の責任だ。まあ、エルフを目の敵にしないと言うなら、好きにさせておいてもいいだろう。
「分かりました。けど、その人たちが少しでもこの子を傷つけるようなことをしたら、すぐに消し炭にしますので」
「心得た」
「アキラ様、今度はぜひ、お城にも足を運んで下さいね」
「考えておきます」
お姫様の誘いだったが、俺は敢えて素っ気なくそう応えた。どうせセルシアの同行は許されないのだ。そんなところへわざわざ行こうとも思わない。
それからすぐに、俺はセルシアと共に席を立った。最後は何となく打ち解けた雰囲気だったが、やはり王族なんかとこれ以上関わりたくはなかったからである。
「セルシアちゃん、大丈夫?」
部屋を出てから、彼女はずっと俺の腕に巻きついたまま離れようとしない。ギルドの建物が遠ざかっても、力を緩めることはなかった。
「旦那様……?」
「うん?」
「私はこのまま……旦那様のお側にいてもよろしいのでしょうか」
「当たり前だよ。いてくれないと困る」
「困る……ですか?」
「うん。どうしてそんなことを聞くの?」
「それは……」
そこでようやく彼女は俺の腕を放したが、立ち止まってうつむいてしまう。
「旦那様はとても凄い方なのに……国王様から会いたいと言われるほどの方なのに……」
「……」
「私のような者のために、国を滅ぼすとまで仰られて……」
「それはね……」
「私は心配なんです。私のせいで旦那様が不幸になったらどうしようかと……先ほどからそればかりを考えてしまって……」
「セルシアちゃん、俺がもし不幸になるとしたらね」
言いながら俺は彼女をそっと抱きしめる。道行く人たちが興味深げに目を向けてくるが、そんなこと構うものか。俺にとって一番大切なのは、この腕の中で小刻みに体を震わせているセルシアなのだ。
「それはセルシアちゃん、君がいなくなってしまうことなんだよ」
「旦那様……」
「心配しなくても、それが事実なんだから」
「本当に、本当に私なんかがお側にいてもよろしいのですか?」
「そんなこと言ってると、夜も添い寝しろって命令しちゃうぞ」
思わず言ってしまったが、すぐに激しく後悔したよ。俺を見上げる彼女の顔が、ちょっと怒ってるように思えたからだ。だが、彼女の次の言葉は、俺を絶句させるほどの破壊力を持っていた。
「だ、旦那様がお望みなら、私は嫌ではありませんが……」
「かはっ!」
きっと自分で言ったことの意味を、彼女も理解しているのだろう。何故なら真っ赤に染まっていたのが、頬ばかりでなく細長い耳までだったからである。
「セルシアちゃん、その……冗談だから……」
「は、はい……存じております……」
言うとセルシアは、俺を突き飛ばすようにして腕の中から出ていった。彼女が自ら離れたのはこれが初めてだ。しかし悪い気はしなかった。いや、むしろあの慌てたような素振りが、逆に身悶えるほど嬉しく感じられたよ。
「い、行こうか」
「はい……」
彼女は俺の言葉ですぐにまた腕に巻きついてくる。それは俺がこの愛らしい生き物を、全力で守っていこうと心に決めた瞬間だった。




