第2話 じいちゃんは英雄だった
「じいちゃんにですか?」
「そうだ」
じいちゃんの話が出たとあっては、もう少しだけ付き合うしかないだろう。セルシアに目を向けると、彼女も黙って肯いてくれている。俺たちが再びソファに腰を下ろすのを見て、国王は言葉を続けた。
「ゼンゾウ殿は早くにニホンの奥方を亡くされたそうだな」
「ええ、俺が産まれるずっと前です。もう30年近く経っていると思います」
「彼が現れたのは今から26年前、余がまだ王子だった頃のことだ」
当時王国は、北からやってきたドラゴンの襲撃に悩まされていた。硬い鱗に護られ、鉄をも溶かす灼熱の炎を吐き、素早く飛び回って襲いかかってくる強大な敵に、王国軍は為す術もなかったそうだ。
「そんな時、ゼンゾウ殿が現れた。彼は怯むことなくドラゴンに立ち向かい、見事これを討ち果たしたのだ」
「ドラゴンはどうしてやってきたんですか?」
「真偽は定かではないが、エルフ族がヤツらの卵を奪って我が王国に逃げ込んだのが原因、というのがもっぱらの噂だ」
「そんな……!」
セルシアの顔が更に青ざめる。襲撃による王国民の死者は数千人にも及んだらしい。そして、エルフ族が酷い扱いを受けるようになったのもその頃からだそうだ。
だとしても、あのならず者たちが言ってた、妙な力で人を誑かして財産や命を奪うというのとは違う。おそらく、噂に尾ひれはひれが付いたのではないだろうか。
「だが、ゼンゾウ殿は民衆に殺されかけていたエルフの少女を助けた。それがニーナ殿の母君、アキラ殿にとっては義理の祖母に当たる、ファルーナという女性だ」
じいちゃんもエルフの女の子を助けてたってわけか。女の子って言い方には若干の抵抗があるけど。
「ファルーナは献身的にゼンゾウ殿に尽くしていたようだ。程なくしてニーナ殿が産まれたしな」
じいちゃん、がんばっちゃったんだな。
「でも人々はファルーナさんを許そうとはしなかった……」
「そうだ。ゼンゾウ殿は、単なる噂でエルフ族を迫害するのは間違いだ、と訴えていたのだが……」
そんな折、時の国王だったアンドリウスは、ドラゴン討伐の褒美をじいちゃんに与えようとしたらしい。ところがじいちゃんは、さっきの俺と同じようなことを言って断ったそうだ。
「それでも風潮は変わってませんよね」
「耳の痛いことだ。だが、疑いが晴れたわけではないから、エルフ族に対する領民の怒りも収まらないのだよ」
じいちゃんはこの国の人たちを救った。その功績は大いに賞賛されていると思う。しかし一方で、エルフ族の娘を娶ったことについては納得していない人も多いのだろう。
「何にしても、俺の望みはただ1つです。噂の真偽を確かめなければいけないのなら、それはじいちゃんに救われた王国の責務だと思いますよ」
「アキラ殿の言うことはもっともだ。だが、仮にエルフ族への疑いが根も葉もない事実だったとしても、長きにわたる領民の怒りは根が深い」
「まあ、そうでしょうね」
「それにもし噂が真実だと分かれば、エルフ族への風当たりは今よりキツくなるぞ」
「ですが、セルシアに罪はありません。彼女にかかる火の粉は俺が全力で振り払います。たとえこの国を滅ぼすことになっても、です」
「旦那様……?」
「おい、アキラ!」
「あ、アキラさん、それは言い過ぎです!」
だが、真っ青になって俺を窘めようとするニーナさんとケントリアスさんを制したのは、目の前の国王だった。
「国を滅ぼされては敵わん。我が全軍を以てしても、法力の前では無力だからな」
「国王様は、じいちゃんや俺の法力がどんなものかご存じなんですか?」
「無論だ」
それから彼は、じいちゃんから聞いたという、法力についていくつかのことを語った。
まず1つ目として、この世界に存在する魔法と法力では、顕現するプロセスが大きく異なるということだった。
魔法を行使する場合は、その人が持つ魔力を通じて特定の力を引き出す。例えば火や水、雷といった、簡単に言うと属性みたいなものだ。
対して法力は、御仏の威徳により顕現される力であり、森羅万象に囚われることがない。つまり何でもオッケー、みたいなものだそうだ。何だよそれ。
そして2つ目が、力の優劣についてだった。端的に言うと法力で魔法を跳ね返したり無効化、または弱体化出来るが、魔法では法力に作用することは出来ないという。
属性に縛られる魔法と違い、それらをひっくるめた法力は、何者をも超越する力と言っても過言ではないだろう。
「しかも法力を使えるのは現状、ゼンゾウ殿とアキラ殿のみ。そしてその力は、国さえも焼き尽くしてしまうと言われるドラゴンを、一瞬で真っ二つにするほどなのだ。とても敵うはずがなかろう」
「じいちゃんはすでに死んじゃってますけどね」
「何だと! それは真のことか!?」
王国の英雄とも言えるじいちゃんの死を知り、国王は沈痛な面持ちを隠せないようだった。




