第1話 褒美をくれるんだってさ
ギルドの建物の中には応接室がいくつか用意されている。これらは依頼人の応対や、ギルドメンバーの面接などに使われるそうだ。だが、今回俺たちが案内されたのは、それとは別の扉の奥だった。
通路自体に設けられた重厚な木製の扉。その横には小さなカウンターがあり、タキシードを着た2人の男性が目を光らせている、といった感じだ。
「マスター、すでにお部屋にてお待ちです」
「ご苦労さま」
彼らはニーナさんに気づいて立ち上がり、一礼して扉を指し示す。彼女はそれに手を挙げて応え、淀みのない仕草で扉を開けて中に進んだ。
ところがそこが部屋だと思ったら、さらに通路が続いていた。ニーナさん曰く、この先にある部屋は国王を始めとする、王族のためだけに用意されたものだそうだ。彼ら以外でその部屋を利用出来るのは、ニーナさんとゼンゾウ、つまり俺のじいちゃんの2人だけだったらしい。
「失礼致します」
「おお、待っておったぞ」
部屋に入ると、一目で高価と分かるスーツを着た男性と、俺と同い年くらいの青いワンピースを着た女の子が立ち上がって迎えてくれた。男性の方が国王なのだろう。金髪に口髭を蓄え、切れ長で鋭い水色の瞳は、アクアマリンのように透き通っている。
横にいるのは多分その娘、つまりこの国のお姫様ではないだろうか。そう思ったのは彼女のワンピースにシワ1つなく、やはり高価な物に見えたからである。
「ニーナ、紹介しよう。これは我が娘のアンナだ」
「初めまして、アンナ・サルバスティー・ハイマンと申します」
思った通り、彼女はお姫様だった。ライトブラウンの髪が色んな所で編み込まれて、俺が知らない髪型に仕上げられている。髪留めの飾りも、さすがにお姫様だけあって高そうだ。
「噂に違わぬ美しさですね。ニーナ・カムイと申します。どうぞお見知りおきを」
それから彼女はケントリアスさんとセルシアを紹介し、最後に俺の番がきた。
「こちらがアキラ・カムイさんです」
「では彼がピラーギルの主を倒したという男か!」
「まあ! なんと雄々しい!」
2人はセルシアをエルフと知っても、特に見下した表情を見せなかったので、とりあえず頭を下げておいた。
それにしても、ちょい悪オヤジという雰囲気の国王が、このお姫様の父親というのは驚きだよ。髪の色もそうだけど、瞳の色も父娘で全く違う。彼女のきれいに整えられた睫毛の下からは、大きなダークブラウンの瞳が俺に向けられていたのだ。
よくよく見ると、肌もきれいだし可愛い人だと思う。だけど、じいちゃんの紙きれには、日本人の美醜感覚はこっちの世界と真逆だと書いてなかったか。なのにニーナさんはお姫様のことを、噂に違わぬ美しさだと言った。社交辞令にしては、噂って部分が気になるんだよね。
それでも、俺にとってはセルシアが1番というところに変わりはない。
「国王様、俺に会いたいと言われたそうですが?」
「うむ。まあ、まずは座ろうじゃないか」
「今日はお忍びですので、皆さん楽になさって下さいね」
国王とお姫様が先にソファに座るのを見てから、奥にニーナさん、それからケントリアスさん、俺、セルシアの並びで腰かけた。
「アキラ殿と言ったか。主の討伐、大儀だった」
「いえ、元々はケントリアスさんの荷物持ちに同行しただけですから」
「報告を受けて、調査隊を派遣して調べさせたのだが、これまでとは比較にならないほどの大きさだったそうだ」
「群も相当な数でした……で、ございました」
何だかケントリアスさんが緊張しているようだ。あの大きな体が縮こまっているように見える。額には汗も浮かんでいるし、後でからかってやろう。
「それを君たち2人で全滅させたそうだな」
「行き掛かり上、そうなってしまっただけですけど」
「アキラ殿はゼンゾウ殿のお孫さんだそうじゃないか。やはり君も法力とやらを使えるのかね?」
「ええ、一応」
「一応、とは?」
「まともに使ったことがあまりないので」
なるほど、と国王は納得したようだ。
「それで、俺に会いたいと言われたご用件は何でしょう?」
セルシアの顔が、身分のことを気にしてか少し青ざめている。すぐにでも用事を終わらせて、早くこんなところから解放してあげたい。
「うむ、今回はアキラ殿とケントリアス殿のお陰で、我が王国軍に犠牲者が出なかった」
「はあ……」
「そこで褒美を取らせようと思うのだ」
国王の言葉にケントリアスさんは驚いていたが、俺はそれほど感じるものはなかった。
「褒美、ですか……」
「金でも爵位でも構わんぞ。領地まではやれんが、アキラ殿に爵位があれば、君に仕える隣の娘も迫害を受けることはなくなるだろう」
セルシアの名は口にすることも出来ないってか。これだから王侯貴族は気に入らないのだ。たとえ種族は違っても、赤い血が流れていることに変わりはないのに。
「では、国王様にお願い致します」
「うむ、申すがよい」
「そんなものがなくても、エルフ族が安心して暮らせる国にして下さい」
場の空気が一転した。それまでは比較的穏やかだったのだが、ピリリと張り詰めたような緊張感に包まれたのである。
「旦那様……」
「あ、アキラ! 謝れ、今すぐ謝れ!」
「何故です、ケントリアスさん。国王様の話では、俺は軍の人たちが魔物の犠牲になるのを防いだのですよ。だったら、謂われのない迫害を受けているエルフ族だって、救われてもいいんじゃないですか?」
「しかし……」
「エルフ族だけじゃない。奴隷身分にある人たちは、何の落ち度がなくても殺されたり、拷問されたりするそうじゃないですか」
「アキラさん、もうその辺で……」
「ニーナさんにだってエルフの血が混ざってるんですよね? 封建制度をなくせとまでは言いません。でもエルフ族は罪人じゃないんだ!」
俺の勢いに押されてか、国王もお姫様も黙りこんでしまった。もちろん俺だって、簡単に成し遂げられないことくらい分かっている。
「金や爵位などいりません。俺はギルドからの依頼を遂行したまでです。そしてその報酬はすでに受け取りました」
俺はセルシアを促して席を立った。
「お話は以上でよろしいですね? 行こう、セルシア」
「旦那様……はい……」
「待ってくれ」
「まだ何か?」
だが、俺を引き止めた国王が、思わぬ一言を口にしたのである。
「ゼンゾウ殿にも、同じようなことを言われたよ」




